能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか？

第11話 夜天の装備

　なんで？なんで？

　アレクサンドラの意図（いと）が理解できず、私は困惑（こんわく）した。

「それについては明日、お話します。」

　そう言うが早いか、アレクサンドラは玄関（げんかん）から出て行ってしまった。

　もっと詳（くわ）しい話をアレクサンドラから聴（き）きたかったが、出勤前（しゅっきんまえ）なので無理に引き止めるわけにもいかない。

　悶々（もんもん）としながら朝を迎（むか）えた私は、急ぎ足でアレクサンドラの部屋へと向かった。

　あれから色々と考えてみた。しかし服を着るのがお勧（すす）めできないという理由については、私は何故（なぜ）なのか、さっぱり分からないままだった。

「ユメ、ごめんね。」

　部屋に入るなり、アレクサンドラは話を切り出した。

「あの…昨日のお話はいったい…」

「それなんだけど、私も言葉足らずで悪かったわ。順序（じゅんじょ）立（だ）てて説明するわね。」

　アレクサンドラの説明を要約（ようやく）すると、こうだ。

　まず、私は魔力値（まりょくち）が非常に高い。(というか最大（カンスト）なのだけれど)

　この大きな力を持っていることが知れ渡ったら、色々な人が色々な思惑（おもわく）で私を利用しようとしてくる可能性がある。

　じゃあ秘密（ひみつ）にして暮らせば良いかというとそうでもなくて、魔法使いや魔女の中には、索敵（さくてき）に特化（とっか）した人もいるので、そういう人達が私を魔法で調べると能力値（のうりょくち）がバレてしまう。

　だから、衣服は魔力値（まりょくち）を隠（いん）ぺいするような付与（ふよ）がなされたものを身につけたほうがいい。

　…なるほど、能力値（のうりょくち）最大（カンスト）というのは本当に何かと厄介（やっかい）だ。

「もちろん、ユメが国の宮廷（きゅうてい）魔女になりたい…とか、近づく人間はバッタバッタとなぎ倒（たお）すから関係ない…とかいう考えなら、そのままでもいいのだけれど？」

　そう言って、アレクサンドラが意地（いじ）悪く笑う。

「先生酷（ひど）いです！私は、ただのんびり生きていけたら、それ以上は望（のぞ）まないですよ！」

「ごめん、ごめん。まぁユメがその気になれば国を乗っ取ることも、魔王（まおう）として生きていくことも不可能じゃないの。それくらい危険視（きけんし）される可能性（かのうせい）がある、ということは覚えておいてね。」

「はい…。」

　そんな野心（やしん）なんて私にはこれっぽっちもない。

　王宮（おうきゅう）に仕（つか）えるのだって願（ねが）い下（さ）げだ。もう、社畜生活（しゃちくせいかつ）には疲（つか）れたもん…。

「でも、そんな魔力値（まりょくち）が隠蔽（いんぺい）できるような服があるのですか？」

「ふふっ。それでは、そんなユメに私からプレゼントがあります。」

　え⁉唐突（とうとつ）な言葉に私はとても驚（おどろ）いた。

「本当は、もっと早めに渡そうと思ってたんだけどね。倉庫（そうこ）の奥に保管していたから探し出すのに手間取っちゃって…」

　アレクサンドラはそう言うと、部屋の奥から帽子（ぼうし）とマントと服を取り出してきた。

　帽子（ぼうし）はいわゆる魔女がかぶるようなとんがり帽子（ぼうし）で、つばがとても広い。全体が紺色（こんいろ）で、帽子（ぼうし）の先はくしゃくしゃと折れ曲がっている。ポイントとして白い十字のような模様（もよう）があしらわれ、それらを縁（ふち）取（ど）るように金の刺繍（ししゅう）が施（ほどこ）されていた。白い十字のところには紅玉（こうぎょく）が埋（う）め込まれていて、つばからも金の鎖（くさり）で紅玉（こうぎょく）が吊（つ）るされている。

　マントも帽子（ぼうし）と同じような紺色（こんいろ）で、羽のような飾（かざ）りが彫（ほ）られた金色の楕円形（だえんけい）の留（と）め具には、長細（ながぼそ）い紅玉（こうぎょく）が埋（う）め込（こ）まれていた。

　服は空色のノースリーブ・ワンピース。薄手（うすで）なので、体型がはっきり分かりそうなのに加えて、サイドスリットがチャイナドレスのように深いので、足がチラ見えする、なんとも艶（なま）めかしいデザイン。縁（ふち）には帽子（ぼうし）と同じように金の刺繍（ししゅう）が施（ほどこ）されていた。

　どれも共通の特徴（とくちょう）があり、それは裏地（うらじ）が濃（こ）ゆい藍色（あいいろ）に光の点が散らばっており、さしずめ闇夜（やみよ）に星空が浮かぶようなデザインというものだ。目を近づけてよく見ると、星の一つ一つが淡（あわ）く光っている。一体全体（いったいぜんたい）どういう技術（ぎじゅつ）で作られたものなのだろう…。

　どれもこの世のものとは思えないほど綺麗（きれい）で、そして間違いなく高級品だと思われた。

「先生、これって…」

「これが『夜天（やてん）の帽子（ぼうし）』で、こっちが『夜天（やてん）のマント』、そしてこれが『夜天（やてん）の服』って言うの。鑑定（かんてい）の魔道具（まどうぐ）で調べてみたところ、この３つを全て装備（そうび）している者には、能力値（のうりょくち）が分からなくなる『索敵阻害（さくてきそがい）』の効果（こうか）が付与（ふよ）されるのよ。」

