第26話 ~決別~

「おっと、流石に易々と近づかせるつもりはないよ」


 姿勢を低くした俺から踏み込みの気配を察したのか、アルマ銃弾での攻撃が再開される。腐っても強豪校の選手。防がれた攻撃方法を繰り返すような愚策は犯さないようで、ワープホールは俺の攻撃範囲外に生成している。


 着弾のタイミングを読みづらくすることで、集中力を削るつもりか。明らかに長期戦の構えだな。


 それでも回転式拳銃の装弾数は六。リロードの時には必ず隙が生じる……が。


「無駄だよ。カムフラージュのためだけに、貴重なスキル枠を消費するわけないだろう?」


 ちょうど間隙に爆発するよう調整された手榴弾が接近を阻む。そして休む間なく、煙の中から再び銃弾の嵐が襲い来る。計算され尽くした時間差攻撃。その全てを剣で弾くことなく、左右に動いて回避する。


「よく避けるね! けれど無理にでも攻め込まないと、タイムアップでドローになるよ!?」


「見え透いた煽りだな。無理なんてするかよ」


「敗北……いや、引き分け宣言かな? 案外諦めがいいんだね。……ああ、そうか。試合に勝てないのにFB部員になるなんて、拷問以外の何でも――」


「馬鹿だな。その程度の攻撃を掻い潜るのに、無理する必要なんてないって言ってるんだよ――ッ!」


 手榴弾が爆発した瞬間を見計らって、全力を地を蹴りつける。

 それを黙って許すことなく、秀一はアルマで応戦してきた。俺の移動速度も加算され、銃弾はこれまでを上回るスピードで迫りくる。その全てを、漆黒の剣で打ち落とした。


 超感覚シャルムによって限界まで鋭敏になった聴覚を、轟音が貫く。しばらく遠ざかっていた痛覚代わりの違和感が脳を揺さぶった。途切れかかった集中を、奥歯を噛みしめてなんとか維持する。


 気を抜くな。あと数十秒の勝負だ。そう自分に言い聞かせ、アバターを動かし続ける。


「チイッ!」


 爆弾での妨害は間に合わないと判断した秀一は、俺が間合いに入らないよう牽制を続けながら後退する。奴の戦法は徹底した遠距離型。相手に肉迫された瞬間に劣勢へと追いやられてしまう。


 自身の欠点を十分に理解しているからこそ、さっきの時間差攻撃のような戦術を身に付けている。そしておそらく、最悪のケースを想定して敏捷値も最大に設定しているはずだ。


 仮想空間での身体能力は試合前のステータス振り次第。数値が同じであれば、能力に差異は生じない。


 けれど、刻一刻と俺たちの間隔は狭まっていった。


「くっ……、どうして引き離せ――まさか……!」


「だから最初に言ったんだ。お前の戦法は通用しないって」


 最大まで高めてもなお追いつかれるのであれば、残る可能性はただ一つ。


「敏捷値の……限界突破……」


「ご名答。それでも、気付くのが遅かったな」


「――ッ!」


 縦横無尽に振るった超速の刃は、音を置き去りにして瞬く間に相手の体力を削り取る。苦し紛れの反撃すらも繰り出せず、ダメージにより動きに制限を受けた秀一は疾走の慣性によって石畳に倒れ込んだ。転がりながらも何とか身体を反転させて仰向けになった眼前に、俺は剣を突き立てる。


「は、はは……気を付けるよう注意されてはいたけれど、まさかこれ程とはね。本当に、才能って奴は不公平極まりないな。人の努力を軽々と踏みにじる」


「……才能か」


 あまりにも的外れな言葉に、思わず苦笑が漏れる。


「何が可笑しい?」


「お前は知らないんだよ。本当の天才ってのは、俺みたいな凡才とは格が違う。俺は、才能なんて大層なもの持ち合わせてなかった」


 来る日も来る日も、負けて負けて負けて。

 それでも挑み続けて。

 何度も立ち上がって、やっと届いた一撃に可能性を……見出して……


『何度も何度も立ち上がって、負けて負けて負けて、それでもまた立ち上がって』


 数日前に聞いた台詞が、数日間で聞きなれた声で再生される。


『結局、その子が勝つことはありませんでしたけど。でも最後には届いたんです。たった一撃だけでしたけど、確かに』


 ……そういう……ことだったのか。……なにが丸裸も同然です、だ。肝心なことを濁したままにしやがって。


 ふと、視線を観戦席へと向けると見計らったかのように、白雪と目が合った。まるで祈るかのように胸の前で手を組み、今にも泣き出しそうにしながらも、視線だけはまっすぐに俺を捉えていて。


 ……そんなに心配するなよ。約束はちゃんと守る。お前の憧れた存在は間違いじゃなかったって、証明してやるから。


「ハッ! もったいぶらずにその剣を振り下ろしたらどうだ? もっとも、できればの話だけれど!」


「ああ、そうだな。終わりにしよう」


 その言葉は目の前に伏せる対戦相手ではなく、囚われたままの過去へ向けて。

 未来へ進む――そのために。


 頭上に掲げた剣を振り下ろそうとした刹那、時間が停止したかのような感覚に支配される。ここ数日で、幾度となく訪れたシチュエーション。立ち塞がるその姿は、一度たりとも違わずに俺の記憶のままで。


 悲しそうに笑う、三年前の羽美は後悔のカタチ。


 ――あの日、羽美に勝たなければ、彼女はFBを続けられたのだろうか。

 ――あの日、俺がFBを辞めなければ、彼女は悲しまずに済んだのだろうか。

 ――あの日、羽美の背中を見送らなければ――


 そんなどうしようもない仮定ばかりを想像して、どうしようもない現実に打ちひしがれて。これ以上誰も傷つけないために、停滞することを望んだけれど。


 止まったままでは、繰り返すだけだ。


 白雪が、きっかけを与えてくれた。


 羽美が、背中を押してくれた。


 燻ぶっていた火種は、十分に燃え盛っている。


 ……俺は前へ進むよ。を悲しませないためにも。


 だから――ごめんな。


 再びの、そして永遠の決別を宿して。


 俺は過去を断ち切った。

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