電子の海で、ぶつけるココロ

やまもン

電子の海で、ぶつかるココロ

 夏といえば海、海といえば水着だ。

 それは2020年の夏でも変わらず成り立つ公式で、だからこそパソコン画面の水着の美少女キャラクターは紛れもなく僕の夏の象徴と言えた。締め切った部屋のカーテンを突き抜けて、高い日差しが手元のコントローラーを照らす。


 僕が今やっているゲームの名前は水着War2という、男女16人のキャラクターから一人を選び、一対一で闘うオンラインバトルゲームだ。

 元々格闘ゲーム好きの素人が作った水着Warは低品質のスマホゲームだったけれど、新型ウイルスの影響で外出できない人々の間で、"夏の海への開放感が得られる"と話題になった作品で、それに目をつけた大手ゲーム会社から高品質なソフトとして発売された続編が水着War2だ。

 その最大の特徴はキャラクターの格好が水着であること。海中と海上とで上下に分割された画面の中をイルカの様に飛び跳ねるこの大和撫子はスクール水着使いの天童あやめ。布地面積の大きさという訳の分からない理由で大火力の一撃必殺を誇るキャラだ。他にも色物揃いだが、僕はスク水に信仰を捧げているのであやめしか使わない。


 ピロン!里奈りなさんからメッセージが届いています。


 カチャカチャとボタンの鳴らす音やクーラーの立てる音に混じって、スマホが通知を鳴らした。

 里奈は僕の彼女で、去年の暮れから付き合っている。でも、最近は会っていない。もちろんウイルスの影響もあるけど、何より顔を合わせると相手に嫌われたくない一心でつまらなくなるからだ。その結果、僕は意図的に彼女を避けるようになった。

 ゲームを中断して送られてきたメッセージを確認すると、『康太くん!テレビ見た!?』と書いてあった。


 「う、ウイルスのワクチンが出来たーー!?」


 埃を被っていたリモコンでテレビの電源をつけた僕は、流れてきたニュースに驚いた。というか世界中の人が驚いた。2月頃から始まったウイルス騒動に終息のメドが立ったというのだからしょうがない。それも凄くスピーディで、今週末には外出制限が解除されるとニュースキャスターが言っている。

 そこへ開いたままのスマホの画面に新しいメッセージが表示された。『外出制限が無くなったら、康太くんのアパート遊びに行っても良い?水着War2やりたいな?』

 

 僕は葛藤した。今までウイルスを言い訳にして里奈を避けてきた。しかし、これは断れない。これを断ったら"何かやましい事でもあるんじゃ"と思われるだろうし、最悪振られるかもしれない。それ位、里奈のことを避けてきた。

 まぁ、やましい事が無いわけじゃない。というかそれが葛藤の原因だ。それとはズバリ、スク水だ。僕はスク水が好きで、それを恥じていない。ないけれど、里奈は引くかもしれない。何度も言うが、僕は彼女に少しも嫌われたくないのだ。里奈が引かない可能性にかけてみるか……?


 僕は彼女と別れずに済み、かつスク水への信仰を捧げ抜く術を模索する。その時、ふと僕の目に中断画面のゲームタイトルが飛び込んできた。主張の激しい"水着"の文字が、急に鳴き出したセミの音が、日本人の条件反射を引き起こす。


 『せっかく外出制限無くなるんだし、家じゃなくて外で遊ぼうよ!8月だから、海に行かない?』

 『海?いいよ!』


 夏といえば海、海といえば水着だ。

 これで里奈とも別れずに済みそうだ。


 「速報です。現在大流行の水着War2ですが、外出制限の解除を受け、運営会社が初の大会開催を告知しました」


 と、その時、付けっ放しにしていたテレビからこんなニュースが流れてきた。急いで里奈のトーク画面を閉じ、ゲーム会社のホームページから最新情報のページに飛ぶ。


 【水着War2大会開催決定!優勝賞品は使用キャラクターの特製水着!サイズ調整可!】


 日付を確認すると、ちょうど里奈と海に行く一週間前だ。更には優勝商品の水着の引き渡しがデート当日。……僕は閃いた。頭の中である計画がパズルのように急速に組み立てられていく。

 ある計画とは、ズバリ——里奈にスク水着せようというものだ。あやめを使って大会で優勝し、賞品のスク水を受け取ったその足でデートに向かえば、里奈はスク水を着ざるを得ないハズだ。なんたって僕には使う当てがないのだから。

 どうしてスク水なのかと聞かれても、あやめが強かったからと答えればいい。これなら里奈に嫌われる恐れもないだろう。多分。


 僕は椅子に座り直し、パソコンに向き合った。僕は本気で優勝を取りに行く。彼女にスク水を着せるために。

 僕は強くコントローラーを握り込んだ。





 大会当日。見上げた空は分厚い雲に覆われていて、今にも降り出しそうだ。

 水着War2はウイルスの影響で元々ゲームをやらない人もプレイしている老若男女に大人気なゲームなので、会場は海水浴場の様な混み具合だった。僕は久々の人混みで目眩がした。

 そうして始まった予選。かすかに抱いていた予選敗退という不安。それとは裏腹に、僕は本選すらも順調に勝ち上がっていく。夏の間これだけをやり続けた僕の腕は、どうやら僕が思っているよりもずっと良かったらしい。


