世界を救った勇者への求刑【なずみのホラー便 第57弾】

なずみ智子

世界を救った勇者への求刑

 一人の勇気ある若者によって、悪の権化である魔王は見事に倒された。

 世界は救われた。

 世界の大半の人々にとって、彼は勇者であった。


 しかし、勇者であるはずのその彼は、今や後ろ手に縛られた状態で、広場に引っ立てられてしまった。そう、まるで重罪人のごとく……

 沈む夕陽に赤く染まりゆく乾いた広場にて、彼をグルリと取り囲んだのは、性別も年齢も瞳の色も髪の色も肌の色も様々な五十人余りの民たちであった。


 勇者は民たちを――いや、”自分がこの世界を救ってやったからこそ、今も生きていられる者たち”をギッと睨みつけた。



「おい、これはいったい何の真似だ?! お前ら、誰のおかげでそうしていられると思ってんだ?!」


 一人の老人がスッと歩み出た。


「お前さんは確かにこの世界を救ってくれた勇者じゃ。だがな、お前さんは魔王を討伐する旅の途中で、飢饉の最中にあったわしの村に立ち寄っただろう。そこで、わしらが備蓄していた大事な食べ物を盗み食いし、止めようとした村の幾人かを斬り殺したろう。覚えておるか?」


「……ああ、一応は覚えているよ」


「お前さんが斬り殺した者たちは、誰かの大切な夫であり、大切な父親でもあったんじゃ。それにお前さんが食料を奪ったことが原因で何人かの者は飢えて死んでしまった」


「……何も出来ねえお前らなんかよりも、この俺にこそ、栄養が必要だってもんだろ! あれは一種の緊急避難だっての!」



 次は一人の中年女がスッと歩み出た。


「あなたは確かにこの世界を救ってくれた勇者です。けれども、あなたは魔王を討伐する旅の途中で、私が経営していた宿に寄ったでしょう。そこで私の娘に強引に……娘には将来を約束した人だっていたのに、あの夜以来、娘は部屋から出ることができなくなったんですよ」


「……芋臭くてダサい田舎娘が無名時代の俺とヤレたなんて、光栄に思うところだろ、そこはよ。”勇者に抱かれた女”って箔をつけてやったんだよ」



 さらに一人の少年がスッと歩み出た。


「あんたがこの世界を救ってくれた勇者なのは、ここにいる皆だけでなく、この世界の全ての人々が理解してるよ。けれども、あんたが城下町で魔王のペットに追われていた時、たまたま近くの市場で果物を売っていただけの”僕の兄さん”を捕まえて、魔王のペットの前に突き飛ばしたろ。”単なる時間稼ぎのため”だけに……生きたままグチャグチャと食べられていく兄さんの断末魔が僕の耳から今も離れない…………ううん、一生離れることはないんだよ」


「……大義を成すためには、多少の犠牲は必要なんだよ! これは選ばれし勇者による救世物語の鉄則だっての! 鉄則だよ! 鉄則ゥ!!」



 湿った風がビュウウと広場を吹き抜けていった。

 この世界の彼方から、無念と慟哭を運んでくるがごとき風が。

 勇者の肌すらブワリと鳥肌立たせ、”血生臭い数刻後”を予感させる風が。



「お前ら……この俺を殺そうってのか! 俺にこの世界を救ってもらっておきながら!! 恩知らずどもめ!!!」


 吠える勇者に、中年女が首を横に振った。


「いいえ、私たちは皆、あなたをサクッと処刑する気はありません。あなたに虐げられ傷つけられた被害者ならびに遺族一同であるとはいえ、あなたにこの世界を救ってもらったのは事実でありますから……」


「だったら早くこの縄をほどけよ! んでもって、お前ら全員、土下座してこの俺に詫びろ! 詫びるんだ!! 一人一人頭を踏みつけてやるからよ!!!」


 老人が溜息を吐いた。


「まだ分からんのか。わしらはお前さんの功績は認めてはいるし、癪であるが感謝はしておる。だが、それとは別に、お前さんが犯した罪に対しての報いはきちんと受けて欲しいんじゃ」


「……は? 勇者相手にそんなこと許されると思ってんのか! お前ら雑魚どもに何の権限があンだよ!」


 少年も溜息を吐いた。


「だからぁ、勇者のあんたにとっては僕たちは単なる雑魚でも、僕たち皆にちゃんと心があって、大切な人もいて、それぞれの一度しかない人生があって……それなのに……」


 老人が少年の肩に、そっと手を置いた。

 少年は老人に頷き返した。

 そして、彼は懐から短剣を取り出した。

 いや、短剣を取り出したのは少年だけではなかった。

 老人も中年女も……勇者を取り囲んでいる”五十人余りの者全員の手”に、短剣が握られていたのだから


「や、やっぱり俺を殺す気なんだろ?! その短剣でめった刺しにして……!!」



「違うよ。刺すんじゃなくて”削いでいくだけ”だよ」

 少年が言う。


「一人、一刀(いっとう)ずつ、個々の事情はどうあれ、私たちは”全員平等に”とちゃんと話し合って決めたんです」

 中年女も言う。


「まあ、サクッと一思いにではなくジワジワといったところじゃ……途中でお前さんは”もう呻き声もあげられなくなる”かもしれんがのう」

 老人が”本当の始まりの一歩”を踏み出した。




――完――

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世界を救った勇者への求刑【なずみのホラー便 第57弾】 なずみ智子 @nazumi_tomoko

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