第25話 ~最終戦開幕~

 瞬く間に転送は完了し、先の試合の名残はすっかり消え去った、綺麗な石畳の上に降り立つ。勝者としてフィールドに留まっていた秀一は、俺を見るなり心底愉快そうな笑みを浮かべた。


「棄権の報告……って様子じゃないね。もしかして、奏音ちゃんの仇を取りにきたのかな? でもね、さっきの試合は彼女にとっても必要なことだったんだよ。悪いことをした人には、誰かが罰を与えないといけない。今回は僕がその役目を引き受けただけ」


 雑音ノイズには耳を傾けず、手元のダイアログボックスを操作して対戦を申請する。


「聞く耳を持たないか。知っているとは思うけれど、君の欠点も聞いているからね? 対戦相手にトドメを刺せないだなんて、どんなトラウマを抱えているのか興味はあるけれど――」


「御託はいい。黙って受けろよ」


「ハハッ、強気だね。まあいいよ。つまらない勝負にしかならないだろうけれど、君を倒した方が奏音ちゃんも未練なく諦められるだろうしね」


「……ひとつ、忠告しておく。さっきの戦法は俺には通用しない」


「……なんだって?」


 ようやく、不愉快な笑みが崩れた。ピクリと眉を動かして、真意を探るように鋭い視線を向けてくる。


「白雪にハンデをくれたお返しだ。これでも足りないなら、俺の戦術も教えておこうか?」


「いや結構。それに、ネタが割れても対処できるようなスキルじゃないからね。いいブラフだったと褒めておくよ」


「……忠告はしたからな」


 どこまで信じたのかは汲み取れないが、恐らく話半分にも捉えていないだろう。

 もう訊くことは無いとばかりに秀一は対戦申請を承諾し、お互いの姿が視認できなくなった。入れ替わりに半透明のスキルウィンドウが立ち上がる。


 俺はウィルのようなオールラウンダーではない。特化型……しかも、たった一つの戦闘スタイルだけを磨き続けたプレイヤーだ。


 一番手と、二番手以降には埋めようのない差がある。試合のルールが複数存在する大会では圧倒的に不利だけれど、そんなことを考慮する余裕は持ち合わせていなかった。


 余りある才能の差を縮めるためには、そうするしかなかったから。


 それでも、FBを再開してから一度も選択することが出来ずにいた。今まで避けていたのは、俺の心が弱かったからだ。


 ――もし、これでも戦えなかったらと。


 羽美や穹と過ごした研鑽の日々が、楽しかった思い出が、全て無意味になってしまう気がした。待ち受けるのは完全無欠のゲームセット。俺がプレイヤー足り得ない、完璧な証明。


 けれど、今まで超えられなかった一線を躊躇いなく飛び越える。それだけの熱量が、目指すべき場所が、今の俺にはあるから。


 スキル選択とステータス振りを終えると、先に設定を終えていた秀一が視界に現れる。同時に、試合開始までのカウントダウンが始まった。


 秀一はさっきと同じくオーバーサイズのマントを覆い、右手にはこれ見よがしに手榴弾を携えている。俺の言葉をハッタリだと切り捨てたのか、相当な自信の表れか。


 どちらにせよ、俺のするべきことは変わらない。俺はアバター変更モードを起動し、視界を閉じて意識を集中する。峯ヶ崎学園の制服姿から、慣れ親しんだ衣装へと変換するために。


 所詮は外見だけの問題ではあるけれど。白雪がおそらくは剣道部の名残で鎧に身を包んでいるように、集中できるアバターというのは確かに存在する。


 イメージするのは、最強と信じる自身の姿。


 ゆっくりと瞼を開き、自分の格好を確認する。黒を基調にした衣装と腰に差された漆黒の剣。その柄を握りしめて鞘から引き抜き、軽く振るう。


 記憶通りの重さに、ふと笑みが零れた。そりゃそうだよな。忘れるなんてこと、ある筈がない。何千何万と振るった感覚が、消え去るなんて有り得ない。


 刻み込まれた動きを身体は覚えている。後は俺の心の問題だ。


「何がそんなに可笑しいのか知らないけど、性懲りもなく剣とはね。奏音ちゃんの惨敗っぷりを見ていなかったのかな?」


「惨敗……ね。追い詰められてボロを出したくせに、よく言うな」


「……チッ」


 使用している本人が一番分かっている筈だ。手榴弾でカモフラージュする余裕なく、攻撃を繰り出した最後の一撃が決定的だったことを。


「もう一度だけ忠告しておく。最初から全力で来い。そうしないと――」


 一桁に突入したカウントへ――その先にいる秀一へと剣を突き出し、シャルムを発動する。


「――つまらない勝負にしかならないぞ?」


「ハッ! そこまで大口を叩くなら見せてみなよ! 僕が誇る最強戦術の攻略法をさ!」


 試合の開幕を見計らって、すかさず剣を振り下ろす。


 自分自身の攻撃でダメージを負うことはなく、当然ながら俺のHPゲージに変化はない。一見すれば、お互いに様子見をしている段階。


 それでも、攻撃を防がれた秀一は驚きに目を見張っている。


「そんな顔するなよ。言っただろ、お前の戦法は俺には通用しない。服の中に隠したままだと、精々足の甲しか狙えないのは分かっている」


「……なるほどね。奏音ちゃんとの戦闘を見て、右足が攻撃されるとヤマを張ったわけだ。でも、いいのかい? 本気を出すと、君の身体全面が的になる。到底勘で防げるものじゃないよ」


