1章 最終話 祭りの後 後編

「ねぇ、帰りの新幹線って何時?」

「20時だから、大体4時間あるな」

「そっか! じゃあまだ一緒にいられるよね?」

「うん」


 駅で松崎達と別れた良介達はすぐに電車に乗らずに、ホームにあるベンチで缶珈琲をチビチビと飲みながら、チケットを予約してある新幹線の時間まで何をするか話し合っていた。


「とりあえず東京駅に行かないとだから、都心に出て晩御飯とか?」

「え? 東京駅まで見送りするつもりか? それは駄目だぞ」

「なんで?」

「20発の新幹線に乗るんだぞ?」

「うん。それはさっき聞いたよ?」

「志乃が一緒に駅まで来たら、駅から1人で帰る事になるんだぞ? 遅い時間になるから危ないじゃん」

「何時までも子供扱いしないでよ。私だってもう大人みたいなものなんだから」

「年齢の問題じゃなくて、志乃はいくつになっても狙われるんだよ。読モなんてやってるし、今日だってミスK大に選ばれるくらいなんだから、いい加減自分がどれだけいい女なのか自覚しろって」

「……いい女」


 自分が異性にどんな目で見られているのかなんて理解はしている志乃である

 だが良介からは好きだとか自分の気持ちやその日着ている志乃の服装を褒めたりはよくするが、志乃自身を褒める事があまりなかった。

 だから良介の『いい女』というワードは志乃にとって破壊略のある爆弾なのだ。


「私っていい女?」

「は? 当たり前だろ。ミスコンだって大騒ぎだっただろ?」

「他の男の評価なんてどうでもいいよ! 良介が私の事をいい女だって思ってくれてるのかが知りたいの!」

「……い、いい女だよ。滅茶苦茶き、綺麗だ」

「何でもるの?」

「は、恥ずかしいんだよ」

「良介の恥ずかしがるポイントが分かんない。私の事好きって言ってくれる時とかサラッと言うじゃん」

「自分でもよく分かんないんだけど、そういうのは照れ臭くないんだ」

「ホント意味分かんない」


 男とはそういうものなのか、それとも良介が変わっているのかは分からなかった志乃であったが、自分が綺麗だと思われていた事を確認出来て頬を緩める。


「話戻すけど、だからこの辺りで店を探して飯でも食おうぜ」


 大都会の中心部で人通りは多い場所であるが、逆に言えばどんな人間がいたって不思議ではない場所でもある為、やはり志乃を1人そんな場所にいさせるつもりはないと、良介がそう提案する。


「いーや! 絶対に良介の見送りするもん!」


 だが、志乃も全く譲る気がないらしく、珍しく意固地に良介を見送る事を諦めない姿勢を見せる。

 基本的に自分を想って言ってくれる事は素直にきいてきた志乃が、これほど言っても譲る気が無い事に諦めの息を吐く良介が「それなら」と方針を変更する。


「なら、東京駅から電車じゃなくてタクシーで家まで帰ってくれ」


 言って、良介は財布から一万円札を抜き取って志乃に差し出した。


「分かった。そこまで言うのなら言う通りタクシーで帰るよ。でも、このお金はいらない」


 志乃は手渡そうとしている一万円札を良介の手ごと押し戻して、キッパリとそう言い切る。


「いや、東京駅から志乃の家までタクシー使ったらそれなりの金額になるから」

「この前の夏期合宿のお給料もあるし、読モのギャラも来週に振り込まれるから結構お金持ちなんだよ、私」


 そう言って得意気な顔を見せる志乃に、中々お金を払わせて貰えない不満の色を隠さない良介が溜息をもらす。

 男が全部払うのが当たり前みたいな一昔前の常識を未だに唱える女もどうかと思うが、あまりにも甘えてくれない恋人もどうなんだと良介は思う。同じ学生ならともかく、良介と志乃の年齢差は一回りもあるのだから。


