第58話 とあるゲーム会社のイベントの裏側

 とあるゲーム会社の女性社員が、目の前にあるディスプレイを凝視している。モニターの中では真っ黒な全身鎧の騎士と一人のプレイヤーが戦っていた。画面の中の黒い騎士の名前は『血に飢えた漆黒の見習い騎士』(以下・漆黒の騎士)で、ゲームの中のイベントレアボスである。


 プレイヤーの攻撃により漆黒の騎士のHPが四分の一になると、唸り声のような低い声を響かせ、全身に黒いオーラのような物を纏った。


「HP四分の一キターーーーー! ポチッとな」


 女性社員はマウスを操作し、画面の中の『手動操作』というボタンをクリックする。これによりAI操作のはずの漆黒の騎士を、自分の手で動かせるようになる。


 彼女がこのタイミングで手動に切り替えたのは、漆黒の騎士のHPが四分の一になった時、全能力値が1.5倍になるという仕様になっているためだ。


 漆黒の騎士の黒いフルフェイスの中の眼が赤くギラリと光り、マウスとキーボードに手を置く女性の眼も同じようにギラリと輝いた。


 女性社員は画面の中の漆黒の騎士を操り、自分にダメージを与えた人物に対して黒い大剣を振るう。


「漆黒連撃っ!」


 業務時間であるなど構わず、彼女は高らかに声を上げながらスキルを使用する。


 強烈な高速2連撃が目の前のプレイヤーの体を斬り裂き、青白い気泡となって消えていった。


「よっしゃ、邪魔者処分!」


 思わずその場でガッツポーズを取る女性社員。


「葉月先輩、何してるんですか?」


 漆黒の騎士を操る女性社員、篠山 葉月しのやま はづきの横に、様子を見に来た後輩が現れた。

 彼女の名前は佐藤 小夢さとう こゆめ、ポニーテルが良く似合う女の子で、真面目な性格ゆえか、制服のない会社でありながらも、スーツに似たような服で働いている。


「見て分からないの? これから愛娘と戦うのよ!」


 言われて小夢はディスプレイに視線を移す。画面の中では漆黒の騎士がクールタイム無しで連続攻撃スキルを連発していた。しかし、相手のプレイヤーの女の子は負けじと攻撃を受け流し、あるいは回避してなんとか逃げ延びていた。


 なんで娘? と疑問に思う小夢だが、なんだか面倒臭そうなのでそれ以上追求するのを止めた。


「そうはいかないわよ!」

 

 葉月は相手の動きを先読みし、少し離れたところで大剣を上段に構える。


「漆黒刃斬!」


 またしてもスキルの名前を高らかに叫ぶ。

 遠くの方から「またやってるよ」などと声が聞こえた。


 振り下ろされた漆黒の騎士の大剣から、黒い刃のようなものが放たれる。それは反応出来なかったプレイヤーの腕を突き抜けダメージを与えた。


「どうよ! 彼女は今カウンターを狙っていた。だけど、それを読み切った私が遠距離攻撃。そして、いきなり来た遠距離攻撃に彼女は反応出来ずに傷を負った」


「先輩、ボス操作するの部長に禁止されてませんでしたっけ?」 


 葉月のドヤ顔に小夢は真顔でツッコむ。


「部長が恐くてゲーム作れるか!」


 本人に聞かれたらとんでもないことになるだろう発言に、面倒を避けるため小夢はあえて聞かなかったことにした。


 葉月はゲーム内の特殊なメニュー画面を立ち上げ、ゲームマスター権限のメールを起動し、事前に作って置いたメールを送信する。


「プレゼント付きメールですか」

「そうよ。どうやっても勝てない相手に絶望した時、もしアイテムが届いたらどうする? 絶対勝てない状況の中で賭ける一つの希望、たった1枚のカードで逆転を狙うデュエリストのように、そのアイテムいつ使うの? 今でしょ!」


 一人熱弁する葉月は体をデスクから離し、小夢にメールの中身を見せる。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 差出人:とある運営

