誘拐ですよ、宮藤さん!

萩村めくり

邂逅

積もっていた雪も溶け始め、新たな生命が誕生する。そんな季節。

夕飯の買い物を終え、見飽きた住宅街を歩く。小学生の時からこの町に住んでる為、目に映る景色は全くと言っていいほど面白味がない。

黒く汚れた雪でコンクリートが見え隠れする道路、アパレルショップのチラシが貼ってある電柱、たまに猫が集会を開いている路地裏。全てがいつもと変わらぬ風景だ。

猫の有無を確認する為、路地裏を覗くと有り得ないものが目に入る。

いや、厳密にいえば有り得ないのはそれの状態であって、それ自体は何ら変哲ない。

つまり何が言いたいかというと……二方を壁で隔たれた路地裏には、人が倒れていたのだ。無情にも、夕陽が深々と降り注ぐ。


その光景を目にした私は、まず何らかの事故か事件を疑った。こんな平和ボケしたような町に一体なにが。

暫しその場で考えるも、やがて無駄と悟る。急ぎ救急車を呼んだ方がよっぽど賢い。

鞄をまさぐりスマホを探すも、見つかない。どうやら家に置いてきたようだ。

判断に用いた思考は一瞬で、すぐに最適解を出した。

家に運び、それから救急車を呼ぶ。それしかない。

腰を下ろし、冷たい身体を背負う。そいつは想像以上に軽く、身体も柔らかい。

事態は急を要するかもしれない。私はただ、家に向かって全力で走った。


10分後。息も上がり果て、足を引きずりながらも、なんとか家に辿り着く。

片手で鍵を開けた途端、玄関に倒れ込む。それでも、自室の布団まで運び入れることに成功した。

……こんなに身体を酷使したのは何年ぶりか。堕落しきった生活を送ってきた私にとっては、この上なく辛い。

取り敢えず、自ら運び入れた人の様子を確認する。

顔立ちは整っており、長い睫毛でおっとりとした相貌。

身体は華奢で未成熟だが、紛うことなき美少女。彼女の小さい身体のせいか、母性本能が擽られる。

ま、待て私。お前は人を容姿で評定するのか、見損なったぞ!

しかしまぁなんというか……外見より性格。そんな定義か崩された気がする。

っと、今はそんなことを考えている場合ではなかった。救急車を呼ばないと。

「……んん……あなた……は……?」

スマホを手にした瞬間、か細い声が聞こえた。どうやら少女の意識が戻ったらしい。

ならば身元を明かさなければ。齢17歳でプリズンにお勤めはごめん被りたい。

「私は宮藤美園みやふじみその。道端で倒れていた君を介抱した、善良な一般市民だ。救急車を呼んでくるから待っていろ」

「救急車は結構です。なんともないので」

先程まで倒れていたとは思えない、流暢に喋るその声音からは少し警戒の色を感じる。それもそうだ。わざわざ年端もいかない少女を家に運んだ、不純そうな一般市民を信頼するわけがない。傍からみれば誘拐だからな。

「そうか。ならお茶でも淹れてこよう」

「……ありがとう」

今にして思えば、あの時彼女を介抱して良かったなと心の底から痛感する。

鬱蒼とした日々が、楽しいと感じられるようになったのは、彼女のお陰なのだから。

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