その十 売店~販売待機中の一コマ~

 テーブルを並び替え、お菓子の入ったコンテナが並んだ食堂は商店のように見えなくもなかった。

 食堂から離れたデイルームには、利用者、職員が待機している。

「それでは今から皆さんに売店のグループ表送りますからねー。文句があっても我慢してくだいよー?」

 書類関係が落ち着いたのか桂木さんが声を掛け、恐らくAR表示された仮想デスクトップを操作し、最後にスワイプする。

 それからすぐに、俺の付けているAR眼鏡に一件の新着メールが届く。

 そこには利用者を10人ずつ、A~Eの5グループに分けた表と、買い物をする際に付き添いが必要な人のリストが示されている。

 俺は―――なんだか今日一日、付き添っている気がするのだが最後のEグループで辻井さんの担当となっていた。

 デイルームから食堂までの道のりは廊下を歩いて数十メートル、といったところで、買い物が終わった利用者はぐるりと一周してまた食堂からデイルームへ戻ってくることになっている。

『あ、あー椎名でーす。こっち準備出来ましたよー』

 食堂にいる椎名さんから通信が入る。それを聞いた桂木さんは怠そうな、いつものような抑揚のない声で言う。

「はーいじゃあAグループの人ー、俺に着いてきてくださーい。……って山崎さん、あなたはAグループじゃなくてCグループですからね。順番になったら声掛けますから」

 ……順番を勘違いしたのは聴覚センサーが古くなって久しい山崎さんだ。何かあると自分が一番に動きたがる方なので、こういった行事の際には注意が必要な方である。

「オイ山崎ぃ」

 金本さんが山崎さんに苛ついた声を上げる。

「俺らだって順番守ってんだからお前ぇも順番守れよ」

 ……ちょっと良くない雰囲気だ。一人が非のある人物を責めると、集団というのは同調してその人を責め立てやすい。

 金本さんと山崎さんの周囲がざわつく。現在職員の配置は食堂に椎名さん、そこに行くまでの移動に桂木さん。つまりデイルームに残っているのは俺一人ということになる。

「まぁまぁ」

 俺は覚悟を決める意味でもため息を一つ吐くと、よし、と自分に言い聞かせて仲裁に入る。

「金本さん落ち着いてください。山崎さんも悪気があってやったワケじゃないですから。ね?」

 山崎さんの方を見る。

「でもまーくんよぅ」

 目を伏せて黙りこくる山崎さんに対し、金本さんは食い付くような勢いで喋る。

「こいつ耳が悪いって言っても順番はデータで送られてくんだからそっち見りゃ間違えねぇんじゃねぇの?」

 ……なるほど。そう来たか。確かにそう言われるとそうなのだが。

 俺は脳をフル回転させこれに対する反論を考える。

 あ。あー、思い付いたけどこれは……ちょっと苦しい、かなぁ……?

「あ、ほら。Aグループの表、見てくださいよ」

「あん?」

 金本さんが先ほど送られてきた表に目をやる。

「これが今回のグループ分けですよね?」

「だから何だよ?」

 確認するような俺の声掛けに金本さんの語気が荒くなる。

「で、こっちが前回のグループ分けです」

 俺は仮想デスクトップから、フォルダー内に入っているファイルを引っ張り出し表示する。

「ほら、前回山崎さんはAグループだったでしょ?だから今回もそうなのかと勘違いしたのかもしれないですよ?」

 我ながら苦しい言い訳だとは思ったが、金本さんは怒りのピークが収まってきたのか舌打ちを一度する。

「仕方ねぇな……。今回はまーくんの顔立てて勘弁してやるよ」

「そうしてもらえると助かります」

 苦笑して金本さんに返す。

「でもまた同じようなことあったら俺何すっか分かんねぇからな。よく言っといてくれよ」

「了解です」

 ふぅ、と内心胸を撫でおろす。

「……ありがとう」

 ぽそ、と呟くように山崎さんが言う。

「いえいえ、ただちょっとお話聞かせてくださいね」

 俺はそう言うと、デイルームの隅、車椅子に乗った辻井さんの近くまで山崎さんを誘導する。

「山崎さん気を付けてくださいね。お目当ての商品があるか気になるか見に行きたい、っていうだけでも順番守ってもらわないと今日みたいなことになっちゃいますよ」

「うん」

 申し訳さなそうに項垂れて山崎さんは小声で言う。

 まあ、つまりそういうことだ。

 これは以前、他の職員に聞いた話なのだがこの山崎さんは聴覚センサーの異常の他にも、一部の感情制御部分にも欠損が見られるらしい。

 つまり、ことがあるそうだ。

 今回もそれが原因で―――お気に入りのお菓子が入荷されているか確かめたいだけで、買い物の順番自体は守るつもりだった、のだろう。恐らくは。

「一応、グループの順番とか作ってる桂木さんに順番早めに出来ないか相談してみますから。勝手に動いちゃ駄目ですよ」

 どこまで聞き取れているのか分からなかったが、山崎さんはこくりと頷く。

「はい、じゃあ俺からお話は終わりです。もうしばらくお待ちくださいね」

 山崎さんは肩を落としたまま、デイルームの隅に置かれた椅子に座る。

 気の毒だが、これで落ち着いてくれると良いのだが。

「全く、困っちゃうよね」

 辻井さんの方を見ながら呟く。

 彼女は俺と目が合うと、にっこりと笑うだけだった。

 

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