第8話 情報収集

 初イベが終了したその日、私はとあるファミレスに来ていた。

 中にはすでに人が大勢おり、おそらくイベントの打ち上げでもしているであろう雰囲気があった。

 食事が目的であれば、もっと空いている店にいくのだが、今私がここにいるのは食事目的ではない。


「あなたがミスターK?」

「あぁ。あんたが連絡してきたやつか?」

「えぇ、そうよ」


 カウンターに座った盗賊スタイルの男、ミスターKが私の返事に目を細める。


「まさかあんな情報を欲しがる奴がいるとはな……」

「私は変わり者だから」


 冗談交じりにそう返すと、ミスターKは頬を緩ませ口元に笑みを作った。


「なかなか面白いことを言うな。いいだろう、どれが知りたい?」


 どれが、というのは掲示板での内容のことだ。ゲーム内で見られる、主に連絡用として使われる掲示板に、彼の書き込みはあった。


 以下の情報を1つ10万Gで売ります。

 ・クイズ勝負を持ち掛けてくるNPC。

 ・ドMご用達クエスト。

 ・とにかく競争したがる爺さん。


 全てがお手伝いクエストではないかもしれないが、最近はほとんど情報がなく困っていた。自力で探すにしてはMAPが広すぎるため、どうしようかと考えあぐねていたところ、偶然彼の書き込みを見つけたのだ。


「全て」


 私の答えを聞いてミスターKが目を丸くする。

 初イベの時の参加報酬と、ボス討伐報酬でお金には余裕がある。


「本当に変わり者だな、あんた。いいだろう、全部買うおまけだ、俺の手書きだが地図もやろう」


 そう言って彼が取り出したのはA4くらいのサイズの一枚の紙。そこには今いる町や行ったことのある町、さらにまだ行ったことのない町の名前が描かれていた。あとは、森や山が簡単に描かれ、赤丸がついた箇所が三か所あった。

 

「この赤丸がついた箇所が?」

「ああ、そうだ」


 頷いて彼は一番上にある赤丸に指を置く。


「まずは現状のMAPで一番北にある村。ここには一見なにもないように見えるが、一人なぞなぞを出してくるNPCがいるらしい。まぁ、くだらないなぞなぞで大抵の人は無視するらしいが、そいつと10回話すとクイズ勝負を挑まれるようだ」


「クイズ勝負?」

「ああ。このゲームに関するクイズで、100問連続正解でクリアとなる。今までも何人も挑戦し、ネット上で回答が共有化されているんだが、クリア者はいまだにゼロという話だ」


 私は忘れないように、言われたことをメモに取っていく。


「次はここだ」


 次に指差したのは左端にかかれた赤丸。


「ここにはひたすら石を投げつけられる謎のクエストがある。あんまりにも意味不明すぎて、今はそれが癖になったドMしかやらないとの噂だ。分かっている情報もそれくらいしかない」


 話を聞いて思わずメモをとっていた手が止まった。

 なんつークエストだ。


「最後はここだ」


 そう言って次に指を置いたのは、今いる町から右の方に描かれた山。


「ここには話しかけると、勝負を仕掛けてくる爺さんがいる。俺も一度行ったことあるが、爺さんの速さが異常すぎて全く勝てる気がしなかった」

 

 速さ勝負かぁ。AGIの補正と加速があるから、AGI特化の人並みに速さがあるかもしれないけど、それで勝てるだろうか?


「と、まぁこんな感じだが、なにか質問はあるか?」


 メモを取り終えたタイミングを見計らい、ミスターKはそう言って口を閉じる。

 何かあるかなと思案していると、隣の席からふとした会話が耳に入ってきた。


「一体誰が初戦のボス倒したんだろうね?」

「俺達はベストメンバーでありながら、どのボスも5分はかかった。だが、初戦のボスだけは15秒程度で倒されている」


 おそらく初イベントの話なのだろうが、話題の焦点がまずい。

 誰かに見られた訳ではないから大丈夫だとは思うが、あまりこの場に居続けるのはよくなさそうだ。


「と、特にないわ。はいこれ」

「あぁ、毎度あり」 

「それじゃ、私はもう行くわね」

「おう、またな」


 言われていた報酬を渡し、ミスターKの声を背中で聞きながら、私は地図を手に取り足早に店を出る。

 

 ――そして、少し歩いたところで、急に肩を掴まれた。


「少しいいですか?」


 振り返れば、先ほどの店で例の話をしていた人物の一人がいた。

 金髪の美少年で、確かこのゲームでまだ三人しかいない二次職の人だったはずだ。


「あ、ハルルさんよ!」

「きゃーっ! 今日も可愛いっ!」


 彼を見た周囲の女子たちが黄色い声を上げる。


「あの、何か用ですか?」


 このゲームの上位者ということもあり緊張してか、やや声が上ずってしまったが、なるべく平静を装って返事を返す。


「いやぁ、僕は他の人のパラメータを見るのが趣味でね。他の情報は隠した状態で構わないから、君のパラメータを見せてくれないかな?」


 真意の見えない笑顔を向けてくるハルルさん。

 全く予想していなかった質問。


「まじかよ。ハルルさんに声かけられるなんてすげー奴なんかな?」

「俺も言われてみてー」


 やはりこのゲーム内ではかなりの有名人らしく、道行く人が何事かと立ち止まっていく。


 ああ、もう早くここから逃げ出したい!


 しかし、逃げ出せば別の意味で有名になりそうで恐い。


 さて、どうしたものか……。


 名前やレベル、職業は明かさず、パラメータのみと言って来てる辺り、特に理由もなく断るのもまずい気がする。

 怪しまれずにこの場を切り抜けるには、やはり普通に答えるしかないだろう。


 私はさり気無く装備していた指輪を外す。スキルや称号による補正値はパラメータ画面に反映されないが、装備の補正値は「+〇〇」といった形でしっかり表示されてしまう。

 あくまで素の平均パラメータを見てもらおう。


「全然弱いので見て面白いことはないですが……どうぞ」


 ステータス表示の中でパラメータのみを表示許可し、彼の前にパラメータが表示された画面を映し出す。


「ふーん、ほぼオール25くらいか……気のせいだったみたいだね」


 画面を見ながら一人頷くハルルさん。


 現在レベル36であるが、均等にステータスポイント振っている私のパラメータは、普通に振っている人に比べ全てが低い。


 ハルルさんは興味がなくなったように、画面から視線を離す。


「見せてくれて有難う」


 そう言って来た方向へと踵を返す。が、数歩歩いたところで振り返り、


「君みたいな完全平田は初めて見たけど、平田は全くいないわけじゃないからさ、頑張ってね」


 一瞬何を言っているのかよく分からなくて、彼が立ち去るまで呆然としていた。

 彼が立ち去るのと同時に、周囲の人達も解散していく。


「どんなすごい奴かと思ったけど、バランス型かよー」

「しかも全部均等とか完全にネタじゃん」


 立ち去り際にバカにするような言葉がかなり飛び交ったが、特に気にはしない。ああいうのは、いちいち気にしていたらキリがない。

 

 しばらくした後、私はその場で手を打った。


 ああ、平田ってバランス型のことか。


 なんのことかとずっと考えていたのだが、ほぼそのまんまの意味だろう。平なパラメータから、バランスを平に置き換え、平型から平田に変化したのだと思う。


 すごくどうでもいい考察だ。


 まぁ、何もなかったんだし、良しとしよう。


 私は気持ちを切り換え北へと向かう。

 まずは北のクイズ少年だ。

 まだ行ったことのない場所なので、非常に楽しみである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る