第20話 ~対峙~

「あ、やっと来た。もう、家から一番近い不知火くんがどうして最後なんですか!」


 部室に足を踏み入れた途端、怒り――いや、焦りだろうか、落ち着きのない声色で攻め立てられた。発信源は言わずもがな、我らが部の紅一点。


「ちゃんと集合時間には間に合ってるだろ。文句を言われる筋合いはない」


「そうなんですど! なんかこう、あるじゃないですか! 緊張して早く来ちゃうとか、そんな可愛げを見せてくれても良くないです? ちなみにわたしは一時間前から来てますけどね!」


「それは暗に可愛いという言葉を強要しているのか?」


「さすが不知火くん。理解が早くて助かります。さあ、どうぞ!」


「いや、普通に落ち着きが無さすぎるだろ」


「くぅ……正論過ぎて反論できない……ッ!」


 無念と言わんばかりにこたつ机を右手で叩きつける。思ったより痛かったようで、目尻に涙を浮かべながらうずくまってしまった。馬鹿だ。


「ふっ、準備は万端のようだね。君たちと友諠を結んだ僕の目に狂いはなかったようだ!」


「お前は相変わらずだな、ウィル」


「そう見えるかい? これでも気持ちは昂っているよ。おかげで身だしなみのチェックに二時間もかかってしまったからね」


 さらりとウェーブのかかった金髪をなびかせながら、ウィル風に表現すれば優雅に言ってのける。この上なく、いつもと何ら変わりがない。


 時刻は十三時五十分。連絡役の陽姉によると、十四時に指定された仮想空間で待ち合わせとのことなのだが。


「暁先生はまだ来ていないのか? 集合場所を知っているのは先生だけだろ?」


「あ、少し前に来ましたよ。けど忙しいみたいで、仮想空間でのアドレスだけ書き残して出て行っちゃいました。用事を片付けたら現実こっちのモニターで観戦するらしいです」


 白雪は立ち上がり、俺のもとへと寄ってきて紙を手渡してくる。差し出された紙に記されていた、規則性のない英数字の羅列をリアテンドの機能でスクショした。視界に映る光景をそのまま画像として保存できるのは非常に便利である。


 それにしても、陽姉は常に忙しそうにしているな。まあ、FBに関してはずぶずぶの素人なので、彼女の存在で試合結果が左右されることはないだろうけれど。


「それならもうダイブするか。集合時間も近いことだし」


「ですね! ……一番最後に来た不知火くんに言われるのは釈然としませんけど」


「不満そうな顔をするなよ。君が仕切り直していいから」


「ちょっと、止めてください! あたかも、わたしが仕切りたがりの目立ちたがりみたいな言い草は風評被害も甚だしいです! ご指名とあらば、まあ、やぶさかではありませんけど!」


