第16話 storymagic再び!

「は、はじめまして。英語のCクラスを担当する事になった瑞樹志乃と言います」


 今、私は懐かしの場所で沢山の視線を向けられて自己紹介をしている。

 懐かしの場と言ったけど、去年は今立っている壇上ではなくこの壇上を見上げている側の人間だった。


 そう。天谷社長からオファーを受けた夏期合宿がついに始まったのだ。


 私は臨時講師として去年良介が受け持った英語のCクラス担当として、今この場に立っている。

 去年の私が来年この壇上に立っている事を知らせても、絶対に信じなかっただろう。


「私が担当する生徒さんはきっと英語を苦手としている人ばかりだと思います。なので、そんな皆さんにこの合宿が終わる頃には英語が得意科目と言って貰えるようにするのが私の役目です。これから八日間一緒に頑張りましょう。宜しくお願いします!」


 数日前から一生懸命に考えて来た挨拶を何とか噛まずに言えた事に安堵しながら、私はこの合宿に参加した全ての生徒に向けてしっかりとお辞儀する。


「ウオー! ホントに瑞樹先輩だ!!」

「俺、参加してマジでよかったーー!!」

「キャー! 瑞樹先輩お久しぶりですー! 去年一緒に花火したの覚えてますかー!? 今年は一緒にお祭り行きましょうねぇ!!」

「てことは、また瑞樹先輩の浴衣姿が見れんの!? ヤバい! それ絶対にヤバいやつじゃん!」

「瑞樹せんぱーい! 絶対に質問しに行きますからねぇ!」


 中央ホールに生徒達の元気な声が響き渡る先には、一応歓迎されている声が沢山あった。

 だけど、それはあまり歓迎できるものではない。これから勉強を頑張る空気とはかけ離れたものだったからだ。


 私がこの合宿に参加したのは去年自分がそうだったように、英語がネックで進路に困っている生徒達の手助けをしたかったのであって、決して皆と楽しく騒ごうとして来たわけではない。

 それに今年も去年と同様に生徒達のご褒美としてサプライズ枠としている花火大会の事や、その後に皆でする花火の事まで言っちゃうから初参加の生徒達に向けたサプライズが台無しになってしまった。


 だから、私は空気を締める事にして再びマイクを口元に上げる。


「静かにして下さい。私は貴方達の先生であって友達ではありません。私は皆さんに少しでもこの合宿に参加してよかったと思ってもらう為に来たのであって、楽しい時間を過ごす為に来たのではありません」


 言い切ると、会場の声が瞬時に消えて静まり返る中「ふふふ……」と聞き覚えのある声が聞こえた気がしたけど、今は無視だ。


 少しきつく言い過ぎたかと心配になった時、私に向けられていた沢山の視線の中から、1人の女の子の声が聞こえた。


「瑞樹せんぱ……先生の言う通りだよ! 私達は大学入試の為にここに来てるんだから!」


 1人の女の子が周りに聞こえるように声を張ってそう言うと、静まり返っていた周囲が騒めきだす。


「だ、だよな! 遊びにきてるわけじゃないもんな!」

「あ あぁ。先輩が先生だから調子にのってたかもな!」


 あちらこちらから私が言いたかった事が伝わったのが分かる声が聞こえ始める。


 最初に声をあげてくれた女の子に感謝しつつ、私は軽く息を吐いてからマイクに自分の声を乗せた。


「改めて皆さん! 8日間頑張りましょう!」

「「「はい!!」」」


 今度は生徒達から気持ちの籠った返事が返ってきて、ホッと安堵の吐息と共にマイクを降ろした。


 ◇


 開幕式が滞りなく終わり、昼食を挟んで早速最初の講義が始まった。


 私は良介から借りたノートPCから画像をスクリーンに転写させる。

 勿論この画像はこれから『あの講義』を行う為のものだ。

 私は何を期待されてこの場に呼ばれたのか理解している。

 それは良介が得意とする特殊な講義法をなぞり、もはや伝説とまで言われた『あの講義』の復活させる事だ。

 ゼミの運営を含む全ての事業を取りまとめている代表取締役の天谷社長直々に私にこの話をもちかけたのは、私と良介が特別な関係になると確信していたからという事を藤崎先生から聞かされていた。

