甲子園に行けそうにないので、eスポーツの大会で青春してきます。

螢音 芳

優勝よりも大きな栄誉

 2020年の夏。

 高校生と言えば部活か受験が思い浮かぶだろうが、一年生のアタシこと紫帆は目当ての部活も無ければ、受験に焦るわけでもなし。仲間に縁があれば甲子園に出たかったけど、都合良くはいかない。

 でも、好きなことで青春したい!

 そんなアタシは、ある場所へと来ていた。



 屋内の暗い室内に輝く照明に、クーラーの意味が無いくらい人々の熱気に溢れたクラブのような空間。

 しかし、この場所はクラブなどではない。

 れっきとしたスポーツの大会の会場である。


 音楽系ゲームのeスポーツ全国大会、ビーツMax。

 その中の一部門、ダイナミックダンスロード。通称DDRと呼ばれるダンスタイプのアーケード型ゲーム部門に、ダンス甲子園に出れそうにないアタシは、参加していた。



 自分の番を終え、ステージの中心を眺める。そこでは予選最終組のペアが踊っていた。

 DDRは二人一組の筐体なので、二人同時にパフォーマンスを行う。

 右側のセンサーパネルの上をノリノリで踊っている男性が、今回一緒に参加してくれているコウさんだ。


 画面に表示されるノーツに合わせて足首を捻りながらステップを踏む。

 単純なステップだけではなく、内股外股と開きつつ、脚をひねりながら前後左右に動かすチャールストンといったテクニックを織り交ぜる。


 曲調が変わり、先ほどまでの素早いステップから一転、スローモーな動きが画面から要求される。先ほどまでの激しい動きから足元をゆっくりスライドさせ、上体は曲に合わせるように逸らす。手を首から引き締まった全身を撫でるように下へ。


 30代半ばとは思えぬセクシーさの表現。


 悔しいことにそれがまた様になっているから本当にずるい。

 周囲がひゅうっと口笛を吹いて、囃し立てる。


(勘弁してほしい。調子に乗るから……あ、)


 予感は当たり、曲がアップテンポになった途端、最初の踏み出しが遅れる。

 要求されたリズムでステップを踏めなければ減点。しかし、コウさんは焦った調子もなく、画面に対し身体を横に向け、素早く足を持ち上げてステップを踏み、着けた足を後方にスライドさせる動き、ランニングマンを決めていく。


 150cm×150cmの狭い正方形のフロアの上なのに、手振りなど上体の動きが加わることでダイナミックな印象を与える。ステップを踏んでいく足元にセンサーが反応して電子的な光を放ち、別世界のように輝いていく。


(って、やだやだ。また補正が入ってる)


 見とれそうになりかけた思考を現実に引き戻す。

 あくまでも、コウさんはアタシの叔父なのだ。母と血が繋がってなくて、奥さん亡くしてて、13歳の子持ちの。

 なのに、この歳であんな表現ができるなんて、本当に卑怯だ。


 ちなみに身内びいきばかりしているが、コウさんの隣で踊っている人ナカマサさんも凄い。コウさんがセクシーさを表現しているのに対して、上体の動き一つ一つのキレが良くスタイリッシュだ。


 DDRでは、ステップがポイントに加算される。ゲーセンでプレイするだけだったら、上体の動きはそこまでゲームスコアに影響しない。

 しかし、ここは全国大会。決勝に進むためには観客の評価も重要になっている。

 いかに魅せて観客を沸かせるかもポイントだ。


(にしても、メロディもゲームで提示されるステップのリズムも同じはずなのに、こうも異なった表現ができるもんだわ……)


 コウさんは手を前面に伸ばして指を誘うように曲げ、誘うセクシーな動き。

 ナカマサさんは帽子を被っているかのように頭を手でおさえながらスピンするクールな動き。

 対照的な二人が同じリズムでステップを刻みながら電子的に輝く正方形のフロアを踊り、場を盛り上げていく。


 曲も終盤、難しいリズムのステップを踏み切ると、コウさんは片腕を高く持ち上げ、ナカマサさんは半回転ジャンプし画面に背を向ける。それぞれ自分のスタイルにあったポーズを決めてフィニッシュした。


 フウゥゥゥーーーーーーッッ!!!


 熱い二人の渾身のパフォーマンスに、会場の人々が歓声をあげる。


(いやあ、身内がすいません……)


 対して、アタシは嬉しいやら恥ずかしいやらで、変な表情になってしまう。

 そこへ、パフォーマンスを終えたコウさんが汗だくになって戻ってきた。


「どうだった、俺のパフォーマンスは?」


 表情を見られたくないアタシは顔を逸らす。


「悪くなかったんじゃない? 調子に乗ってステップのミスをしなければ」

 

 素気ない言葉。だけど、わかってるというように、コウさんがアタシの頭に、ぽん、と優しく手をのせる。


「悪くなかった、ってことは相当良かったってことだな。安心した」


 やりきった充足感とうれしいという感情を表した、歳不相応の無邪気な笑顔。

 アタシの心臓が跳ね、顔が熱を帯びる。


「〜〜っ! 汗だくな手で触らないでよ、早く拭いて!」

「へいへい」


 照れ隠しにタオルを、ばしっ、と叩きつけると苦笑しながらコウさんが受け取った。

 あー、腹立つ、この人は!