 厳重にこれでもかと予防線を張り巡らせてから、声高らかに宣誓する。


「泣いても笑っても、今日ですべてが決まります! 強豪校みたいですが、むじろ相手にとって不足なし! 悔いの残らないよう、皆で頑張りましょう! えい、えい、おー!」


「…………」


 いやもう、ちょっと引くくらいにノリノリだった。文面も事前に考えていたに違いない。


「不知火くん、その冷ややかな目は止めませんか? 結構心に来てますからね?」


「そうか……悪い」


「素直に謝られるのも、それはそれで複雑な気分なんですが……」


「……めんどくさ」


「聞こえてますからね!? わたし耳は良い方なんですから!」


「夫婦漫才……いや、王姫漫才かな? 興じるのは結構だけど、時間は良いのかい? 遅刻は美しさの欠片もなく、醜さの塊――すなわち敗北と同義だよ」


 表現は理解不能だが、意味は伝わる独特の言い回しでウィルが言った通り、あまりぐだぐだしていると集合時間を過ぎてしまう。


 白雪も思う所は同じだったようで。


「じゃ、行きましょうか!」


「ふっ、僕の美しさで皆を虜にしてみせるよ」


 そう言いながら没入装置へと潜り込む二人に倣って、俺もカプセルへ身体を横たえてFBを起動した。


 ◇ ◇ ◇


 起動後にアバターが生成された待機空間で、陽姉が書き残したアドレスを入力する。戦闘空間へ転移する時と同じく世界が歪み、瞬く間に視界が切り替わった。


 転移先は日常的に使用している生活感満載の待機空間とは異なり、何もない場所だった。


 床、壁、天井――全てが白色で統一された簡易空間。プレイヤーが自由に作成可能で、二十四時間だけ保持されるルームだ。


 リアテンドや没入装置にリンクしている待機空間は、いわゆるプライベートルーム。気心の知れた友人ならいざ知らず、今回のような試合の待ち合わせ場所には適していない。


 その際に利用されるのがこの『簡易空間』である。一応はインテリアの設定も可能なのだけれど、すぐに消失することもありデフォルトのまま使用する場合がほとんどだ。


 そんな白一色の空間には峯ヶ崎学園ものとは異なる、けれどもお揃いの制服に身を包んだ牙城高校の生徒らしき男子が三人、俺たちと対峙するように待ち構えていた。


 そのうちの一人、まるで左右の男子を従えるかのごとく中央に佇むシルエットには見覚えがあった。


 数日前にショッピングモールからの帰り道で遭遇した、確か名前は……


「やあ、奏音ちゃん。また会ったね」


「……秀一……くん? ……どうして?」


 俺たちに歩み寄りながら、朗らかに話しかけてきた男子――秀一を目にして、あからさまに動揺する白雪。


「あれ、知らな――いか。奏音ちゃんがよく遊びに来ていた頃はやってなかったからね。高校に入ってから、友達に誘われて始めたんだ。今日はよろしくね」


 爽やかな笑みを浮かべたまま、右手を差し出して握手を求める。

 ……大丈夫だろうか。この前、萎縮していた白雪の姿が脳裏をよぎる。同じような状況になるようなら、間に入って止めるべきか。


 そんな風に考えていたが、結局は杞憂だったようで。


 白雪は両手を左右に広げて、大きく深呼吸。それから、差し出された手をしっかりと握り返して、


「はい! よろしくお願いします!」


 毅然とした態度で応えた。逆に秀一は些か不意を打たれたように目を見張っていたが、すぐに平静を取り戻して後方に立ち尽くす男子を指差す。


「そうそう、僕は二年生だけれど、あとの二人は君たちと同じ一年生だから。ま、あんまり気張らずに、気楽に楽しもうね」


 そう言い残して、秀一は自陣へと戻っていった。終始、人当たりの良い笑顔を崩すことはなかったけれど。

 

 先日、俺だけが目撃した無表情がどうしても気にかかる。それに悪評名高い牙城高校が、気楽に楽しむ? 到底、素直に受け入れられる訳がない。


 ……二人にも言うべきだろうか。


 いや、思い違いの可能性もある。無駄に不安を煽って、実力が十全に発揮されないようでは本末転倒だ。


 それにウィルはもとより、白雪もさっきの様子を見るに妙な気負いはないみたいだし。


「どうかしましたか? まさか、まだ秀一くん元カレ説を疑ってるんです? もう、見かけによらず嫉妬深いんですから~!」


「……安心したよ」


「ふぇ? 元カレじゃなくてですか?」


「それだけ軽口が叩けるなら、ちゃんと戦えそうだな」


「あ……」


 白雪が秀一に後ろめたい感情を抱いていることを俺は知っている。だからこそ、本気で心配していたと察したのだろう、白雪はさっきまでと打って変わって、真剣な表情で力強く布告する。


「心配無用です。わたしは絶対に乗り越えて見せますから」


 ――決意を。


「さて、どっちから出ます?」


 自分の意思表示は終わったと。俺にはちゃんと伝わったと。

 言外にそう言って、白雪は思考を試合へと切り替えた。


 彼女の問いは、ウィルへと向けたもの。事前の打ち合わせで、俺以外の二人が負けた時点で降参する算段となっている。これは白雪の提案だった。


 前日までに俺が一度でもオンライン対戦で勝つことができていれば、試合に参加するよう申請するつもりだったけれど、その事実が用意できなかった以上、彼女は断固として受け入れないだろう。


 俺を思ってのことなのは重々承知しているので、こればかりは強く出られない。自分の経験があるとはいえ、本当に、呆れるくらい優しい。


 優しくて、臆病で。


「ふっ、先陣の狼煙は僕に上げさせてもらおう」


 ウィルはキザに言いながら、一歩前へ踏み出す。牙城高校も初戦のプレイヤーは決まっているようで、一年生の片割れが歩み寄ってきた。


 誰が決めたのかは知らないが、今回のルールは勝ち抜き戦。おそらく、二年生の秀一が最後に帳尻を合わせる算段なのだろう。


「……ウィルくん、勝てますかね」


「相手も一年生とはいえ名門校だからな。相当な実力者の可能性も捨てきれない」


「そう……ですよね」


「ただ、ウィルは俺たちにも全力を出したことが無い。それに、いつも『勝利こそが美しい』なんて素で言う奴だぞ? きっと勝つさ」


「……うん!」


 ここ数日の練習で、ウィルが俺たちに底を見せることはなかった。情報が漏れることを警戒しているのか、はたまた別の理由があるのかは知る由もないが。


 別に本気を出さなくてもいいが、それで負けたりしないでくれよ――そんな風に、自分でも驚くほど自然と願っていた。


 白雪のためにも、負けて欲しくないと。


「あ、戦闘空間に移動したみたいですね。わたしたちって、自動で観戦モードになるんですか?」


「そのはずだ……っと、始まったな」


 話している間に、転送特有の感覚が身体に走る。

 そして転移が開始し空間が歪む、その最中。


 視界の端で秀一が不穏な笑みを浮かべた――そんな気がした。

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