その十三 おやつ後~昼食まで

 おやつを食べ終わると、その後は昼食まで特にすることはない。

 いや、することがないと言うのは利用者に限った話で職員の方は意外と忙しいのだ。

 主任である桂木さんは書類の確認や施設長と打ち合わせがあったり。

 椎名さんは今度ある七夕の企画書の最終確認を関係各所に回したりしている。

 時折恨めしそうに『あ~先月の会議が特に何も言ってなかったところになんで今更ツッコミ入れるかなぁ~』と言っている。

 俺も七夕の企画係に名前を連ねているものの、椎名さんからは『桐須君入ったばっかでいきなり係大変でしょ。大体は私がやっとくからなんか手伝って欲しい時声掛けるね』と言われてしまい、以降お声が特に掛からないでいる。

 一応、手が空いている時などに『何か手伝えることありますか?』と尋ねてはいるのだが『大丈夫大丈夫~』とやんわり断られ続けている。あるいは信頼がないのか。

 まあ、そんなわけで。特に急いでやることのない俺はおやつの時間に使った―――水分ねんりょうを職員側で見てあげなければいけない利用者のコップを飲料機械油洗剤で洗っている。

 歴史の時間に習ったのだが、20世紀末頃は工業や化学物質による大気汚染や公害等———技術の進歩に対し環境が追い付かないといった問題があったらしいのだが―――23世紀の昨今では信じられない話だ。

 今こうして使っている洗剤も油を分解し、水道で有害物質とそうでないものを分けるフィルターを通して浄化される―――とかなんとか。

 小学校の社会科見学で浄水場や下水道の見学に行った時に説明を受けた気がするのだが覚えていない。要は今の技術では油を流しに捨てても海にそのまま流れ、公害の元になるようなことはない、ということだ。

 コップを洗い、利用者用の籠に入れ蓋を閉めると、温風が入る。

 洗い物はこれで良し―――。

 後は、と意識の外に無理やり追い出していたものに手を付けるべく、支援室にある備え付けのデスクトップのPCを起動する。

 辻井さんの午前中、介助により起床。朝食の摂取量を記入。

 後は――—。

 ちらり、と椎名さんの方を見る。

 椎名さんは七夕の企画が上手くまとまらないのか眉間に手を当てて唸っている。

 どうしよう……声掛け辛いなぁ……。

 とはいえあまり見ているのも不審者然としている。時間を潰す、というと聞こえが悪いが俺は冷蔵庫の中から自分用のスポーツドリンクを取り出し一口飲み、また冷蔵庫にしまう。

「七夕」

「え?」

 椎名さんがこちらを見る。

「大変そうですね」

「そうなんだよねー。施設長もさー。前回の会議の時には特に何も言わなかった部分に関して昨日『企画書の最終版ですー』って言って回したらツッコミ入れてくるんだもん」

「ははぁ……嫌なあるある話ですね」

「ほんとにね。困っちゃう」

 苦笑する椎名さん。

「ちなみにどんなツッコミが?」

「席順」

 椎名さんが七夕の座席表データを投げてくる。

「席順ですか」

「そ。あんま仲良くない、っていうかね。最近になって急に仲が悪くなった利用者同士の席が近いから離した方が良いんじゃないかって。でもその席を変えても良い人を探そうとすると相性の問題ってあるじゃない?そもそも誰でも構わない人なら最初から変えなくても問題ないわけよ」

 今まで溜まっていた不満が溢れだしたのか、椎名さんが一気に捲し立てる。

「うわぁ……何かジグソーパズルみたいな話ですね」

「おっ上手い例えだねぇ」

 椎名さんが手を叩く。

「人間関係のジグソーパズル。かっちりとハマる人が居れば良いのにねえ」

 そう言ってまた椎名さんはうーんと唸りだす。

「参ったなあ……午後から買い出し行こうと思ってたのに……」

「何買ってくるんですか?」

「ん?パーティーグッズだよ。安いホログラムアバターの服。七夕だからね。織姫と彦星、必要でしょ」

 つまり当日利用者に見せるだけの衣装が必要、ということかぁ。

「あ、買う物とか分かってるんなら俺行きますよ?」

「ほんとに?それは助かるけど……。あれ?そもそも公用車の運転して良いんだっけ?」

 一応、車両免許の他に施設の運転係から了承を貰うことになっている。そして了承を貰う為の条件が勤務開始から三カ月が経過し―――、運転係を公用車に乗せた上で合格をもらうこと、となっている。

「この前の夜勤入りの時、あそこでOKもらいましたよ。その時いた係が事務の上田さんでしたけど」

「あー……上田さんが良いって言ったなら良いか……」

 事務の上田さんというのはどことなくぼんやりというか、あれはぽんやりというのだろうか。大体のことを『いいよー』で片付けてくれる、ちょっとぽっちゃりした男性の人間ヒューマンだ。

「じゃあ、頼んでいい?」

「了解です。じゃあちょっと公用車の使用許可出してきます」

「うん。よろしく。悪いね」

「気にしないでくださいよ。俺だって係なんですからなんか仕事させてください」

「ほほう。言ったね?」

 にやり、と椎名さんの唇の端が上がる。

「……なるべく、お手柔らかにお願いします」

 背中を一筋の汗が伝う感覚を覚えながら一歩後ずさってみる。

「あはは。まあ考えとくよ。当日は色々と手伝って貰うから。企画書、ちゃんと読んどいてね」

「ういっす」

 返事をすると俺は施設内ローカルネットで事務所にアクセスをし、午後の1時から公用車の使用の予約を入れる。

「じゃあ午後イチで行ってきますね」

「うん。よろしくー」

 こうして午後の予定を話し合いながらまた時間が過ぎていく。

 時刻は11:30を回る。

 そろそろ昼食の時間に差し掛かろうとするところだった。


  

 

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