to be continued

「私が気絶している間にそんなことが……」


 日向が目を覚まして色乃から顛末を聞いたのは翌日の夕方のことだった。

 その日は日曜日だったため、色乃は半日の間付きっ切りで日向の傍らに座っていた。


「とにかく、日向の怪我は思ったよりも酷くなくて安心したよ」

「申し訳ございません。主人に看病させてしまうなんて……」

「気にしなくていいよ。寧ろ私は有真の件でどうしたらいいか分からなくなっていたから看病するくらいが気を紛らわせるには丁度良かったんだ」

「おーい、邪魔するぞー」

「おいすー! お見舞いに来たよー!」


 色乃たちの部屋に千景と祥子がやってくる。


「しっかし、朝になっても起きないから心配したぞ。昨日は相当ボコられてたから無理はないけど」

「その節はお二人にもなんとお礼を言ったらいいことか……」

「お礼なんていらないよ~。簡単な応急処置はメイドの嗜みだからね」


 千景と日向が話している横で祥子がお見舞い用の菓子パンやジュース類を勝手に食べ始めるが、最早慣れていた三人は見て見ぬ振りをすることにした。


「それよりも有真の奴、朝も昼もメシに来なかったぞ。アイツ大丈夫か?」

「何か声をかけてあげたいけど、私には何を言ってあげるべきか分からない。私にとっては日向と有真はどちらも大切な存在だから」

「……お嬢様、提案なのですが、私が有真様とお話をしてもいいでしょうか?」

「日向? 君には何か考えがあるのかな?」

「確証はないですけど、この問題は私が有真様と一対一で解決しなければいけないことだと思うんです。それに、私は決闘の時にお役に立てなかった分、ここでお嬢様と有真様のお力になりたいんです。……きっと、大丈夫ですから」


 日向は色乃に対して覚悟を決めた表情でそう言った。


          十 十 十


「ここにおられたのですね、有真様」


 日向は深夜に新月館の三階テラスで十六夜の月を眺めていた有真を見つける。

 有真の隣には凪が控えており、日向が来たことを知った彼女は何も言わずにその場から立ち去った。


「凪は出来る子だけど、こういう時まで空気を読んでくれると逆に困るのよね」

「おかげで二人きりでお話することが出来ます」

「私になんの用かしら?」


 有真は尋ねるが顔は外に向いたまま、日向の方を向くことはなかった。


「色乃お嬢様と仲直りをしてもらいたくて来ました!」

「帰りなさい。今はあなたとも色乃とも顔を合わせたくない気分なの」

「有真様のお気持ちも知らずに申し訳のないことをいたしました!」


 日向が一歩も引くことはなく、深々と頭を下げる。


「どうしてあなたが謝るのかしら? 別に私は日向さんに謝って欲しい訳じゃないのよ」

「でも、私がいたから有真様が割を食われてしまったことは事実ですし……」

「そういうことじゃないのよ! 私といない方が色乃は幸せなの!」


 有真が日向と目を合わせて日向の肩を両手で掴む。


「どうせ私は可愛げのない嫌な女よ! 色乃の隣にいてもあの子には釣り合わないわ! 完璧なあなたとは違うの!」

「有真様……泣いておられるのですか?」


 日向が見上げる有真の表情は影に隠れていたが、彼女の両目からは涙が零れ落ちていく。


「もしも私が男の人だったら私と色乃の関係も少しは違ったかもしれない。もしも人間の少女だったら従者として傍にいられたかもしれない。ただ、それでも、あなたという人間を前にすれば私は敵わなかった可能性だってある。私の想いはどうあっても届かないのよ」

