第17話 予行練習!?

「ふー! あの時は分かんなかったけど、良介がここに通ってた気持ち分かるな」


 合宿が始まって6日目の講義が終了して夕食を終えた後の自由時間。

 熱心な生徒達は自習室へ集まり、質問を受け付ける当番になっている講師はそれぞれの部屋に入った。


 今日は特にやる事がない私は自販機でお酒を買って、中庭に設置されているデッキチェアの背もたれに背中を預けてグイっと缶を煽って、深く息を吐いた。

 東京ではすでに茹だるような暑さだというのに、ここは涼しくて爽やかな風が吹き抜けているだけで、ごった返すような沢山の人の声や騒音に溢れた東京ではありえない程の静かな場所。

 このシチュエーションで飲むお酒は至福の時間だった。


 去年、良介が時間があればここに通っていた理由を一年越しに理解した私は、この時間だけでも講師として参加して良かったとさえ思えた。それほど、ここで夜風に吹かれながらお酒を呑む時間は最高なのだ。


 え? まだ未成年だろって? 

 いいじゃん!もう数日で誕生日を迎えるんだから。


 明日は講義以外で色々と忙しくなる日だ。


 まずは花火大会に引率という形で三年生に同行する。

 施設に帰ってからは全員で広場で市販の手持ち花火や打ち上げ花火をする。

 今年も天谷さんが大量の花火を買い込んでるみたいで、スタッフの皆さんが段ボールを運び込んでいるのを見た。

 今年も天谷さんが抽選で浴衣を10着用意してるらしいんだけど、今年は抽選にも参加しないつもり。

 だって、見て欲しい人がここにいないんだもん。


 そういうわけでとりあえず気を付ける事は、他の講師達を上手く交わす事だ。


 実は良介の時と違って、事前に管理スタッフから私は正規雇用対象外だと他の講師達に伝えられている。

 だから、初日からstorymagicで成果を出しても、誰からにも妬まれたりしていない。

 恐らく良介の時と全く同じにしてしまうと、私が途中で帰ってしまう恐れがあると思ったのだろう。

 実際そうなったら怒るというか、泣きながら良介の元に帰ってたと私も思うしね。

 だからそこは安心していたんだけど、違う問題が早々に起こっていた。

 男性講師達に初日からよく誘われるのだ。

 やれ一緒に飲もうとか、不自然に私を施設の外に連れ出そうとするとか、昨日の夜なんて質問当番の時間が終わって部屋を出ようとしたら突然その講師の1人が入ってきて、告ってきた。

 まったく、ここに何しに来たんだって話だ。

 私はただのバイトだけど、他の講師は正規採用の最終試験の場だって事忘れてるんじゃないだろうか。

 そんな暇があるのなら、参加してる生徒達の為に講義の内容を煮詰めるとかやることはいくらでもあるはずなのに……。


 そんな連中にウンザリした私は、去年藤崎先生のおかれた状況を思い出して「男の講師共ウザイ! 藤崎先生の気持ちが分かりました!」ってトークアプリで送ったら『私の気持ちがやっとわかったかぁ! あーはっはっは!』ととても愉快そうなレスが返ってきた。

 良介の気持ちを取り合う関係に決着が着いた後、私達は気軽に食事をしたりする関係になった。

 それまではとても綺麗な大人の女性という印象だったんだけど、それ以降の彼女は元気はつらつと言うか天真爛漫といった感じで、何故だか年上の女性なのに妹の希と印象が被る事が多くなったと思う。


「はぁ」と大きく溜息をついて液晶画面から漏れる灯りを消して、夜空に広がる東京では絶対に見る事が出来ない星を見上げる。

 よく壮大な光景を見たら自分の悩みなんて些細な事に思えてくるなんてフレーズを耳にしてきたけれど、私はこの星空を見てもそうは思えない。

 確かに人間はちっぽけな存在だとは思うけれど、それはこの星空を見上げる以前から解っていた事だからだ。

 ちっぽけな存在であっても、ちっぽけなりに懸命に生きていて色々と悩んでいるのだからどっちが大きいとかの問題ではないと思うのだ。


 この合宿を経て大学の夏季休講が終われば、今までの私では考えられない世界に飛び込む事になる。

 その事に臆したわけじゃないけど、やっぱり思う所はあるのだ。


 人は変わっていかなければいけない。

 それは物凄いスピードで刻々と変わっていく世界に順応する必要があるからだ。

 いつまでも同じ人間でいるのが許されるのは親の加護の元で学生でいられる時まで。

 そこから変化を求められるであれば、私は良介と対等に立っていられる人間でありたいと願う。

 これから起こす変化はその為のものであり、私自身が望んでいる事。

 その変化を心配してくれる良介の気持ちは嬉しいんだけど、やっぱり甘えるのは違うと思えるようになる程度には、頭上に燦燦と輝く星空の存在意義はあるのかもと、私はじんわりと体を巡るアルコールの感覚に身を任せた。


