サバイバル終了
意気込みを新たに臨んだ最終日は、思わず拍子抜けするくらいに穏やかで平和な一日で終わった。
……まあ最後の日だからといって、何かあればいいわけでもない。これも日頃の行いが良かったのだろうと、自分を褒めることにしよう。
「──せいっ!」
縦、横、斜め。一つの舞踊を踊る気持ちで一回一回丁寧に剣を振る。
筋トレ週間が終わったからといって、訓練を完全にやらなくなったわけではなかった。日課となりつつあり、少しでも余裕があれば素振りやスクワットは続けていた。
出来ればマクリヤというのも使えるようにしておきたかったのだが、残念ながらクリアさんはマの字も教えてくれはしなかった。
けど、それで良かったんだ。ただでさえ不器用な俺が追加で覚えろと言われても、すべてが中途半端に終わるだけだったはずだ。クリアさんがそこら辺を見抜いていたのならすごいなと思う。
「──ふん。随分と元気そうだな」
「あ、クリアさん。どうも」
後ろから掛けられた声にもあんまりびくつくことなく返すことが出来た。
誰かが近づいてきたのは何となくわかっていた。この森で暮らしていたら、ある程度の気配は掴めるようになっていたのだ。
そこにいたクリアさんは、いつもの鎧姿ではない軽い格好であった。
……正直今改めて見るまで、一昨日のあの美女は夢の存在であったはないかと疑っていたが、あの美人さんは本当にクリアさんだったらしい。
「随分となじんだことだ。なんなら、もうしばらくここで暮らすか?」
「遠慮します」
「そうか。なら行くぞ」
心からの即答もあっさりスルーして歩き出すクリアさんに、ちょっと落ち込みながら付いていく。
最近はすっかり慣れてしまった、暗く静かな森の中。もう、ここともお別れなのか。なんだか少しだけ名残惜しくなってきた気がしなくもない。
人付き合いを一切考えなくても良い大自然の中。案外俺には、こっちの方が向いているのかもしれないな。
「それにしても、貴様が魔獣を狩れるとは思っていなかったぞ」
「……魔獣?」
「初日に無様に追いかけ回されていた、あの
……魔獣? 何それ。獣にも種類があったのかよ。
「何か違ったんすか?」
「魔獣とは魔力袋を持つ獣の総称。そこいらの獣に比べて生命力に溢れ──強いのだ」
歩きながらに軽く告げられた驚愕の事実。
確かにあの鼠はサイズも強さも群を抜いていた。けど、まさか初日から森のラスボスにかち合っていたとは。……よく生き残れたものだ。
「……そういうの、事前に教えてくれても良いんじゃないですか?」
「言っても今の貴様に見分けなどつくまい」
確かにそうだけどさぁ。もう少し、なんというか慈悲の心というのを欠片でも見せてくれても良いと思うんだ。
それを、なんでこの人はこう勝手に判断しちゃうのか。知っていれば対策の一つくらいは立てられたかもしれないのになぁ。
……ごめん嘘。つい反発したくなったけど、そんな情報聞いてたら速攻で諦めてた気がするので聞かなくて良かったと思うわ。
「……じゃあ、あいつの死体が消えたのは魔獣だったから……とかですか?」
「ああ。魔力が多いほど命を散らした時に霧散しやすくなるもの。これは他の種族とて例外ではない」
へえー。なるほどぉ、魔力ってそんな効果があるんだぁ。
……っていうことは、あの鼠はすっごく強かった部類なのか? 肉体も一晩経てば消えてたし。
「ちなみに、消失までに一晩かかる程度ならば雑魚とそう変わらん。貴様は今後、あの程度に苦戦して良い余裕などないぞ」
心なしか、からかうような口調でそう言ってくるクリアさん。……この後ねぇ。
「クリアさんは、俺が城に戻った時にやらされることを知っているんですか?」
「……ああ。おおよそ見当はついている」
知っているのか。それなら是非とも聞いておきたいことだ。
だってもし嫌なことだったとしても、いきなりかそうでないかでは心のゆとりがあまりにも違う。あらかじめ覚悟できていれば、選択の幅も広がるかもしれないし。
「教えてくれませんか?」
自分でも食い気味にその質問をしたとわかるほど、強い声を出していた気がする。
それだけ重要だと考えた。だからこそ、はっきりと声に出して聞いてみたのだが──。
「…………教える気はない。少なくとも、今は」
この人には珍しく、少しの躊躇いの後にようやく出てきた返答。それは望んでいた答えとは別で、俺にとっては都合の悪いものであった。
……どうしてだ。ただの意地悪なら別に良い。そんなのはいくらでも聞いてきた。
「……今から向かう場所に到着して、それでも聞きたければまた言え。その時は、話してやろう」
背を追っている俺には、彼女の顔は見えない。
けれど少しだけ、その思い悩むような言葉の詰まり方をするクリアさんに戸惑いを覚えてしまった。
俺にとってクリアさんは、九割五分厳しく強い──師匠のような人と、認識に根付いている。
だからだろうか。この人が弱みを見せる所を全く想像できなかったのだ。少なくとも、小僧と呼ぶ──こんな会って間もない子供には。
段々と、森が明るくなってきた。もうすぐ出口だ。
最初に通ってきた、地平線すら拝める真っ平らな草原。その何もなさに、ようやく森での生活が終わったんだなと実感がこみ上げてきた。
あの時と同じようにクリアさんは黒い箱を地面に置き、馬車のようなあれに変化する。
乗れ、と先程までとは違ういつものクリアさんの声に従い、部屋の中に入り椅子に座った。
クリアさんも乗り込んできた後、すぐに窓から見える景色が流れ始めた。
相変わらず、日本で乗っていた車に引けを取らない──もしくはそれ以上の速度を出しながら、この大地を移動していた。
「……それで、街に帰るんですか?」
柔らかい背もたれに体重を預け、軽く一呼吸してからこの後について聞いてみる。
さっきは断られてしまったが、これから向かう場所くらいは教えてくれても良いと思うのだがどうだろうか。
「いや? だが半日程度で着く距離だ。しばらくは気にせずに休んでいると良い」
先程とは違い、特に隠そうともせずにあっさりと答えてくれるクリアさん。
……そう言ってくれるなら少しだけ仮眠でも取っちゃおうかな。なんだかんだいって、あの森ではぐーすか寝れていたといったら嘘になるし。
願わくば、次こそは平気で命を落としそうな場所でないことを。そう願いながら、目を閉じて眠りについた。
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