村長無双 ~ワシがやらねば誰がやる~

景山千博とたぷねこ

ワシがやらねば誰がやる

 ワシの名前はソンチョ。

 とある王国の辺境に位置する、ムーラ村の村長を務めておる、七九歳のせくしーないすがいじゃ。


 最近、ムーラ村の近くに魔王軍とかいう奴ばらが巨大な城を構えおって迷惑しておる。

 今のところ村に攻めてきたりはせんのだが、バカでかい城のせいで日当たりが悪くなり、村の生活には悪影響が出ておるのだ。


 王国や冒険者ギルドに掛け合ったが、いつまで経っても調査中とかいう暢気な答えしか返ってこん。


「たらたらしおって、まったく……チッ」


 部屋の窓から忌々しい城を見上げ、ワシは毒づく。


「おじいちゃん……」


 悲しげな少女の声がワシを呼んだ。


 振り向くと、部屋の入口に美少女が立っておった。

 肩下まである、金糸のような美しい髪。透き通るような白い肌と、美の神が作ったとしか思えんほど整った顔立ち。


 ……あぁ~! 可愛いのぅ!


 しかし、その美しい顔は今、憂いに満ちておった。つぶらな両の瞳には、じんわりと涙も滲んでおる。

 この美少女は、ワシの可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い以下略……孫娘、エリカじゃ。名前まで可愛い。ワシが付けたんじゃ。


 年齢は十六になったばかり。理由あって、ワシが一人で育ててきた。それはもう目に入れても痛くない、ワシの天使ちゃんじゃ。その天使ちゃんが、悲しみに表情を曇らせておる。これは一大事じゃ。いったいどうしたというんじゃ、まいえんじぇる。


「エリカ、なにかあったのか?」


「動物たちの元気がないの……」


 今にも泣き出しそうな声音に、ワシは胸を締め付けられる。

 ううむ……ついに村の家畜にまで悪影響が及び出しおったか……


「おじいちゃん、わたしたち、どうなっちゃうの?」


 ワシは杖をついて椅子から立ち上がり、エリカのそばに歩み寄った。


「大丈夫、大丈夫じゃ」


 エリカの頭を優しく撫でながら、ワシは考える。

 もう王国や冒険者ギルドの対応なんぞ待ってはいられん。

 ワシの天使が、こんなにも怯えて、悲しそうにしておる。


「ワシがなんとかしてやるからの」


「本当、おじいちゃん?」


「ああ、本当だとも」


 力強くうなずいてみせると、エリカが薄く微笑む。


 くぅ~! かわええ!


 よしよし、孫の笑顔のためにがんばるぞ。



 というわけで、ワシは一計を案じてみた。王国やギルドが動いてくれんのなら、ワシが自分で魔王討伐に出てくれる冒険者を募るんじゃ。後で国とギルドから色々と文句を言われそうじゃが、知ったことか。


「しかし……問題は報酬じゃな」


 家の居間で一人、ワシは唸る。


 ぶっちゃけ、ムーラ村はそこまで豊かとは言い難い。

 冒険者どもにくれてやる報酬――十分な金はない。ならば食料の蓄えを売って、金に換えるか……いいや、ダメじゃ。今後のことを考えて、村の備蓄を減らすのは賢明と思えん。

 うーむ、なにか名案はないじゃろか。国が大金を給付してくれんじゃろか……


「おじいちゃん、難しい顔してどうしたの?」


 いつの間にか、ワシの可愛いエリカが、可愛くワシの顔を覗き込んでおった。

 不思議そうに両目をぱちくりさせて、ああもうくぁいいのぅ~!


 ……ハッ!


 エリカのぷりちーふぇいすを見て、ワシはあることを思いついた。

 このムーラ村には、なぜか美男美女が多い。もちろん一番の美女はエリカじゃが。

 魔王を倒してくれた者には、村の美男もしくは美女を差し出す……これじゃ! というかこれしかない!


 ワシはさっそく村に住む独身の美男美女を集め、さきほどの名案を説明した。

 当然、異論を唱える者もおったが、皆、村のために協力してくれる運びとなった。

 逆らうやつは杖で殴って黙らせればいいんじゃ。

 ワシは村の若いやつらを大きな街へ向かわせた。そこで、冒険者や腕に覚えのある者を募るためじゃ。


 それから数日後――



 ムーラ村には、大勢の冒険者や腕自慢が集まっていた。

 広場に集められた冒険者たちにの前に立ち、ワシは口を開く。


「あー……よく集まってくれた。ワシはこのムーラ村の村長、ソンチョじゃ」


「え?」


 ワシが名乗ると、正面にいた戦士風の若い男が声を上げた。さっさと話を進めたいのに、なんなんじゃ。


「なにかの?」


「村長の……なにさんと?」


「ソンチョじゃ」


「はい、だから村長の……」


「チッ!」


 ワシは盛大に舌打ちして、若い男を睨みつける。


「……あ、大丈夫です、ごめんなさい」


 じゃったら最初から黙っとれ、グズが。

 まったく、ワシが名乗ると皆、同じような反応をしおる。もうこのくだりは飽きたわ。酒場の姉ちゃんになら別じゃがの。おっと、話が逸れたわい。


「すでに聞いておるじゃろうが、魔王を討伐してくれた者には、この村に住む人間と結婚できる権利を進呈しようと思っておる」


「あ、あのー……」


 さっきの若い男が、おそるおそる手を挙げる。


「またお前さんか、今度はなんじゃ」


「相手は誰でもいいんですか?」


「うむ、そやつが独身ならばな」


「では、村長さんの隣にいる人は独身ですか……?」


 ワシの隣……?

