第12話 墓参り act 1

「あっ おはよう、良介」

「おはよ。朝早くに悪いな」

「ううん。私が頼んでた事なんだから」


 瑞樹家に挨拶に訪れた翌日の日曜日の朝。

 俺が本社勤務時代に新潟の開発所スタッフの宿泊先によく利用していたビジネスホテルのロビーに降りると、待ち合いのソファーに腰を下ろしていた志乃と合流した。


 昨日拓郎さんと公園で話し合った後、志乃と華さんに経緯を吹っ飛ばして俺達の関係を認めて貰えたと報告した。

 志乃がどういう経緯でそうなったのか知りたがったが、拓郎さんに恥ずかしいから黙っていて欲しいと頼まれていたから、肝心な部分を濁して話した。

 志乃の性格から考えれば追及してくるのは容易に想像出来ていたんだけど、なにより俺達の関係を認めてくれた事実が嬉しかったのか、濁した部分を追求される事もなかった。


 それから少し遅くなった昼食を瑞樹家で御馳走になった。

 慣れない食卓で緊張したけれど、腹を割って話し合った拓郎さんと色々と汲み取ってくれた華さんが、そんな俺に変に気遣わせないような空気を作ってくれたのが本当に有難かった。


 食事が終わった後は拓郎さんと華さんに、志乃と俺でリビングでとても美味しい珈琲と茶菓子を囲んで色んな話をした。

 話題は俺達の馴れ初めが主だったんだけど、俺に振られた質問も殆ど志乃が嬉しそうに答えていて、拓郎さんと華さんは目をキラキラと輝かせて話す志乃を微笑ましそうに見つめていた。

 こういう光景を1つとっても、拓郎さん達がどれだけ娘達の事を大切に育ててきたのかが分かる。

 御両親は昔から仕事に追われていて志乃に寂しい想いをさせたり迷惑をかけてきたと言ってたけど、それもこれも愛する娘達に不自由なく好きに人生を選択して欲しいかったからだと公園で話を聞いた俺には、お互い持ちつ持たれつの関係で羨ましく思えた。

 そんな2人の気持ちを理解しているからこそ、志乃も文句1つ言わずに少しでも2人の力になりたいと思っているわけで、希ちゃんは家庭内においても裏表なくいる事で癒しになっているのだろうと思う。


 希ちゃんと言えば昼食の最中に派手は寝ぐせを隠そうともせずに大きなあくびをして俺達がいるダイニングに現れた。

 服装もまだパジャマでついさっきまで寝ていた事が伺える。

 ダイニングテーブルに俺の姿を確認しても恥じらう事なく自分の席に座って「私の分は~?」と言う彼女にどこか大物の風格すら感じられた。

 勿論、そんな希に志乃が慌てた様子で「その前にちゃんと顔を洗って着替えてきなさい!」と座っている希ちゃんを無理矢理に立たせて一緒に洗面台に向かい、拓郎さん達はそんな希ちゃんを見て額に手を当てて溜息をついている。

 俺はそんな3人に思わず吹き出して笑ってしまったけど、それは決して馬鹿にしたわけじゃなくて、本来の志乃の家族の様子が見れて嬉しかったんだ。


 日が傾いて時計の針が16時を指す頃に拓郎さんにこれから新潟に帰るのかと訊かれて、俺は明日行きたい所があるからこっちに一泊する事を伝えると、瑞樹夫妻が泊まっていけと薦めてくれた。