「やっぱり有真様は色乃お嬢様のことを……」

「私たちはあなたたちのことを本気でお似合いだと思っているわ。あなたはどうなの? 色乃のことは好き?」

「す、好きというのは主人としてでしょうか? それとも――」

「……くすっ。答えなくてもいいわ。あなたの顔を見れば分かるもの」


 有真が涙を堪えて微笑みを浮かべる。


「悔しい。悔しいわ。だけど、この想いはもうお終い。私は敗者らしくあなたたちの前には出来る限り姿を現さないようにするわ」

「いけませんよ。そんなお別れの仕方は色乃お嬢様も望んではいません。そもそも、私は有真様の言うような完璧な人間じゃないんです」


 日向は有真を両腕できつく抱きしめ、決して放そうとはしない様子だった。


「薄明女学院に来る前の私は人前に出ることすら臆病になる人間でした。学校では『吸血鬼』というあだ名でいじめられて、不登校になった私には両親しか頼れる人がいませんでした。そして、その両親すらも亡くなった後は親戚からも爪弾きにされるようになって、母の知人だったという方の紹介で流れ着いたのがこの学院だったのです。ここで私はこの身体を美しいと言ってくれる色乃お嬢様と出会い、行き止まりだった私の人生に道が生まれました。千景様や祥子ちゃんと出会って、この世界に掛け値のない優しさがあることを知りました。だから、有真様は塞ぎ込まないでください。きっと、明日はいいことがあるかもしれません」

「……全く、私にお説教なんてあなた生意気よ」


 有真はそう言いつつも日向の頭を撫でて抱擁を返す。


「お嬢、いかがいたしますか?」


 そこへ凪がひょっこりと姿を現す。


「あなた、席を外した振りして物陰で全部聞いていたわね」

「相手が明日風嬢であろうとも警戒を怠らないのが従者の役割ですから」

「油断も隙もないわね。……まあいいわ。凪、明日からは学院中に広まったおもらしお嬢様の汚名を払拭するためにあなたも協力しなさい。いつも通りの優雅な花里有真のイメージを取り戻すのよ。次こそは色乃を追い詰めるんだから」

「承知いたしました」


 有真は日向の頭から手を離し、日向も有真にしがみついていた腕を解いた。


「日向さん、私は一度振られたくらいじゃ諦めないわ! また次に誇りを賭けて争う機会があれば、その時は色乃とあなたを負かして一生私の傍で侍らせてあげるわ!」

「ええっ!? 私もですか!?」

「私、あなたのことも気に入ったのよ」


 有真が不敵な笑みを見せて瞳を赤く輝かせた。


          十 十 十


 その翌朝、色乃たち四人は登校するために寮を出る。

「結局、その後は有真も凪も部屋に戻ってしまったんだね」

「自分でしたことですが、これで良かったのでしょうか?」

 色乃と日向は一つの日傘の下に並んで歩きながらそのような会話をする。

「どうだろう? 多分、上手くいったんじゃないかな?」

 色乃が自身の背後に視線を向ける。

 すると、木陰からこっそりと色乃たちの様子を伺っていた有真が慌てて姿を隠す。

「傍に凪が堂々と立ってるからバレバレだろ」


 千景は呆れた様子で言う。


「有真ちゃんって意外とポンコツなのかな?」

「あの子は昔から素直じゃないんだよ」

「めんどくせー女だな」

「さっきから聞こえてるわよ! ポンコツとか素直じゃないとか好き勝手言ってくれるじゃない!」


 有真は耐え切れなくなり木陰から飛び出す。


「何してんだお前……」

「敵情視察よ! 一度敗北を味わった私はその味を忘れないわ!」

「それなら一緒に登校しないかな? その方が私たちのことをもっと観察出来るよ」

「お断りよ! 私は群れて馴れ合うつもりなんてないわ!」

「じゃあ、有真もこう言ってることだし、行こうか日向」

「えっ? あっ、はい!」

「待ちなさいよ! 凪! 色乃たちを追うわよ!」

「仰せの通りに」

「ポンコツが二人に増えたな」

「千景ちゃん、私をじっと見てどうしたの?」


 吸血鬼と人間、異なる種族の少女たちは今日も共に歩き出す。

 黄昏から始まった彼女たちの物語は黎明に向けてゆっくりと進んでいくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヴァレット&トワイライト Laurel cLown @enban-tsukita

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