 今、ワシの隣にいるのは……


「わ、わたしですか?」


 ワシのぷりちーえんじぇる、孫娘のエリカじゃった。


「かーーーーーーーーーッッッッ!」


 怒気をはらんだワシの叫びが、ビリビリと村の空気を震わせる。


「ひ、ひぃ!?」


 戦士風の若い男は腰を抜かして地面に尻餅をついた。


「戯けたことを抜かすなよ、小僧がぁ! エリカはワシの大事な天使じゃ! 誰にもやらんわぁ!」


 杖を振り上げ、ワシは声を荒げる。


「あんまり舐めたことをほざくと、ぶち転がすぞクソガキがぁっ!」


「ひぃぃぃぃ! ご、ごめんなさい!」


「お、おじいちゃん、落ち着いて! そんなに怒ると血圧が……」


 天使の甘い声が、怒れるワシの心を鎮めていく。


「安心して、おじいちゃん。わたし、ずっとおじいちゃんの側にいるからね」


「……エリカァァァァッッッッ! ワシは世界一幸せなおじいちゃんじゃぁ!」


 感極まったワシは、エリカに縋り付いて泣いた。


「よしよし」


 エリカは天使の微笑みで、優しくワシの背を撫でてくれる。ワシはバブみを感じてオギャりそうじゃった。

 はた、と冒険者たちの視線がこちらへ釘付けなのに気づく。


「貴様ら、なに見とるんじゃ! さっさと魔王退治に行かんかッッッッ!」


 ワシが一喝すると、冒険者たちは三々五々、村を出発していきおった。



 それから数日が経過した。


 魔王城に向かった冒険者や腕自慢は、誰一人として帰って来ておらん。

 うーむ……どいつもこいつも、ボンクラばかりだったんじゃろか?

 正直、そんな予感はしておったんじゃ。美男美女との結婚に釣られてくるようなやつらじゃからな。


「やはりもう、あの手しかないんじゃろうか……」


 ワシは部屋の奥にある錠付きの木箱に目をやりながら、ひとりごちた。

 木箱に近づき、錠に触れたときじゃ。


「おじいちゃん!」


 エリカが慌てた様子で部屋に飛び込んできた。


「どうしたんじゃ?」


「魔王のお城から、冒険者さんが戻ってきたの!」


「なんじゃと! 魔王を討伐しおったのか!」


「ううん、それが……」


 エリカによると、一人の冒険者がボロボロの状態で村に帰ってきたらしい。

 そいつは魔王と戦い、大怪我を負いながらも、命からがら逃げ出してきたそうじゃ。


「冒険者は今、どこにおるんじゃ?」


「薬師さんのところで治療するって」


「そうか……ちょっと様子を見に行くかの」



 ワシは薬師の元を訪ね、逃げてきた冒険者を見舞った。

 大怪我だが、治療すれば助かるそうじゃ。

 さて。ワシが冒険者の様子を見に行ったのは、心配したからではない。魔王がどのようなやつだったかを聞き出すためじゃ。

 幸い意識があった冒険者は、こう証言した。


「魔王は黒髪の……妖艶な美女、でした……」


 え、美女? そこんとこ詳しく、と追及する前に冒険者は気を失ってしもうた。起こそうとしたら、薬師に止められた。ぐぬぅ。


 しょうがなく、ワシは自宅の部屋に戻ってきた。


 魔王は妖艶な美女……か。やはり、ここはもう、あの手を使うしかないじゃろう。

 本当は使いたくないんじゃが、仕方がない。


 使いたくないからこそ、冒険者を募るなどという回りくどいことをしたんじゃが……失敗じゃったし。


 魔王が美女ならば、是非とも会ってみたい……いや、違う違う。

 冒険者たちの犠牲を無駄にしないためにも、ワシが自らの手でケリをつけるとか、なんかそんな感じじゃ。


「……そう、ワシがやらねば誰がやる」


 決然と口にし、ワシは部屋の奥にある木箱の錠を杖で叩き壊す。鍵はどこかに失くしてしまったからじゃ。


「よっこらせ」


 木箱を開き、中にある物を取り出した。

 ワシはそれを、机の上に置く。

 それは、砂時計じゃった。金でできた、竜の装飾が施された、豪華な造りの砂時計じゃ。中の砂は、七色に光っておる。見るからにすごい砂時計じゃ。


「懐かしいの」


 こいつはワシがまだ冒険者だったころ。

 六十年ほど前、当時の仲間だった魔女から貰った魔法道具じゃ。

 ワシはそれを懐にしまうと、エリカに気づかれぬように家を出た。

 そのまま村を発ったワシは、やがて魔王城に辿り着いた。

 門の前に立ち、凶々しい城を見上げる。


「では、行くかのう」


 ワシはそんな雰囲気も気にせず門を抜け、魔王城に足を踏み入れた。

 もう一度、言おう。


「ワシがやらねば誰がやる――」

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