 いくら志乃との関係を認めてくれたとはいえ、そんな事を言ってくれるなんて想像もしていなかった俺に、志乃もそうしろと拓郎さん側につく。

 勿論気持ちは嬉しいんだけど、やっぱりその提案に甘えるわけにはいかないと丁重に断って、しっかりと感謝の気持ちを伝えて瑞樹家を出た。

 予約してあるホテルがあるO駅に向かおうと歩いている俺の隣に納得いかない色をありありと浮かべている志乃がいる。

 瑞樹家で別れようとしたんだけど、「絶対にいや!」とA駅まで見送ると聞かなかったのだ。


「なぁ、いつまで拗ねてんだよ」

「だって! だってさ! 折角お父さん達が泊まっていいって言ったのに、良介断っちゃうんだもん!」

「そんな事言ってもな? 泊まっていけっていってくれたのは勿論嬉しかったけど、ただの恋人が甘えていい事じゃないだろ?」

「私も雅紀さんチに泊まったじゃん! しかも2泊もしたんだよ?」


 それはあくまで友達としてだし、あの時は松崎達もいただろうがと言いたい気持ちを口には出さずに、変わりに違う提案を志乃に投げかける事にした。


「まぁ、次にそんな機会があればその時は甘えさせてもらうよ。それと、明日の事なんだけどさ」

「明日? そういえばどこに行くの? 私聞いてなかったよね?」

「うん。ついでって言ったらアレなんだけど、明日優香の墓参りに行こうと思っててさ」

「え!? 優香さんの? ね、ねぇ良介……私も一緒していい!?」


 志乃にそう訊かれるまでもなく、志乃に予定がない事を確認した時からそのつもりだった。


「勿論。約束したもんな」

「うん! ありがとう。じゃあお泊りの件は許してあげる」


 そんなに悪い事したっけ?という気持ちがないわけじゃないけど、まぁ志乃の機嫌が直ったのだから余計な事は言うまい。


 俺達はA駅で別れてホテルで一泊した後、こうしてロビーで落ち合ったのだ。


 ホテルを出た俺達はそのままO駅から電車に乗って、優香が眠る墓地がある霊園の最寄り駅を目指す。

 昨日は一緒に優香の墓参りに行くとご機嫌だった志乃だけど、電車に乗った途端口数が極端に減った。


「どうした?」

「よくよく考えたら、私って優香さんから良介を盗った泥棒じゃない? そう考えたら会うのが怖くなってきちゃって」


 盗るって所謂泥棒ネコって意味だろうか。

 確かに現在進行形で俺が優香と付き合っていたらそうなるんだろうけど、そんなに何を不安になっているのだろうか。


 ――それに。


「何アホな事言ってんだよ。それに優香は俺達を結んでくれた人なんだから、きっと歓迎してくれるよ」

「……そ、そうかな。こんな女に良介を任せられないって怒られない?」


 不安気に俺の服の袖をキュッと掴んで上目使いでそう訊いてくる志乃がとてつもなく可愛くて言葉を詰まらせていると「やっぱり私じゃ駄目なんじゃん」と変な誤解を招く結果になってしまった。

 志乃じゃ役不足とか有り得ない話だ。

 寧ろ、俺の方が志乃と釣り合ってないとさえ言える。


 そんな有り得ない不安を取り除く為にどれだけ俺が志乃の事が好きなのか他の乗客に聞こえないように耳元で囁いていると、暫くして電車が下車する駅に到着した。

 一緒に電車を降りた志乃の顔は真っ赤に茹で上がっていて、これで堂々と優香に会えるだろうと安堵していたんだけど……。


「り、良介ってそんな事言う人だった? 恥ずかしくて死にそうだったんだけど」


 言われて初めて気付く。

 志乃を安心させる事しか考えてなかったんだけど……。


「あ、あれはお前を安心させる為に、だな」

「ふ、ふーん。じゃあ心にもない事を並べただけなんだ」

「ち、ちがっ! 俺は本当に志乃の事を――」


 志乃の疑惑を払拭しようとしただけなんだけど、思い返してみると……とてつもなく恥ずかしい事を連発していた事に気付く。


「ふふ、ざまぁ!」

「う、うっせ!」


 ホームを歩きながらニヤリと笑みを作りながら覗き込んでくる志乃の顔はまだ真っ赤だったけど、今の俺の顔も負けず劣らずだったと思う。


 2人して手を団扇みたいに扇いで茹で上がった顔に風を当てながら改札を潜り、駅前のロータリーで客待ちをしているタクシーに乗り込んで優香の墓がある霊園の名を運転手に告げた。

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