第12話 殺人兵器を作ったノーベルのこと。Om Nobel som tillverkade mordvapen.

僕が家にウキウキ気分で帰ってくると、なんと家の中が真っ暗。アキの節電キャンペーンがまた始まったか、と思ってたらどうやら違ってた。

アキはソファの上で膝を立てて肩を震わせていた。どの部屋の明かりもつけず、10月の夜の真っ暗闇の中で。

僕はかなり動揺したけど、放っておくわけにも行かないし心配で恐る恐る声をかけてみた。そしたらアキは急に泣き出して、僕に飛びついてきたんだ。


SFIで何かあったのだとすぐわかったけど、とにかく泣いているアキを鎮めるのに苦労した。(訳者注:SFIは移民の為の瑞語学校。アキさんは既に卒業したはずで打ち間違え?そのまま翻訳しました)アキは一度泣き始めるとなかなか止まらないんだよ。

僕のシャツで涙と鼻水を十分に拭いた後、ようやく話してくれたことは、アルフレッド・ノーベルのことだった。


毎年行われる、ノーベル賞の授賞式とノーベルディナーはスウェーデンの12月における大きなイベントだ。10月にもなれば、医学生理学賞、物理学賞、化学賞、文学賞、平和賞と立て続けに受賞者発表が毎日のようにニュースで流れる。きっと、出かけ先でもトピックとして扱われたのだろう。


〝ノーベル賞についてのグループトークの時、スペイン人の女子が、ノーベルは殺人武器を作ったから大嫌い、って言ったんだよ〟


僕はアキをソファに座らせて、頭を撫でながらじっと話を聞いていた。最初は驚いていた周りの友達もそのうち同調する雰囲気になって、とても自分の拙いスウェーデン語では、うまく反論できなくて悔しかったらしい。


そっか。

 

僕は思わずため息をついてしまった。スペインではあまりノーベルについて色んな角度から学ぶ機会がなかったんだね。遠い国だものね。僕はアキをなんとか誘導してキッチンに入ってアキをダイニングテーブルに座らせた。


アルフレッド・ノーベルはダイナマイトを発明した人でノーベル賞を作った人であると知っている人は多い。しかし、ノーベルがなぜノーベル賞を作ったか、その理由まで知っている他国の人は意外に少ない。


…ふむ。冷蔵庫にはトマト、レタス他、いくつか野菜が残ってる。これでサラダを作ろう。ドレッシングはいつものバルサミコ酢で。アキの大好きな小粒のケッパーも入れて。


ノーベルは、かつては死の商人と言われた。殺人兵器となりうるダイナマイト製造になぜ傾倒したのか。決して人を殺す兵器を作りたかった訳じゃないと思うけど、ダイナマイトを戦争に利用するのも彼は反対してなかった。

〝二つの軍隊が一秒で互いに相手を抹殺できるようになったら、全ての国は恐怖に慄き軍隊を解散するだろう〟と、彼が言ったという裏付けもある。でもこれは、自分の人生をかけた仕事をどうにか正当化したかった言い訳と僕は想像するね。後ろめたさは、時に人を饒舌にする。


でもダイナマイトの発明は、それ以上にスウェーデンが硬い岩盤でできている国だってことも大事なポイントなんだ。大変な労力が必要とされる国内の開発工事にとって、硬い硬い岩盤を一瞬で打ち砕くダイナマイトは画期的で有意義な発明だった。

ノーベルの本音は誰にもわからない。だけど、今でも家の近くで工事がある時に、必ずセットで聞こえてくるのは、発破前の警告音、発破音と衝撃、終わりの合図。この発破音が聞こえる限り、ダイナマイトは今でもスウェーデンの発展に貢献してるってことの証明になるんじゃないかな。


…さて、大きめの鍋でお湯を沸かし、天然塩で細めのスパゲティを茹でる。塩は味を決める大事な素材だから、ケチらず良い塩を使うのが僕の信条だ。アキは頬杖をついてただただ僕をみてる。少し落ち着いたかな。


ノーベルの兄がフランスで亡くなった時、新聞が本人と間違えて〝短期間で大勢の人間を殺せる武器を発明し、巨万の富を築いた人物が亡くなった〟という記事を掲載した。それを読んだノーベルは、自分の死後の評判と遺産の行方を気にするようになったという。彼は独身だったしね。


…さらに、味の決め手のソース。ガーリックをオリーブオイルでクリスピーに揚げて香りを移し、唐辛子をさらに炒める。小さく切ったドライトマトと茹でた芽キャベツはサラダじゃなくて、こっちに入れようかな。


ノーベルは遺言状にノーベル賞設立のために資産を遺贈すると書いた。平和と科学の発展を願った彼の思いは、今でもしっかりと受け継がれている。最近は日本人のノーベル賞受賞者も増えてきたよね。


人間は過去にどんな過ちを犯していても、後からいくらでも反省し、償える機会はある。将来そのスペイン人の女の子も、彼の賞設立への思いやノーベル賞そのものの素晴らしい功績を知るようになって、今日の発言を思い直す日が来るといいね。


僕がここまで話すと、アキはようやく笑ってくれた。ありがとう、アキ。君はノーベルのために泣いてくれたんだね。


アキは出来立てのペペロンチーノ・芽キャベツ入りを一口。泣き腫れた顔で、美味しいって呟く。僕はようやく安心した。人間はお腹が空くと、ネガティブな思考にハマってしまうんだよ。今日はデザートもあるよ。パウンドケーキの生地を今オーブンに入れたから、後で生クリームとキャラメルソースで食べようね。

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