「そうはいっても大学生ともなれば色々と金かかるだろ?」

「そうでもないよ? 私の場合実家暮らしだし、固定費はスマホの料金くらいだもん。後はコスメと友達を遊びに行くお金があれば十分だからお金の心配はいらないんだよ」

「ん? 服とか買わないのか? 志乃は読モなんだしさ」

「読モだからあんまり買わないんだよ。撮影で着た服を普段から来て欲しいってメーカーさんがそのままくれたりするからね」


 絶対に着て欲しいと頼まれて貰う服が多く、律儀に言われた通りに着ていたら、何時の間にか自分の私服を着る事が激変していたのだと言う。


「でも、今日はミスコンがあったからこの恰好だったけど、良介と会う日は自分で選んで買った服を着てるんだよ?」

「どうして?」

「ミスコンの時に言ったでしょ? 良介に会う時の服は全部勝負服なんだって。だから良介に綺麗とか可愛いって言って貰えるように一生懸命選んだ服を着るんだよ」


 可愛いと綺麗が同居したような美貌をもつ志乃。

 モデルをしている志乃の姿はどちらかというと、綺麗というイメージが強い。

 それは撮影時に着る服に合わせて表情を変えたり、服を少しでも格好良く見せようとポージングに拘った結果だ。

 だが、良介と会っている時の志乃はそういった意識はなく、元々あるナチュラルな可愛らしさを醸し出す服装を好んで着ていた。

 その姿が本来の彼女の姿で、志乃は良介と会っている時だけ本来の顔を見せるのだ。


「いつも可愛いって思ってるよ。服装だけじゃなくて志乃自身もな」

「えっへへー」


 恋人の一言にどうしようもないくらいに頬をゆるゆるに緩ませる志乃と、ついさっきステージの中央に立っていた彼女が同一人物とは思えない程のギャップに、良介も頬を緩ませるのだ。


 2人は電車に乗り込み都心を目指す。


 良介は車内のベンチシートに志乃と並んで腰を落として、スマホで都心部で評判のいい店を探す。


「学際ではジャンクばっかり食べたから、あっさりしたのがいいよな」

「そうだね。和食とかいいかも」


 車内で一台のスマホの画面を2人で見ながら「ここ良さそう」「これ美味しそう」などと仲睦ましく店を探している内に、目的の駅に到着した。


 都心部に出ると志乃に向けられる視線が一気に増す。

 その視線に気付いているのかいないのか全く気にしない志乃に対して、良介は周囲に警戒の目線を配りながら、2人で決めた和食専門の店に入る。


 店内は騒がしい都会の空気を遮断したかのように静かに落ち着いた雰囲気で2人を出迎える。

 スタッフに案内された席に着くと、良介が早速メニューを開いて事前にスマホで検索していたものを注文した。 


 とても和を大切にしている店のようで、小さな川が店内の脇を流れていてちょろちょろと心地よい音がする。


「お店の中に川があるんだね」

「あぁ、水の流れる音って落ち着くよな」

「それ、凄くわかるよ」


 それから2人は特に何かを話す事なく、ただジッと川の水が流れる音に耳を傾けた。

 水の流れる音や雨が降り何処かに落ちる音というのは癒しの効果があると言われていて、この音だけを編集しているものまで存在する。


 やがて和服の制服を見に纏った店員が注文した物を席まで運んでくると、今度は目で楽しめる料理に舌鼓を打った。

 和食を堪能して食後のお茶で一服した2人が店を出て通りを見渡せば、相変わらず沢山の人々がそれぞれの足音を鳴らして行き来している。


「さて、まだ3時間弱あるけど、どうする? 渋谷の方でもブラブラするか?」

「…………」

「志乃?」

「……ねぇ、今日の私、頑張ったでしょ?」


 志乃の言う頑張ったというのが何を指しているのかなんて考えるまでもなく、今日のミスコンである事は明白だった。


「あぁ、凄く格好良かったし……その、嬉しかったよ」


 あれだけの観客の前で堂々と恋人がいると宣言して、他の誰であっても全てが迷惑だと言い切った志乃の姿は、良介だけでなくあの場にいた松崎達の目にもとても格好良く映っていただろう。