 例えば準決勝の相手。彼女は優待枠のプロゲーマーで、パレオ姿の金髪ナイスバディ、レーラ・キャスティンの使い手だった。

 水着War2はジャンルとしては格闘ゲームに分類される。しかし技が水着に関連したものだけという特色がある。例えば天童あやめがスク水の水への抵抗の小ささから海中を高速遊泳する技が使えるように、レーラ・キャスティンにもパレオにちなんだ技がある。

 その名も「空飛ぶ人魚」。パレオのヒラヒラを利用して滞空時間を伸ばす技で、副効果として、垣間見える太ももの魅力で相手キャラの動きを遅くする技でもある。

 並の使い手であれば、海中に落ちてきた所を高速遊泳で一突きすれば終わりだが、彼女は上手かった。海中でもパレオを脚に巻きつけて、人魚のように泳ぐのだ。

 クロールによる直線的な軌道のあやめを人魚らしい円を描く泳ぎ方で躱すレーラ。「空飛ぶ人魚」の副効果が切れ、あやめの泳ぐ速さが戻るや否や空に舞い戻るレーラ。

 この戦いに終止符を打ったのは、バタフライだった。僕の一番の得意技だ。イルカの様に飛び跳ねる事だってできる。数千、数万と練習したその動きで、相手に一切気取られる事なく、自然な調子で人魚を海中へ蹴落とした。

 僕とあやめは一心同体、自分の体の様に彼女を動かし、攻め気を感づかせない事が勝敗を分けたと僕は思う。




 「里奈!?」

 「康太くん!?」


 決勝戦。舞台の上で相手の顔を知った僕らは叫んだ。司会者が言う。


 「お二人はお知り合いですか?」

 「え、ええ。里奈は僕の彼女です」

 「えええーー!並み居る猛者どもを海底に沈めてきた彼らは、な、なんと!!カップルだそうです!!!」


 僕が彼女ですと言った瞬間、里奈がホッとしたような表情になり、それから頬が熟れた林檎の様になっていくのが分かった。なぜ分かったかって?大画面で中継されていたからだ。

 だけどそんな事より僕には気になる事があった。もちろん赤くなった里奈は可愛かった。可愛かったが、里奈の顔の下に映された岩野テツオ——真っ赤なブーメランパンツの使い手——が僕の視線を捕らえて放さない。

 里奈は、里奈はブーメランパンツ、それも赤が好きなのかという衝撃が僕を襲う。いや待て、テツオの使い勝手が良いだけなのかもしれない。そんな事を考えながら力を振り絞って視線を横にずらした僕は、里奈と目があった。そして分かってしまった。

 彼女もまた、同じなのだと。さりげなく僕にブーメランパンツを着せるつもりだったのだと。その眼差しが雄弁に語っていた。


 いざ始まった決勝戦。テツオはまず、ブーメランパンツを脱いだ。そのまま"履いてますよ!"でお馴染みのポーズをとると、パンツを両手でこね回したのち、広げた手にはなぜか三枚のパンツを握っていた。一枚は履き直し、一枚は頭に被り、最後の一枚を握り締め、テツオはあやめに襲いかかる。

 ……上手い。当然だが、"履いてますよ!"のポーズの時は泳げない。だと言うのにテツオはしゃがみとジャンプだけであやめの攻撃を全て躱した。もちろん何もはみ出させずにだ。

 防御を司る頭のパンツ、機動力を司る股間のパンツ、そして攻撃を司る手の平のパンツ。三つが揃い、攻守に優れたオールラウンダー・テツオ。防御力を代償に攻撃と速度に特化したあやめがヒットアンドアウェイを繰り返すのは必然だった。


 変態パンツマンVSスク水少女の闘いは僕と里奈の代理戦争だ。互いにあんな物を着せられてたまるか、いや着せてやる、そんな強い意志を込めてボタンを押す。

 バトルゲームだから、本気だから、嫌われるとか引かれるとか、そんな事を考えている余裕は無くて、僕らはありのままの自分を出す事、本気でぶつかり合う事を避けられなかった。

 

 「どうしてブーメランパンツなんだ!」

 「そっちこそ!なんでスク水なのよ!」


 あやめがテツオに接近する度、


 「美しいからに決まってるじゃないか!」

 「何言ってんのよ!ブーメランパンツの方が美しいわ!」


 テツオがパンツをブーメランの様に投げる度、


 「この機能美が分からないのか!」

 「機能美って、康太もなの!?」

 「僕もって……「まさか!?」」


 剥き出しの心が、気持ちが、考えが、打ち合う水着を通して交わされた。

 そうやって互いの本音を知り、認めた時、僕らは初めて繋がった気がした。





 「おーーい!里奈ーー!こっちだ!」


 一週間後。里奈とのデート当日。清々しい晴天の下、里奈がやってきた。

 渡された紙袋の中は、真っ赤なブーメランパンツ。僕はあの試合に負けたのだった。


 「康太、見て!」


 紙袋から顔を上げた僕は、視界一面に大きな紺を認めた。もう何も避けないと決めた僕と里奈の間には、つまらない距離なんて無くなっていて。

 えへへ、と照れる里奈は最高に可愛くて。


 僕は里奈をギュッと抱きしめた。


 本当の夏の海が、すぐそこまで迫っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

電子の海で、ぶつけるココロ やまもン @niayamamonn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