8月23日(日) 快晴

 夏の帰省は例年であれば盆休みと重なることとなるため、僕の地元の花火大会に合わせた予定を組んでいた。

 出店の連なる商店街を歩いていると誰かしら昔の馴染みと会えるので、年中行事の中でも楽しみの一つでもある。こういった場合だと飲みながら通りを歩いていても浮くことはない。

 その場で声を掛けてくれる者もいれば、後日Facebookで実は見掛けたなどとコメントを寄越してくれる者もいて、必ず誰かと久々のコンタクトを取るキッカケにもなっていた。

「見掛けたなら後ろからこっそり近付いてカンチョーでもしてくれれば良かったのに」

「奥さんと一緒だったじゃん。気不味いでしょう(笑)」

 そうする中で昔のセフレと思わぬ再会をすることもあり、何だか何でもアリみたいになっているのも事実だが、以前過ごした街でその様なことが起こるのはもはや不可避ではないか。


 今年はその帰省の計画を前倒しすることもあり、その場に居合わせることが出来ないことを残念がっていたが何のことは無く、コロナの影響で全国的に花火大会は中止であった。

 だが調度妻の実家から僕の実家へ移動したその翌日に、平日の夜だが晴れればサプライズで花火が打ち上げられるらしいと聞かされた。

 当日の天気予報は生憎の大雨であったにも関わらず、日中降り続いた雨は夕方にはすっかり上がり、子供を風呂に入れてその日の残務対応に追われていた僕も打ち上げられた花火のジリジリと鳴り響く音で一旦仕事の手を置き外へと出た。


 庭に出ると、昼間はうだるような暑さに覆われる盆地特有の気候も、陽が沈むと風が冷たく心地が良かった。同じ敷地の隣の家に住む祖母が縁側で同じように花火を眺めていたので、その横に腰を掛けた。

 Twitterで動画を上げてみては?と思い立ち、iPhoneカメラを動画モードで起動してラストを収めるのに成功したのだが、勝手を知らない祖母が容赦なく話しかける声も漏れなく織り込み済みである。静けさが戻って来ようかという時に何処からともなく拍手喝采のパチパチと手を叩く音が聞こえたのも束の間、それらも闇に沈む。

 上の子は母と2階の部屋から花火を眺めていた。都市部の雑踏をひと時だけ離れ、田畑から聞こえるスズムシの鳴き声を聞きながら何かを想っただろうか。


 年に何度かの帰省を楽しみにしている僕であるが、ここ数年はその帰省の意味合いも少し違っていた。 調度2年前の今頃、その祖母に肺癌が見つかり持っても半年だと聞かされた。

 そこから帰れるタイミングを捻出しては会えるタイミングを作っている。幸い当初半年程ではないかと言われながらも、抗癌剤との相性もあってか現在においても健在である。以前より痩せていたりはするが、家の中の用事を極力自分で担おうと居間と台所を呼吸を整えながら行き来しており、元気な姿を見ることが出来た。

 帰り際に母に対して、いくら抗癌剤が合っているからといっても既に1年と何カ月も経過しているし、薬が効いてもこれくらいだという期間も優に越えているのではないか?と問ってみた。

 医師にしてみても、流石にこればかりは本人の体力次第ではないかということであったが、帰省を終えて自宅へ戻った矢先の定期健診で、やはり抗癌剤の効力というものもそろそろ限度のようだと告げられたという。


 現職に就いた頃、最初に世話になったマネージャーに言われたことがある。家を出て生活を始めると、盆正月の年に2回の帰省を10年継続したとして実家の家族と会えるのは20回しかない。GWなどもそこに加えたり継続出来る年数次第でその機会は上下するものの、基本的には残された時間との兼ね合いの比重は大きい。今年はコロナの影響でGWを当然そこに充てることは出来なかった。

 せめて僕の上の子のランドセル姿が見れればと言っていたが、それどころか元気に過ごしている内に産まれたばかりの下の子も見せることが出来るとは考えてもいなかった。欲を言えばキリが無いが、残された時間を有意義に過ごすことは出来ているのかも知れない。


 9月の連休や年末にも会えれば良いと思う。こうしている内に電話を一本入れると今ならまだ会話も出来るのではあるが、不自然なことをするのもどうだろうと何処か躊躇してしまったりもする。

 とは言え、今晩は久しぶりに電話を入れてみようかと思う。

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