その十五 買い出し

 午後一時、バタバタと慌ただしくなってしまったがどうにか出発の準備を整えた俺は事務所から自動車の電子キーを受け取ると、買い物用のウォレットに残高がチャージされているのを確認する。

「では、いってきます」

「気を付けてねー」

 事務所で上田さんがのんびりとした声で見送ってくれた。

 公用車であるEV車は俺が座ると電子キーと搭乗者を認証し、ロックが解除される。

『こんにちは。桐須雅彦様』

 公用車に搭載されたAIが話しかけてくる。

「はいこんにちは。この近くの家電量販店に行きたいんだけど……そうだな……半径3km

以内くらいで」

『該当箇所を検索します……半径3kmですと複数該当箇所がございますがどちらに行かれますか?』

 む……候補が複数あるか……。

「一番規模が大きいところに案内してくれ」

『かしこまりました。運転方法は自動でよろしいですか?』

「お願いします」

『それではシートベルトを着用してしばらくお待ちください』

 AIに促されるさまシートベルトを着用すると、待ってましたと言わんばかりにAIが即座にそれを感知する。

『それでは目的地まで出発します。お時間は10分程でございます』

 ……しかし、自動運転があるなら講習の必要あるのかな俺はしばし目を瞑って、目的地まで休憩をすることにした。


 目的地である家電量販店内に一歩足を踏み入れると、AR眼鏡に夥しい、と言わんばかりの広告が流れてくる。やれ『期間限定セール品』だの『他会社の通信機器と同時契約すれば3万円引き』だの。

 AR酔いしそうになった俺はため息を付くとAR機能をオフにし、余計な情報を入れないようにする。

 二階建てになっている店のマップデータを読み込み、ホログラム装置が売っていると思われる売り場に目星を付ける。恐らく二階の一角にあるコーナーだ。

「こんなものでいいかな……」

 俺はあるメーカーのホログラム装置を手に取り、AR機能をオンにする。製品の説明や概要の他に視界の端で購入者のレビューを読み、大丈夫かを確認する。目的としては予め衣装データを読み込ませ、範囲内の視界にいる人物にそれを見せる、というものなのだが……。

「げっ……」

 お値段が、微妙に高い。

 最悪自腹を切って立て替える、ということも考えたのだが手続きが面倒、という愚痴を以前椎名さんが言っていたのを思い出す。

 その他の安いメーカーの物をいくつか見てみるがレビューがよろしくなかったり、ホログラムを投影する範囲が狭かったりと中々条件に合致しない。

 そもそも衣装を投影して対象者に追随させる、というのが意外と手間なのか、そうしたものは予算の倍近くになってしまう。

 困り果てた俺はとりあえず施設に電話することにした。

『はい。国立機械生命体養護老人センターです』

 事務の上田さんがどこかのんびりした口調で出てくれる。

「あ、お疲れ様です。支援員の桐須です」

『あ、お疲れ様ー。どうしたの?』

「ちょっと椎名さんに繋いで欲しくて電話したんですがお願いできますか?」

『わかったー。ちょっと待っててね』

 そう言うと通話から流れてくる音声が保留中の音楽に切り替わる。

『はいもしもし椎名です。なんかあった?』

 10秒も経たずに椎名さんが電話に出る。

「あ、椎名さん実はですね……」

 俺はホログラム装置のお値段が想像以上だったことを報告する。

『あちゃー。そうだったか。ごめんね。そしたら立て替えてもらってもいい?領収書貰ってくれば戻って来た時やり方教えるから』

「あ、それなんですけど……」

 俺は一つ、閃いたことを椎名さんに話す。

「行事で利用者の皆にAR機能付けてもらって、衣装データをそっちで見てもらいつつ、ホログラム装置は風景だけ映す、みたいなのって出来ませんか?」

 しばしの沈黙。

『ちょっと待っててー。桂木さんと医務の方にも聞いてみて、こっちから電話するから一回切るね』

「分かりましたー」

 そうして一度通話が切れたので、俺は衣装データのコーナーを見る。

 シーズンのものだからなのか、夏用のアバターデータやカスタム用の素材データが大量に売っている中織姫、彦星のセット衣装を見つける。

「顔データまで付けると……あ、やっぱ値段跳ね上がるな。衣装だけで二人セット……。牛のデータは衣装関係なくオプションで付いてくるのもあるんだ……」

 衣装データは対象者の設定をすることで体形や身長に合わせてくれるそうなので、これと風景用のホログラム装置を合わせれば予算内ギリギリで買えるはず。

 そんなことを考えていると、施設から電話が入る。

「はいもしもし。桐須です」

『あ、もしもし私ー』

「どうでした?」

『うん、桂木さんと医務の方に聞いてみたけどAR機能に不備がある人は今のところ居ないから、企画書直せば大丈夫だろう、って』

「お、良かったです。そしたら衣装データと合わせて買ってきますね」

『よろしくー。ありがとね』

「いえいえ。ではでは失礼します」

「はーい」

 ぷつり、と通話が切れたので、俺はカートに衣装データの入った記憶媒体と、先ほどのホログラム装置を入れて無人レジで会計を済ませる。

 残高ギリギリの買い物と領収書が発行されたことを確認し、俺は再度車に乗り込む。

 予想外のトラブルだったがなんとか対応できたことに安堵し、帰るまでの10分間、休憩のつもりで目を閉じた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る