 ◇


 翌日、予定された講義を終えた後、ゼミのスタッフがそれぞれの講義室を訪れて最終日の投票を促すアナウンスを出した。

 そういえば忘れていたけど、最終日の講義は合宿に参加している生徒達が希望する担当講師の講義を受ける事になっていた。

 去年私は英語の希望講師を良介ではなくて、Aクラス担当の藤崎先生に投票した。

 あれだけ苦手だった英語が面白くなってきて、もっと貪欲に英語を学びたかったからだ。

 良介も私の選択を喜んでくれていたのを、後で藤崎先生から聞かされて嬉しかったのを覚えてる。


 そんな懐かしい事を思い出しながら夕食を終えた頃、食堂にスタッフが拡声器で浴衣の抽選を行う事を話した。

 生徒達が抽選の事で盛り上がっていたけれど、今年は関係ないと部屋に戻って祭りに向かう準備に取り掛かろうとした時、何故かスタッフの1人に「瑞樹先生!」と呼び止められた。


「どうしましたか?」

「浴衣の抽選は参加されないのですか?」

「ええ、講師の私が参加したら浴衣を希望している生徒達の当選確率を下げちゃいますから」

「それはとてもよい心がけだと思いますが……少しよろしいですか?」


 言って、スタッフは食堂を出た先にある去年浴衣の着付けを行った場所に向かうように促された。

 私は首を傾げながらスタッフの後を付いていくと、まだ誰もいない着付け用に準備された部屋に案内される。


「あの……えっと」


 部屋に入ると着付けを担当すると思われる女性スタッフと一着の浴衣があった。


 ここへ私を連れて来たスタッフにどういう事だと目で訴えかけると「社長から伝言を預かってます」と言って、姿勢を正した。


「この浴衣は抽選以外で用意した浴衣です。瑞樹先生にはこれを着ていただいて、来年の宣伝画像の撮影に協力して下さい――との事です」

「…………は?」


 来年の宣伝用!? 

 そんなの一言も聞いてないんだけど!?

 今年は良介がいないから目立つ事したくないのにー!


 ――って、あれ? という事は、ですよ?


「あ、あの? まさか来年も私ここで……?」

「それは私の方からはなんとも……。あ、確かに伝言伝えましたからね! それではー」

「あ! ち、ちょっと!?」


 引き留めも空しくスタッフさんはそそくさと更衣室を出て行ってしまった。

 何事も経験だと引き受けた臨時講師だったけど、まさか来年もここへ来る事になるの、私……。


「さぁ、瑞樹先生! 抽選組が来る前にささっと着替えて撮影現場に向かって下さい」

「え? さ、撮影現場!? 去年みたくそこの広場じゃないんですか!?」

「ええ、今回はプロを雇って本格的に撮影するそうですよ」

「う、嘘でしょ!?」


 本格的な撮影ってなに!?

 レフ版とか当てて撮るやつ!?

 そんな事いきなり言われても心の準備が出来てないよー!


 等と軽くプチパニックに陥っているにも関わらず、着付け担当のスタッフ達は私に同意を得ようとする事なく素晴らしいチームワークで服を脱ぎ去り、流れるように浴衣を着つけていく。

 確か去年はこんなに手際は良くなったはずなんだけど、もしかして慣れたのかな?


「はい! 相変わらずというか、去年よりとても綺麗ですよー」

「えぇ! これで来年も合宿参加者が殺到しますね!」

「…………」


 私、まだ着るとも撮影に応じるとも言ってないんですけど……って既に手遅れか。


 文句言ってやろうと天谷さんの個人携帯に電話したんだけど、電源切られてるし……。

 良介から何とか言ってもらおうと電話したら『さ、災難だったな……。でも、ごめん。社長は無理!』って切られた。

 恋人が困っているっていうのになんて冷たい男なんだ!


 合宿が終わったら東京に戻らずに直接良介の家に行く事になっているというのに、いい度胸じゃないか!


「覚悟してろよ、あんにゃろー!」


 因みに結局撮影まで協力してしまって、スタッフさん達はとてもいい絵が撮れましたと大はしゃぎ。


 私ってこんなに押しに弱かったっけ?

 まぁ読モの練習と思えば無駄にはならなかったんだけど、ね……。

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