その十二 おやつの時間(午前中)

 売店の時間が終わると、そのままおやつの時間となる。

 おやつの時間は午前十時と午後三時の一日二回あり、利用者は売店で購入したものや外出して買ってきたものを食べることになっている。

 職員としての仕事はお茶———機械生命体アンドロイドの場合は潤滑油なのだが―――を出したり、といったことなのだが、売店の日は食堂を元に戻すという仕事がある。

 椎名さんが業者の機械生命体アンドロイドと買い忘れた人が居ないかや売り上げの個数が合っているかをチェックしている間に、俺は利用者に声を掛けて机を元の位置に戻す。

「あーそこもうちょい右……そうそう。そこでOK。ありがとう」

 AR眼鏡に映し出した売店前の机の配置からズレないように声を掛ける。

 割と皆無意識なのだろうが記憶メモリの位置を覚えているらしく、ずれが大きいと文句を言ってくる―――だけなら良いのだが、記憶メモリ内との誤差に気付かず怪我をすることがたまにあるのだ。

 なので出来るだけ利用者の安全に配慮するためにも机の位置を元に戻す、という作業は地味に大事だったりする。

 机の再配置が終わり皆が席に着いてお菓子を頬張る。こうなると職員としては見守りが主な仕事だ。

 詰まらせる人が居ないかとか、喧嘩になりそうなところはないかとか。そういったところに目を光らせる。

 それも落ち着いてくると今度はお茶のおかわりの準備をすること。働き始めた当初は片端から配ろうとして桂木さんに『あー全員に配んなくていいよ。てゆかそれやろうとすると確実に足んなくなるから』とやんわり注意された。

 ならばどうするのかというと、『水分を摂らなければいけない人』に最優先で配り、その後希望者に配る、というものなのだが。

 俺は潤滑油が入ったやかんを持ち食堂のカウンター近くある木製の長机の上に置く。

 すると、カウンター周辺に座っている人たちの雰囲気がそれまでの和やかなものから一変する。

 なんとも言えない圧のようなものを感じながら俺は一言食堂内に響き渡るように声を上げる。

「おかわり欲しい人どうぞー!!」

 すると陸上競技のピストル音が鳴ったかのように、何人かの利用者が立ち上がりカウンターを目指して走り出そうとする。

「はい今走った人!列の最後ね!」

 椎名さんの鋭い声が入り利用者の一人を止める。

「しょうがねーだろ急がないとなくなっちゃうんだからよぅ」

 注意された利用者は不満を口にする。

「あなたの位置からだとそんな急ぐほど離れてないでしょ。第一床で滑って転ぶかもしれないんだから走っちゃ駄目!」

「んなガキじゃねぇんだかさぁ」

「言い訳が巧妙な分ガキより質悪いわ!」

 その人はちぇー、と言いながら渋々列の最後尾に回る。

 なんだかんだ言うことを聞いてくれるのは椎名さんが利用者の間で信頼されているからだろう。

 俺は椎名さんと目が合うと片手をあげジェスチャーで『すいません』と謝る。

 それに対し椎名さんは『気にすんな』とウィンクして返す。かっこよすぎませんか。

 俺はカップを持ってきた利用者に潤滑油を注いでいく。

「あ、ちゃんと席に戻ってから飲んでくださいよ。それに三杯目あるか分からないですからね」

 利用者に注意をしながら配っていくと、やかんの中はあっと言う間になくなり、あれだけ重かったものが空になる。

「はい、ということでもうお茶終了でーす」

 やかんをカウンターに戻し厨房の担当にお礼を言う。

 三杯目のおかわりの期待していた人たちからはブーイングが飛んできたがまぁまぁ、とやんわり抑えてもらう。

 カウンター近くのテーブルで桂木さんが辻井さんのを見ていてくれたので様子を聞く。

「辻井さんどうですか?」

「んー見ての通り、って感じだねえ」

 テーブルを見ると袋を開けてわずかばかり食べられたお菓子と潤滑油が半分程。

「声掛けても『もう大丈夫だよ』としか言わないしこっちは明日に回すようかねえ。桐須君明日もいる?」

「居ますね」

「じゃあ明日のおやつもこれあげて。数日中の内に食べきってもらおう」

「了解です。記録は……」

「あぁ。おやつの分は俺打っとくからそれ以前の分は頼んでいい?」

「分かりました」

 援助記録を開き、辻井さんの欄に起床から朝食までの記録を入力する。

「こっちはOKです」

「サンキュ。んじゃ残りは……っと」

 そう言いながら桂木さんはホロキーボードをタイプしおやつの時間の記録を入力する。

「しかしあれだねえ」

「なんですか?」

 桂木さんは俺に向かったわけではないのだろう。どこか遠くを見て言う。

「こうして段々弱っていく利用者を見るってのは……職員としてなんだか歯痒いね」

 その言葉に俺は何と返せばいいのか分からなかった。

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