「ホントはね、凄く迷ったんだ。あんな事をあの場で言ったら重い女って思われるんじゃないかって」

「そんな事あるわけないだろ。滅茶苦茶嬉しかった……でも」


 志乃のとった行動は良介の心に響いた。

 だが同時に、みっともないからと隠してきた志乃への独占欲からくる不安を見破られていた事に羞恥する気持ちもあり、良介の返す言葉と裏腹に表情が曇る。


「そんな顔しないで? 私は凄く嬉しかったんだよ?」

「でも……一回りも年上の男がみっともないだろ」

「好きな人を想って不安になったり嫉妬するのに、年齢なんてないと思う。ずっとそういう気持ちは私だけなんだと思ってたから、嬉しい」

「…………志乃」

「だから、ね。すぐに全部は難しいだろうから少しずつでいい。不安になったりしたら私に話して欲しい」


 そう言った志乃が良介の腕に抱き着くように体を預けて肩にコテンと頭を置くと、そのしなやかな髪を大きな手が撫でる。


「ふふ、良介にこうやって頭を撫でられるの好き」

「俺も志乃を撫でるの好きだ」


 絶世の美女というのはいついかなる時であっても、そこに人がいれば視線を集めてしまう。

 そんな志乃が男に身を任せる行動をとれば、周囲の男達から殺気を帯びた視線が良介に集まるのも仕方がない。

 だが、間宮良介という男は元々周りの視線を気にする質ではない為、周囲の雰囲気にオロオロと慌てる事はない。


「ねぇ、さっきの話だけど私頑張ったじゃない?」

「うん、そうだな」

「だから、さ。ご褒美が欲しいなって」


 志乃が何かを強請るなんて滅多にない。

 いつも何かをプレゼントした時も、志乃が欲しがったからではなく良介が自発的に買った物ばかりなのだ。


「いいぞ。何か欲しい物があるのか?」

「んーん。何か買って欲しいわけじゃないよ」


 志乃は肩に乗せていた頭を上げて隣にいる良介を見上げながら、小さく手招きする。手招きする反対の手が口元に添えられている事から、耳を貸せと言われているのを察した良介は少し屈んで自身の耳を志乃の顔の高さまで下ろした。

 すると、口元に添えられた手と共に志乃が自身の顔を良介の耳元に近付けて呟くような声色で欲しいというご褒美の内容を告げた。


「――なっ!?」


 内容を聞かされた良介は咄嗟に姿勢を戻して志乃を見れば、耳打ちをした志乃の顔が真っ赤になっていた。


「……駄目?」

「駄目、じゃないけど……。でも、今からだとそういう場所しかないっていうか」

「うん。ちょっと興味あったから行ってみたい。連れて行ってくれる?」

「いや、でもなぁ……」


 そういう場所という言い方だが、志乃にちゃんと伝わっている。

 だが、そういう場所に志乃を連れて行くのに良介は少し難色を示した。


「皆と遊ぶの好きなんだけど、やっぱり2人きりの時間も欲しい。それに、自分の気持ちを一杯吐き出したから何か枷が外れちゃったみたいで、このままバイバイは切ない……よ」


 潤んだ大きな瞳でそう言われた良介の抗う力がそぎ落とされる。

 元々志乃を拒んでいるわけではなく、如何わしい場所に連れて行く事に抵抗を覚えていただけだ。そんな良介に今の志乃はとてつもなく魅力的で理性など風前の灯火だった。


「……分かった。俺も、その……な」

「……うん」


 それから2人は腕を組んで、大通りから姿を消した。


 付き合いだしてからも色々な事があった。

 だが、付き合う前までの事を思えば、良介と志乃だけでなく松崎と加藤に佐竹や神山にとっても大した問題ではなかった。

 そして、これからもお互いの気持ちを育みながら共に幸せな未来に向けて歩んでいくのだと信じていた。


 だが――――そんな幸せな未来に向かっているはずの歯車が狂いだすなんて、この時の良介達が知る由もない。


            続『29』~縁~ 

            

           1章 幸せの未来予想図 

              

               完


――――――――――――――――――


            あとがき


続『29』~縁~ 1章最終話まで読んで下さって、ありがとうございます。


さてノートの方に書かせて頂いたのですが、現在、というかかなり前から縁を執筆するモチベーションが下がりっぱなしで、全くと言っていい程書く気が起きません……。


何とか区切りの良い1章完結まで書きましたが、この続きが真っ白の状態です。


無理に書いても碌なものにはならないと思い、散々悩んだのですが無期限休載とさせて頂く事にしました。

ここまで読んで下さった方々には申し訳ない気持ちなのですが、ご理解頂けたら幸いです。


ですが創作する事が嫌になったわけではありません。

縁の筆が重い時も、違う作品を書いてました。


というわけで代わりにというわけでありませんが、本日から新作を投稿させて頂いています。


どこまでイケるか僕自身も分かりませんが、頑張って行こうと思っていますので、こちらも応援していただけたら大変励みになります。


新作タイトル 


 Face ~周りがどれだけ騒ごうと、俺は自分の顔が大っ嫌いなんだ!~


https://kakuyomu.jp/works/1177354054934625669


宜しくお願いします!




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続『29』~縁~ 葵 しずく @aoishizuku0527

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