旅立ちの日
「はぁ……」
昨日の事件はその日のうちに学院内だけではなく王都中に知れ渡っていた。
分かってはいた事だが、それを今朝の新聞を読む事で事実として認識してしまう事になった。
ご丁寧に『強く優しき第三皇女!またまた大活躍!!時期国王への期待も高まる』などと、自分の事を国王にしたくない輩を煽るような見出しに頭痛がした。
近頃は、このまま皇女のとして生きていくことに疑問すら抱くようになっていた。王位を継ぐ意思はおろか、皇女の肩書を捨てたいとまで考えた。
相対的に外の世界へ自由を求める感情が生まれつつあったのだ。
転生者として覚醒する前ならば話も別だが、今や価値観の半分は、地球という惑星の日本という国に住んでいたОL桐ヶ谷佳奈なのだ。国を憂う気持ちが無いわけでは無いが、国民と同じほどに自分の事も大事だった。いくら身体は暗殺に耐えられようとも心の方は耐えられないのだ。
もはや、心の強い人間になるという意志は、夏の暑さに溶けゆく氷菓子のようだった。
理由は、それだけでは無い。回を重ねるごとに暗殺の手段は過激に場所を選ばなくなってきているのだ。相手もそれだけ焦ってきているということだが。
これから更に自分の大切な人たちにまで、その火の粉が降りかかる機会が増していくと思うと、底知れぬ恐怖で悪寒がする。
不意に、ほとんど治りかけの昨日刺された背中の傷をさすった。
王位継承権など破棄したかったが、何故かこの国では成人する十七までは王位継承の破棄を認められていない。
『思いきって家出でもしみたら?』
そんな考えが頭の中に浮かんだ。
前世で学生時代に母親と喧嘩して友達の所にプチ家出をしたことを思い出して自虐気味に笑った。
いや待てよ、案外それも悪くないかもしれない――。
気付けば、頭の中ではその思い付きを
謹啓 初夏の候、エルダーランド王国の万物殷冨を心より願いながらここに一筆書き記します。私事ではございますが、再三の暗殺未遂にて私は、自分自身だけではなく自分の愛する者たちにまで命を失いかねない危険が及ぶことに、兼ねてから心を痛めておりました。そこで断腸の思いではありますが王位継承権を破棄することを決断いたしました。しかしながら、偉大なるこのエルダーランドの法においては成人するまで継承権の破棄は認められておりません。であるならば、これ以上無用な血を流さず、断固たる意志を示すためにもしばらくの間お暇を頂きたく存じます。有り体に言えば、家出でございます。栄光高き秩序の番人であるギリアム・ベル・エイルローレン・エルダーランド国王、そして大海の如き愛情で私を育ててくださったお母様。これまでのご恩に報えない親不孝者をどうかお許し下さい。また、我が可愛き義妹のオルゼリア、使用人諸君、その他各方面の方々、それと……、自称我が騎士であるロミオン卿。誰にも何の相談もせずに黙って出て行ってごめんなさい。どうか私を探さないで下さい。私は新天地で新たな生活を始めます。では皆さま夏風邪に気をつけながらこれからもご自愛くださいまし。 かしこ
エルダーランド王国 第三皇女
ヴァルロゼッタ・ベル・ロザリオ
その後、第三皇女の失踪事件で緊張状態にあったエルダーランド王国では、私の自室で、直筆と思われる置き手紙が発見されるのであった。
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