 件名:レイア姫救出クエストの報酬

 本文:保留になっていたクエストクリアの報酬です。これを装備して完全体死神に       

    なった姿を私に見せて下さい。


           報酬の受け取りはここをクリック

                  ⇓

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          ★☆★☆★☆ 報酬 ★☆★☆★☆★

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「私なら即削除します」


 怪しすぎるメールの文面に小夢は即答した。


「しかも、これは梶田君の手助けでもあるのよ。彼が作ったパクリっぽいクエストの報酬が用意されてなかったから、仕方なく私が代わりに用意してるのよ」


 仕方ないと口では言いつつも、葉月の顔は気持ち悪いくらいニヤけていた。


 あの完全に怒られそうなパチモンクエストか――と内心思いながら、小夢はメールからプレイヤーの方に視線を移す。


「あ、もらった装備に着替えたみたいですよ」 


 そして、画面の中のプレイヤーの服装が変化したことに気付く。


 言われて葉月も体を戻して画面の中を覗き込む。


「完全体死神キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」


「先輩、口から顔文字飛び出してますよ」


 小夢のツッコミなどまるで聞こえておらず、葉月は画面にかぶりつく。


「死神らしさの中に可愛さがあり、短い袴と太ももを覆うニーハイが絶品! そしてその間に挟まれた絶対領域がもう最高!」 


 葉月は監視員のゲームマスターにのみ許された監視機能を使用し、着替えたプレイヤーをあらゆる角度から嘗め回す様に眺める。


 この機能はどんな角度から見ることも可能なため――


「くはぁっ! この幼い顔立ちに黒パンツはたまりませんなぁ!」


「キモい、変態、オッサン、ドン引きです」


「こゆこゆに罵られると何か別のモノに目覚めそうだわ~」


「止めて下さい。まじでドン引きです」


 小夢は真面目に思ったことを口にしているだけなのだが、葉月にとってはそれは完全に逆効果、つまりご褒美でしかなかった。


 画面の中のプレイヤーの姿がさらに変化した。なにやら、骸骨の面を被ったようであった。


「超完全体死神! ……でも、可愛い顔が見えないと微妙ね。骸骨面は顔が見えるようにずらして付けるように、後でメールしておきましょう」


「それただのお祭りのお面じゃないですか。あと、そんなにGMメール私用で使ったら怒られますよ」


「大丈夫大丈夫~」


 そんなこと気にしないといった様子で葉月が手を振って返していると、画面が急に真っ暗になった。


「あれ? 落ちました?」


「いいえ、これは闇の帳ね」


 さすがに自分でプレゼントしたアイテムのスキルと言うこともあり、葉月はすぐにその現象の正体に気付く。


「しかし甘い! 監視スキル――千里眼、オン!」


 監視員メニューの中から『千里眼』と書かれたボタンをクリックすると、闇に覆われていた画面が何事もなかったかのように普通に戻る。これは監視員が暗闇の中の不正プレイヤーを監視する時に使う物であり、こういう場面で使っていいものではない。


 プレイヤーがこの闇の中で、漆黒の騎士に向かって突っ込んで来る。


「真っ直ぐに向かって来ますね」


 小夢は画面の中の諦めずに頑張るプレイヤーに、いつの間にか見入っていた。特に、このふざけた先輩相手でも諦めない姿勢でいることが、大きく彼女の心を動かしたのかもしれない。


「彼女には見えてるからね」


 嬉しそうに答えながら、葉月はプレイヤーが目の前まで来たところで、意地の悪いスキルを発動する。


「漆黒衝撃!」


 何の予備動作もなく、漆黒の騎士から放たれた衝撃波がプレイヤーを吹き飛ばす。いきなりで反応出来なかったせいか、プレイヤーは武器である鎌を手放してしまった。


「あ……」


 小夢が狼狽えるように呟き、


「もらったぁぁぁぁぁっ!」


 葉月が狂気する。


 漆黒の騎士が剣を前に突き出した姿勢で突進する。プレイヤーは吹き飛ばされた壁際で立ち上がるのに必死といった様子だった。


「がんばって……」


 小夢の思いに応えた――かどうかは分からないが、プレイヤーの姿は目の前で消えた。


「えええ?」


 葉月は理解できないまま、ただの壁に大剣を突き立てる。


「闇夜渡りだ……」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 それを聞いた瞬間葉月は絶叫した。まさに今さっき自分の与えたスキルが、起死回生の一手になった。そして、この瞬間彼女の脳裏を過ぎるのはもう一つのスキル。


 画面の中が真っ白に輝き――それが収まるころには、画面の中央に『YOU LOSE』という文字が浮かんでいた。これはこの手動操作システムを考えた者が格闘ゲーム好きであり、遊び心で入れられた仕様だった。


「あれだけドヤってたのに負けましたね」


 小夢が意地悪っぽく言うが、葉月は気にせずショートカットで意味のない髪を掻き上げる仕草を見せ、出来る女風にこう言った。


「何言ってるの? 私達ゲームマスターはプレイヤーに楽しんでもらうことを考えるのが最優先。わざと負けたに決まってるでしょ」


「なら、そろそろ仕事に戻ってくれるかな?」


「何言ってるの? これも仕事の……って、部長!?」


 いきなり別の声が聞こえたかと思うと、そこには最近頭頂部が薄くなってきたことを気にする中年の男性が立っていた。


「ど、どこから聞いてましたか……?」


「部長が恐くてゲーム作れるか、の辺りからだ」


「ほとんど始めじゃん!」


「君は仕事は出来るのにどうして――」 


 社内では有名な長時間説教が始まる予感に、葉月は部長を褒めてこの危機を回避しようと試みる。


「部長、その頭部のバーコードよくお似合いですよ」


 失敗である。


「篠山君、ちょっと来なさい」

「あっれ~、なんでですか? こゆこゆー、私が真面目に仕事してたって説明してくれる? ちょっと、こゆこゆ聞いてるー?」


 誰の助け舟が出るはずもなく、葉月は説教部屋へと連れて行かれた。


「夜桜、アンリ……」


 小夢は画面の中のプレイヤーがログアウトするまで、その姿を眺めていた――。

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