 恋人になった相手が元教え子とあれば、良介の性格を考えた時、必ず手を貸すだろうと踏んでいたらしい。


 天谷さんの読み通り私が講師のオファーを受ける決意をすると、良介はすぐに『あの講義』に使う物語の制作に取り掛かってくれた。

 だけどあの講義は物語があれば誰にでも出来るというわけではなく、物語と同等に生徒達をどれだけ早い段階で物語の世界に引き込めれるのかが重要だと言う。

 物語に目と耳を傾けさせて探究心を刺激する。それはどれだけ物語の出来が良くても、語り手が下手だと機能しないと教えられたけど、実際どう違うのかがイマイチ分からなかった。

 そこで手本として良介に久しぶりに去年使った物語で実践してもらった。

 相変わらずの作品で、一度目で見て聞いた事がある物語だというのにあっという間に引き込まれた。

「こんな感じだ。次は志乃がやってみ」と言われた私は見様見真似で語りてをやってみたんだけど、やってみて初めて良介の言っている意味が解った。

 これはとんでもなく難しい。

 たった1人だけの聞き手だというのに、良介の意識を物語の入口にすら誘導出来なかった。


 これでは合宿に高額なギャラを支払ってまで呼んだ天谷さんの顔に泥を塗る事になってしまうと焦りに焦った私の頭を、良介はこれから教えるから大丈夫だと優しく撫でてくれた。


 それから必死に練習した。

 直接教えて貰えない時はリモートでレクチャーしてもらったりして、どうにかこうにか合宿の前日に形にしたものを披露する事が出来た。


「はい! それじゃあ、今から小テストを行います」


 そう言うと、講義室にいる大半の生徒達から「えー!?」という言葉が漏れたのだが、一部の生徒は待ってましたと言わんばかりに何も指示していないのに電源を落としていたタブレットを立ち上げる。

 それによりどれだけの人数が去年の合宿に参加していなかったのかが一目で分かった。

 去年参加していた生徒ならば、こうして小テストになる事を承知しているからだ。


「何も教えて貰ってないのに、今から小テストするんですか?」


 1人の生徒が訳が分からないと席を立ってそう言うと、私が答える前に違う方向から言葉が飛んでくる。


「教えてもらったじゃんか! さっきの物語見てなかったのかよ」と。


 私は生徒に台詞を盗られて苦笑いしてから「そういう事です」とだけ言って、早速手元のPCから生徒達のタブレットに小テストの問題と答案シートを一斉送信した。

 因みに去年と同じようにこの講義を得意気に受講している一部の生徒に、またこの講義を受けているのは何故と言いたかったけど……我慢した。


「テスト時間は20分とします」


 そう告げると生徒達は時計を見て終了時間の確認をとった。

 その様子が落ち着いた頃を見計らって「それでは初めて下さい」とパンと手を叩くのと同時に、生徒達は配信された問題に取り組み始める。


 ここからが私にとって大事な所で、まるで採点結果を待つ気分だった。

 やがてテストを受けている生徒達から声があがる。


「え? あれ? 解けるんだけど!」

「は? な、なんで!?」


 と驚いた声に被せるように、一部から得意気な声が聞こえた。


「初見はビビるよなぁ!」

「そうそう! 俺らも去年同じリアクションしてたもんな!」

「はは、ほんとそれ! 集団催眠でもかけられたかと思ったよな」


(……もう何も言うまい)


 テストの最中にこんな声が上がるのはご法度だ。

 だけど、私はこの驚きの声が上がるのを待っていた。

 だって、この声こそがstorymagicという魔法がかかった証拠なのだから。


「はい! 今テスト中なの分かってる? 君達は学校のテストでもお喋りしてるのかな?」


「「「す、すみません!」」」


 言うとあまりの驚きに無意識に言葉を発していた初見組は慌ててテストの問題に戻ると、経験組は私に向かってサムズアップしてきた。

 そのアクションに複雑な気分だったけど、この講義は中継カメラで他の講師に観覧されている為、上手くいって緩みそうな顔を引き締めて「後10分」とだけ告げて、誰にも見られない所に腕を回して小さくガッツポーズした。

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