「思ったよりも馬鹿なんだな。お前の戦法は通用しないって言ってんだよ」


「ハッ! 威勢だけは一人前だね! 試合に勝てないプレイヤー未満の癖にさぁ! 後悔しても知らないよ!?」


 ようやく形を露にした鈍色のアルマ。真っ直ぐに俺へと向けられているそれは、装弾数六発の回転式拳銃リボルバー。片手で使用できる銃の中では、高火力を誇るアルマだ。


 手榴弾での爆発は、つまるところ銃声の隠れ蓑でしかなく。奴の戦術の根幹は、あの拳銃と使用難易度の高いシャルム。


「さあ、防げるならやってみなよ!」


 ご丁寧に宣言してから、人差し指で引き金を絞る。刹那、銃声が届くより前、銃口の先に円形の小さな黒点が出現した。それを視認するよりも早く、片手剣を振り上げる。


 音もなく空を切った剣を、続けざまに振り下ろす。今度は手応えと共に甲高い金属音が鳴り響いた。


 ……このシャルムも久しぶりだと音がキツイな。なるべく銃弾は弾かずに回避するべきか。


 そんな事を考えながら次弾に備えて剣を構え直すも、攻撃される気配がない。意識をさらに奥へ向けると銃を震わせ、まるで亡霊を目の当たりにしたかのような表情を浮かべる秀一の姿が目に入った。


「……あ、有り得ない。タイミングも、指定した座標も、完璧だった筈だ!」


「騒ぐなよ、頭に響く。……確かに、お前のスキル――瞬間移動テレポーションの練度には素直に感心するよ。発動速度と出現箇所を設定する能力は相当だ」


「言われなくとも知っているさ! この技術を習得するために、どれだけの時間を費やしたと思っている!? そうさ、こんな簡単に破られる戦術じゃない!」


 派手な爆発で視覚と聴覚を逸らし、弾丸を回避不可能なアバターギリギリへ瞬間移動させる。これが不可視で回避不可能な攻撃の正体。ただ、この戦法は言うほど簡単じゃない。


 瞬間移動テレポーションは強力であるがゆえに制約も多く、制御も困難なスキルだ。転送先は視覚で指定する必要があり、距離感を正確に掴む必要がある。加えて、出現したワープホールは物体と接触すると、いとも簡単に無効化されてしまう。


 ゆえに、相手に気付かせず、かつアバターに触れない座標を攻撃直前に指定する技術が必須となる。一朝一夕で身に付く技ではなかった。それでも――


「ヌル過ぎるんだよ。座標指定も、発動タイミングも」


「く……そがぁ!」


 残る四発の弾丸を立て続けに射出する。感情の高ぶりとは裏腹に、正確に制御されたシャルムによって額、胸、右手、左足の間近にワープホールが生成された。


 ――いや、正確には『生成される予感』がした。


 僅かな気流の乱れ。網膜に投影される微小の異物。常人では感知できないあらゆる変化を、研ぎ澄まされた超感覚シャルムは捉え尽くす。


 そして、銃弾が転送されるより早くその全てを薙ぎ払い、身を翻して一直線に飛んでくる四つの弾丸を回避した。そのままの勢いで一気に詰め寄り、秀一の背後から首筋に剣を突き立てる。


「まだ納得できないか? お前の手札で俺には勝てないって」


「……クク、なるほどね。そういうことか。僕としたことが、すっかり呑まれるところだったよ」


 ごとり、と。質量のある物体が床に落ちる音がした。確認よりも先にその場から離脱する。


 十数メートル駆けてから振り返った瞬間、轟く炸裂音と立ち上がる爆煙。視覚はともかく、限界まで鋭敏になった聴覚に爆音はかなりクる。かといって、シャルムを解除するわけにはいかない。


 その証拠とばかりに、間髪入れず煙をブラインドにして弾丸が放たれる。もちろんワープホールのおまけ付きで。それでも、捌けないことはなく。


 一ドットたりともHPゲージを変化させることなく、全攻撃を回避した。そのまま動かないでいると、薄くなった煙の中から秀一が現れる。試合前と同じ、嫌味っぽい笑顔を張り付けて。


「やっぱりね。攻め入る隙はいくらでもあったのに、君は攻撃する気配がない。……つまり、僕にリタイアして欲しいんだろ? 真っ当な方法じゃ勝てないから、心を折ろうって魂胆だ」


「……だとしたら、どうだって言うんだ」


「別にどうもしないさ。僕としては引き分け上等。君たちに課せられた条件は『試合での勝利』なんだろ? 奏音ちゃんへのダメージが少ないのは不満が残るけど、部活を潰せるなら文句はないよ」


「……そうかよ」


 剣を握る手に力がこもる。

 本当は、少なからず葛藤があった。不必要に白雪を傷つけた事実を許すつもりはないけれど……それでも、秀一が本心から妹のことを想っての行動だったならと。


 ただ切り伏せる以外の終着点があるんじゃないかって、見当違いな考えを抱いていた。……そう、見当違いだ。さっきの言葉で確信した。奴は妹を大義名分に掲げ、白雪を潰したかっただけ。


 ――ならば、もう終わらせよう。

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