 悔しい思いでアタシが顔の熱を抑えようとしている中、コウさんがタオルで顔を拭いていると、ん? と声をあげた。


「どうしたの?」

「紫帆、ちょっとジュース飲みたくなったから買ってきて。紫帆と夕緋と俺の三人分」


 夕緋君は、コウさんの息子でアタシ達と同じくこの大会に参加しているのだが、父さんのパフォーマンスは見る気しない、って言って今はこの場にはいない。


「買いに行ってもいいけど、予選の結果発表ちゃんと聞いててよ」

「はいはい」


 お金を受け取ると、アタシは会場外の自販機へと歩き出した。



 ◇


 理由をつけて紫帆を送り出したところで、さて、と俺はやってきた人影に視線を向けた。


「紫帆さん、どこに行っちゃったんですか?」

「野暮用だよ。長くかかるんじゃないかな。それより、ナカマサ君。

「こちらこそどうも。コウさんが、点数が上がりそうですよ」


 引き攣った笑顔を浮かべる大学生の青年、ナカマサが俺の込めた毒に気づいて即座に返してきた。

 二人一組型のアーケードゲームなので互いに異なる表現をした方が際立つし、いいパフォーマンスができた組は観客や審査員の印象にも残りやすい。

 つまり。


 引き立て役になってくれてありがとう、この野郎♪


 という意図が互いの挨拶に込められている。

 俺は一緒にパフォーマンスした相手に対しては基本、リスペクトするようにしている。が、コイツは別だ。会った時から気が合わないし、特に紫帆へ向ける視線を見てると、こう反射的にイラッときてしまう。


「あの手の動きとか、よく出来ますね。いやあ、あんな動き自分には出来ないっすわ。挑発してるのかと思いました」

「いきがってる坊や見てたら、からかいたくなってね。リズム外しそうになるところを、強引にスピンねじ込んでくるあたりとか」


 話している内容は険悪だが、お互いに笑顔である。

 大会は生配信、参加者はどこで撮られてもいいように備えていてほしいと注意は受けている。

 パフォーマーたる者、アマでもプロでも見られている場では、不快感を与えるようなことはしない。唯一こいつと共通しているポリシーだ。


「どっちもゲームのスコア低いのに偉そうに言わないで欲しいよ」


 ふと生意気な声がかかり、視線を向けると、紫帆と共に先に踊っていた夕緋が得意げな顔をしていた。まったく、見ないと言っていたのに。


「音ゲーなんだから、リズムに乗るのが基本だろ? アドリブ多いと、観る人も盛り上がりずらいし。紫帆姉ぇは基本がしっかりしてる上、一緒にノれて踊りやすかったよ」


 夕陽が生意気言ってきやがるが、紫帆の基本ができていることは同意だ。俺がみっちり仕込んだわけだし。ただそれを、お前に言われたくはない。


「夕緋くん、踊るからには観客沸かせることが一番。そのためにはテクニック。紫帆さんだってテクニックに力入れてるし、今度サイドウォーク教えてって頼まれた」


 ナカマサが得意そうに話す。紫帆め、こいつに頼まなくても教えるのに。

 ああ、どいつもこいつもわかっちゃいない。


「魅せるんなら、そこは表現力に決まってんだろ。リズムも、テクニックもその後でついてくるもんだ。紫帆はその辺、お前らよりも伝えたいことがはっきりしてる」


 それぞれ譲らず、びしり、と空気が張り詰める。それでも、3人とも笑顔は崩さないのは意地の境地だ。


「あ、見つけた! もう結果聞いててって言ったのに!」


 そこへ、ジュースを抱えた紫帆が戻ってきた。もうそんなに経っていたのか。


「結果出たのか?」

「出てるよ! アタシとコウさんが決勝進出!」


 怒りつつも嬉しそうな紫帆の決勝進出という言葉。

 俺も決勝という嬉しさに加えて、もう一つの事実に喜ぶ。


「じゃあ、今年もラストを一緒に踊れるな」


 DDRは二人一組で踊る。決勝戦も同時に並んだ状態で行うということ。

 あえて強調するように言うと、ぎりっ、と後ろから歯ぎしりが聞こえた。それも二人分ではなく複数分。


 叔父という贔屓目を差し引いても紫帆はかわいいし、美人。ダンスの上手さも相まって、有象無象の男が狙っているのは知っている。

 俺と紫帆はあくまで叔父と姪という関係だ。紫帆が望んでいたとしてもそれ以上の関係になる気はない。

 しかし、易々と他の男に譲るつもりも全く無い。

 若造だろうと、息子だろうと容赦なく蹴落としてくれるわ!


 内心で高笑いを浮かべていると、さらに紫帆が言葉を重ねる。


「ラストじゃないでしょ? そのあとのペア部門でも一緒に踊るし」


『ぬぁ~に~!?』


 という野郎どもの魂の叫びが後ろで聞こえた気がするが知ったことではない。

 紫帆の肩に腕を回しつつ後ろを振り向くと、あえて勝ち誇るようにふっと微笑んだ。


 『悔しかったらまた来年♪』


 ぎんっと場の野郎どもの目つきが殺気を帯びた。

 おー、こわ。まあ、これで来年も盛り上がるだろう。


「じゃあ、行こうか」

「は、恥ずかしいから離れてよ!」


 とりあえず、今年の夏も俺は大切な姪と、思い出を刻むとしよう。

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甲子園に行けそうにないので、eスポーツの大会で青春してきます。 螢音 芳 @kene-kao

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