「えっと、つまりこれを身に着けている間、私の能力値（のうりょくち）は…」

「ええ。誰にも分からないわ。」

　凄（すご）い。

　今の私にうってつけの装備（そうび）だ。

　ちなみに、夜天（やてん）という名を付けたのはアレクサンドラなのだそうだ。

　裏地（うらじ）が星空のように見えること、前世で「闇（やみ）にカラス（闇（やみ）の中にカラスがいても、同じ黒色でどこにいるかわからない）」という言葉があるように、この異世界では「夜天（やてん）にクィーア」という言葉があって、隠蔽（いんぺい）効果が付与（ふよ）されるのにかけたらしい。

「でも、１セットだけだったら、その…お洗濯（せんたく）している間は他の服が必要になるのではないですか？」

　もしかしたら汚（よご）れたり破（やぶ）れて補修（ほしゅう）したりしないといけないかもしれない。

「大丈夫（だいじょうぶ）よ。どれも絶（た）えず汚（よご）れを落とす衣服洗浄（ウェッシャー）の効果（こうか）と自己再生（スピーレン）の効果（こうか）、そして温度を遮断（しゃだん）する効果（こうか）が付与（ふよ）されているから。シワもできないし、水に濡（ぬ）れることも火で燃（も）えることもないの。なんだったらお風呂に入る時だって身に着けていられるし。あ、でもね着ている者も同じ効果（こうか）が得られるから、ユメはそれを着ている間はお風呂に入らなくてもずっと清潔（せいけつ）なままよ？」

　聴（き）けば聴（き）くほどとんでもない効果が付与されている。

　つまり、私はこの先一生この帽子とマントと服のセットを身に着けていれば、お風呂に入る必要もないということになる。

　お洒落（しゃれ）にはそこまで興味（きょうみ）がないし、服をあれこれ選（えら）ばなくてよいというのも魅力的（みりょくてき）だけれど、さすがに毎日同じ服では飽（あ）きが来ないか心配（しんぱい）だ。それに、お風呂でのんびり寛（くつろ）ぐ時間は欲しいところ。

　そんな私を見透（みす）かしてか、

「まぁ、能力値（のうりょくち）まで測定（そくてい）できる索敵（さくてき）魔法はレベル10の高等魔法だから、ちょっとくらい普通の服を着ても見つからない…とは思うわよ？」

　とアレクサンドラからフォローされた。

　今の私が必要としている３点セット。でもそれだけに

「先生、私この服は受け取れません…」

　と、私はアレクサンドラの申し出を断（ことわ）った。

「どうして!?ユメ。」

「この帽子（ぼうし）もマントも服も、どれも素敵（すてき）です。付与（ふよ）されている効果（こうか）も私が必要としているものですし…先生のお心遣（こころづか）い、本当に嬉（うれ）しいです。」

「だったら…」

「だから、です。こんなに凄（すご）い服に帽子にマント…私、頂（いただ）けません！きっともの凄（すご）く高級品のはずです！見合うだけのお金を私は持っていません！そしてこれだけの物を頂（いただ）けるようなことを、私は先生にしていません！」

　私は涙声（なみだごえ）になりながらアレクサンドラに訴（うった）えた。

　そんな私にアレクサンドラは優しく微笑（ほほえ）む。

「ユメ、あなたは私の弟子。弟子が何かよろしくないことに巻き込まれる危険性（きけんせい）があるのなら、それを全力で排除（はいじょ）するのは師（し）の役目だし、逆に何もしないのであればそれは師（し）として最大の恥（はじ）だわ。だから、お金はいらない。あなたの感謝（かんしゃ）という気持ちを代価（だいか）に頂（いただ）いたもの。それで十分おつりがくるくらいよ。」

　アレクサンドラは子供を諭（さと）すかのように私の頭をぽんぽんと撫（な）でてくる。

「というのは建前（たてまえ）。」

「へ？」

　アレクサンドラが大仰（おおぎょう）に両手を広げる。

「本音（ほんね）はねぇ…。この装備（そうび）一式、５年前にダンジョンで見つけたのよね。で、調べてみると常に清潔（せいけつ）でいられるって分かって、なんて医者向きなの！って思ったの。でも…どうもある程度高い魔力値（まりょくち）を持っていないと身に着けられないらしくて…。私じゃ装備できなくて持て余してたのよ！かといって捨てるわけにもいかないし。そんな制限（せいげん）があるのなら、売るに売れないし。倉庫のお荷物、厄介（やっかい）払（ばら）いができて清々（せいせい）した気分よ？」

　ぷっ

　その言い方が面白くて、私は思わず笑ってしまった。

　きっとこの建前（たてまえ）と本音（ほんね）は逆だろう。アレクサンドラなりの照（て）れ隠（かく）し…と言ったところだろうか。

　私はその優しさがとても心に染（し）みた。

「ありがとうございます、先生。さっそく着てみますね！」

　その日から私は、アレクサンドラの病院の手伝いもするようになった。

　いわゆる、実地（じっち）研修（けんしゅう）だ。

　私が医者として一人立ちできるようにとの配慮（はいりょ）なのだろう。

　アレクサンドラの優しさを噛（か）み締（し）める。

　そして医療（いりょう）魔法の指導（しどう）と実技（じつぎ）が終わりに近づいたある日、私はアレクサンドラにここ数日抱（いだ）いていた疑問を投げかけた。

「先生、この索敵（さくてき）阻害（そがい）が付与（ふよ）された夜天（やてん）の装備を身に着けていれば、この屋敷（やしき）に居（い）続けても先生の仰（おっしゃ）られた問題が発生するとは考えにくいんですが…」

――これ、何か理由があるんですよね？