第3話腹の中を伺う

「夜影、化け物の話聞かせろ。」

「何処の化け物のお話かな?」

「お前で何代目だ。」

 気味の悪い話だ。

 途端、夜影からの返答は途絶えた。

 話す気にもなれないような内容にも思えない。

 それから大きな間を開けてやっと声が返ってきた。

「…数えてないさ。だけど、嫌いだね。こんな話。」

 吐き捨てるような声だ。

 武雷から北重へ、同盟を繋ぎ止める糸にされる割りにはまだ舌打ちをしていない。

 ただ単に素直な気持ちで吐いた言葉だろう。

「悪かったな。嫌だったか。」

「確かにこの体はとは違う。それが何か?」

「…好奇心だ。」

 それ以上の会話は絶えた。

 あまり深く手を入れ込もうとすると殺されかねない。

 伝説の忍は守ることに手段を選ばない。

 微風が草を揺らすのを眺めながら特にこれというものもなかった。

「小僧とお前は似てる。だが、小僧は伝説にはならんな。」

「それはどうかな。あれが優秀で従順だったなら…うんにゃ、有り得ないか。」

 狐のように笑う声が聞こえた。

 己の伝説には遠いと感じたのだろう。

 それでいい。

 これで伝説がもう一匹増えたら笑えない。

 伝説二人が揃う中に三人目は要らない。

 そういえば、伝説が足並みを揃えようというのは聞かないな。

「…伝説同士、馬は合わないのか?」

「そういうんじゃないさ。その問題はこちとらにゃ関係ないね。」

 夜影が避けているわけではないのか。

 伝説の忍が味方同士にはならないというのは。

「…こちとらを殺す為だけに育てられた伝説さんにゃ、そうする他ないのさね。」

 少しも残念そうではない。

 実力は互角、いや夜影の方が上か。

 それで小僧が伝説になったとしても夜影が日ノ本一であることにはかわりないだろう。

「あれが伝説になったのは、お前がからだろう?本気を出していれば伝説にはならなかった。違うか?」

 振り返って首を傾げてやれば片手で口を覆って肩を揺らしているのが見えた。

 何がそんなに面白い?

「あれは遅かれ伝説になる忍だよ。あれもまた、何代目だろうね?」

 嗚呼、そうか。

 近寄って黒い髪に手を乗せる。

 嫌がるでもないその頭を撫でてやった。

 下手な奴め。

「お前は良い忍だな。」

 返答は無かったが、笑う声もなかった。

 強さと永遠の存在、その代償は大きいらしい。

 揺れる草から赤い実が転がり落ちた。

 それを鳥がつついて何処へ持っていく。

「殺したくなかったんだろ。」

「…あれを殺したら、もう二度はない。不便よなぁ。」

 顔を伏せて寄り掛かってきた。

 相当の事情をたった一匹で抱えてやがる。

 武雷のそれにしろ伝説の忍のそれにしろ。

 そして己の過去にしろ。

 どうしようもないほどの大きなものをどうにかしようともせずに。

 どうにもならないことがわかっているのだろうが、それを抱える覚悟あってのこと。

「酒でも呑むか。」

「はいよ。」

 縁側から引っ込んで酒を出す。

 その表情が今にも泣きそうで。

 抱えたもんを一旦降ろして休むだとか、それを誰かに持たせるなんざしないところが真面目なんだ。

 その幼い頭を撫でて褒めてやる。

 慰めの一つにだってなりゃあいい。

「甘えてみな。小娘。」

「笑えやしないよ、まったく。覚悟はしてたんだけどねぇ…。」

 酒を一口、愚痴をこぼしながら壁に凭れた。

 開けた口から見える赤い舌は二枚ではなかったのは確かだ。

「こんなにも殺される方が楽だなんて、ねぇ?小僧。あんたにゃきっとわかりゃしないよなぁ。」

 手招きして酒を呑めと畳を軽く叩いた。

 霧が漂い始めたのを見つめる。

 今はその霧に飛び込んでやろうという気がしない。

「殺すと戻って来やしないから。嫌だね。」

 小僧が座るとその頭を撫でて目を細めた。

 その赤い舌が唇を滑り蛇が獲物を前にしているかのような表情を浮かべる。

 殺してそれが残らないことが問題なのは伝説の忍のみだと言いたげだ。

「そういえば、どうやって生き返ってんだ?」

「忍と妖のすることさ。」

 教えてやるものか、と意地悪な目が光った。

 小僧が隣で夜影を見上げ自身を撫でる手をどうすることもできずに息を吐いた。

 この手が酷く重い気がしている。

 動くことものを言うこと、全てをこの片手で封じられているかのように何もできなんだ。

「成りきれるほどの手腕は有り得ない…とすればやはりうつわだけ取り替えてるってことだろ?」

 夜影は喉で笑った。

 夜影だけならばまだしも、虎太までそうとなれば余計にわからない。

 わからないだろうということをわかっている夜影は何も言わずに酒を飲んでいた。

 好奇心は時に命を奪う。

 それが己にしろ他人のものにしろ。

「そんなことよりも、いつまで同盟を?」

「忍に教えることか?」

「いいさ、教えてくんなくたって。勝手に覗くよ。」

 隠したところできっと意味はない。

 夜影を傍に置いたのが果たして吉か凶となるか。

 酒を飲み込みながらこれからどうしたものかと武雷との関係に思考を巡らせていた。

 夜影が居ない年であったならば容易いのだが。

「まぁ、暫くは此処に居てもらう。」

「お好きにどうぞ。」

 忍隊の長を此処に留めたところできっと動きは鈍らないだろうということはわかっている。

 武雷を食うのは最後にしようと最初にしようと無理がある。

 ここは武雷と共に他を食う方が賢いか。

「小僧、次の戦は出てもらう。いいな?」

「あっはは、そりゃいいね。こちとらが楽できそうだ。」

「お前も連れていく。」

 行かない、という選択肢は与えない。

 わかっていての冗談だったろうが許していればそれを好機とみて罠でも仕掛けられそうだ。

 夜影は喉で笑いながら小僧を獲物を捉える目で見下ろしている。

 うっかり殺してしまいそうだと冗談ではない言葉が今にもその口なら転がり出てしまいそうだった。

 小僧は頷きながらも夜影を見上げた。

「…そう怯えなさんな。捕って喰やぁしないさ。」

「本当は?」

「どうだかねぇ?」

 気分が良いのだろう、いつもより酷い脅しをかけてきやがる。

 本心は喰い千切ってやりたいくせに。

「気が抜けねぇな。」

 警戒していようが油断していようが関係ない。

 どちらにしてもそれを利用して首を喰いにくる類いの化け物だ。

 ただわかっているのは、同盟を結んでいる今の内はあまり手を出してはこないということ。

「その鋭い目が警戒してくれるんならいくらでも脅すさ。」

 気に入った物をがある、からだ。

 その気に入りがこの目だから要求を受け入れたのだろう。

 腹の内がどんなものか一切見えない。

 見えるのはそういう悪趣味くらいだった。

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