『遊撃部隊』

 蒸気機関都市ザラマンドの最南端、都庁の隣にある五つの棟からなる場所を『魔術犯罪抑止庁』と呼ぶ。『抑止庁』とは、全人類の幸福を守るための法律に反する者を捕縛し、更生させるための組織だ。

 第一棟は一般都市民などの見学者も受け入れているため、対外的な部署が多い。ザラマンドの一般都市民が思い浮かべる『抑止庁』は大体ここだ。庁章が縫いつけられた巨大な旗――ザラマンドの象徴である大精霊『八脚蜥蜴』が法律を表す歯車の上に座している意匠の庁旗が飾られている正門が最も有名である。

 第二棟からは『抑止庁』所属の人間しか入ることが出来ない。とは言え、第一棟と隣接する第二棟は訓練場であり、万が一迷い込まれても問題がないような造りになっている。商業区を模した訓練場では、半年に二回程見学者が迷い込んでは摘まみ出されている。

 第三棟は『抑止庁』職員たちの仕事場であり居住区でもある。部隊ごとに設置されている待機室には、書類仕事のための端末類や仮眠室、給湯室などが備えられている。

 第四棟は通称、大牢獄。捕縛された犯罪者が送られ、更生させられる場所だ。一般都市民の中には、悪いことをしたら大牢獄に送らてしまうぞと子どもを脅すためにこの場所の名を使うくらい、ある意味で有名な場所。

 そして、第五棟は『抑止庁』職員の中でも限られた者しか立ち入れない、『抑止庁』長官カノト=ササガネの居室である。真しやかに囁かれる噂で、有事の際には変形して巨大兵器になると言われている――当の長官自身は、否定も肯定もしたことはないが。

 これら五つ(実質的には四つ)の棟の中で、様々な部隊がそれぞれの任務に就いている。主要な部隊を挙げるならば、都市内の巡回や都市民からの相談を受け付けている『初動(シトロス)部隊』、強盗や殺人などの凶悪犯罪者を制圧する『強襲(ツヴァイ)部隊』、人手が足りない部隊の補助や代行を担う『遊撃(ゼーレ)部隊』、第一棟にある大食堂で『抑止庁』職員や見学者に食事を振る舞う『給養(クッカー)部隊』など。

 彼等がいるからこそ、法律は守られ幸福が保障されている。故に、一般都市民は『抑止庁』職員を尊敬し、感謝の念を抱いて暮らしている。



 ――と言うのが、広報及び放送局上の『抑止庁』の姿だ。



「抵抗してもしなくても、抵抗したってことにして殺せるんですから『抑止庁』職員の権限って本当に素敵ですよねぇ」

「公務執行妨害の悪用……」

「何か言いましたか?」

「先輩は法律にすごくてすごいと思いました」

「任務中は分隊長か位階つきで呼べと言っているでしょうが」

「承知しましたオクト二等戦闘官殿」

「宜しい、シャーク三等戦闘官」


 オクト二等戦闘官、と呼ばれたのはバリアルタ成人女性。つんつんと跳ねている癖のある黒髪、猫のようにくりっと円い赤目が特徴だ。二等戦闘官である証は、黒い戦闘官用制服とその背の刺繍――割れた窓と欠けた林檎の隊章を囲う、二つの歯車。

 対して、彼女に似た戦闘官用制服を着ているものの、その背には隊章だけのシャーク三等戦闘官。また、彼女の制服との大きな違いとして、上半身は貫頭衣、下半身は袴風になっている。


「で、どうするんすかこの後始末」

「さっき言ったじゃないですか、彼は抵抗したんですよ。抵抗されて仕方なく武力行使したら死んじゃった」

「さっき殺せるって言ってませんでした?」

「殺意の有無はどうあれ、結果的にこうなんだからそういうことにするんですよ」

「オレ、隊長に怒られるの嫌すよ? 最近あの人本当に遠慮しない……」

「良かったですね、『遊撃部隊』の一員として認められたんですよそれ。新人がいきなり辞めるのは『心療(エリー)部隊』の指導対象なんで、まだ慣れてない時は遠慮してるんですよね」

「死ぬのはいつまで経っても慣れないから遠慮し続けてもらっていいすか?」

「それは先輩に直接言ってもらわないと」

「任務中は隊長か位階つきで呼べと言ってるだろうが」

「ひぇ出たぁゼーレ一等戦闘官殿ぉ」

「おばけみたいに言うなよトルネ、一応傷つく心は持ってるんだからな、そこのリコリスと違って」

「ボクだって傷つく心くらいあるんですけど? そこら辺理解してますかね先輩?」


 ぬ、と現れたのは長い黒髪を無造作にまとめた黒目のバリアルタ成人男性。彼がリコリス=オクトとトルネ=シャークが所属する『遊撃部隊』の隊長、ニギ=ゼーレヴァンデルング一等戦闘官――通称、「殺人機」。誰憚ることなく人間ではあるのだが、精神構造と脳内回路が常人から著しくずれている。

 とは言え、「狂科学者」リコリスや「人喰鮫」トルネだって似たり寄ったりだ。だからこそ、彼等は『遊撃部隊』所属の戦闘官なんてものをやっているのだから。


「そもそも何で来たんですか」

「都市内巡回任務に出た部下が規定時間を大幅に過ぎても帰って来ないから、残業でもしてるのかと思って叱りに来た。無闇に仕事をするな、定時になったらとっとと帰れ俺が帰りにくくなるだろう」

「今ここにある死体については?」

「知らん、勝手に死んだんだろう。始末書は最終的に俺に回って来て俺が長官に提出しに行くことになるから書くな」

「いっそ清々しいすね!?」


 そんな狂人たちのまとめ役であるニギは、リコリスが殺害した――もとい、抵抗されたため仕方なく武力行使したら死亡してしまった犯罪者の死体から視線を逸らしている。確かに、犯罪者が抵抗した場合は武力行使が認められているし、その結果犯罪者が死亡しても仕方がなかったと黙認されはするのだが。


「この傷は仕方ないじゃないじゃないすか!?」

「多重否定するな。それにこれで犯罪歴は消えたからむしろ感謝してるだろう」

「死亡時履歴抹消の曲解……」

「何か言ったか?」

「隊長は法律にすごくてすごいと思いました」

「まぁ一応共同墓地には運んでやりますか。仕方なく死んじゃった可哀想な犯罪者……おっと、死んだからもう真人間なんでしたっけ」

「先輩の精神性もすごくてすごいや……」


 的確に動脈を切り裂かれて失血死した犯罪者の死体を事も無げに背負うリコリス。形だけはどん引きしているトルネがその後を追い、さらにその後ろからニギが歩き始める。向かうは都庁にある共同墓地――寿命以外の死を迎えてしまった人間が、息を吹き返すまでの保管場所だ。

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