その九 午前中の日課~売店の準備~

 辻井さんに居室で待機してもらい、俺は椎名さんと合流する。

「じゃあ売店の準備しよっか」

「ですね」

 売店、というのは施設と契約している地元の商店が月に一度来所し、利用者を対象しお菓子等の売買をする日課のことだ。

 施設内には職員に話せば自分で外出をして自由に買い物に行く者もいれば、辻井さんのように自分で買い物が出来ない者もいる。

 施設の日課にはおやつの時間があるため、そこで食べるものを利用者の自由意志で購入する、というのが一応理由であり、実際売店を楽しみにしている利用者は多い。

 準備、というのはコンテナに入れられたお菓子を利用者が取りやすいように、食堂に置かれたテーブルを並べ替えたり、実際業者が来た際にコンテナの搬入を行う、というものである。

 流石にこれは職員二人だけだと時間に間に合わないため、こう言っては何だが―――能力の高い利用者に声を掛けて手伝ってもらうことが多い。

 金本さん等がその対象だ。もっとも彼の場合、冗談なのか『手伝ってやったんだから順番早くしてくんねえか?』などと要求してくることがあるのが割と困りものなのだが。

 買い物をする際には一度に食堂に全員が入るとぶつかったりしてしまうため、ある程度の人数でグループ分けをして食堂に入ってもらうことになっている。

 ただそうなるとよく売れるお菓子等は序盤に捌けてしまい、後半に回された利用者がお目当ての商品を買えなくてクレームを入れてくるという問題がしばしば起こる。

 こちらで事情を説明したり、『じゃあ次回は最初の方に回しますから』と説明して納得してくれる人も居れば、怒りが収まらず―――周りに当たり散らして他の利用者が不穏な状態に陥ったりすることがある。

「んー机、こっちの列寄せすぎじゃん?」

「あっそうですね」

「金本さーん、ちょっと手伝ってくんなーい?」

「あいよー」

 椎名さんと金本さんが声を掛け合いながら机をなるべく均等感覚にくっつける。

 テーブル同士をくっつけ、一列に並べるのを三か所に並べると事務所から連絡が入る。

「はい、桐須です」

『売店の方お見えになりました』

「分かりました。すぐ行きます」

 通話を切り、椎名さんに声を掛ける。

「売店来たそうなので俺対応してきます」

「げっ、もう来たの?この前は時間より遅れて来たくせに……」

 ぶつぶつと文句を零す椎名さんに苦笑いを返して、施設の玄関へ向かう。

「こんにちはー」

 売店の業者———機械生命体アンドロイドの方が帽子を取り挨拶をする。

 バイザータイプの奥にモノアイカメラを搭載した、流線型を帯びた比較的若いデザインの方だ。

「こんにちは。今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ」

 互いに業務的な挨拶を交わすと、『じゃあ始めましょうか』と機械生命体アンドロイドの業者が声を掛けてくるので『はい』と返す。

 彼が運転してきた軽トラにはお菓子―――と言っても機械生命体アンドロイド用なので人間ヒューマンの俺から見たら機械の袋詰めにしか見えないのだが。

 それらが積まれたコンテナを軽々と持ち上げると玄関に置いていく。一度全ての荷物を玄関へ降ろし、そこから食堂まで運ぶ、というのが流れになる。

「あ、そっちスチールだから気を付けてくださいね。お兄さん人間ヒューマンでしょ?こっちのアルミの方が軽いからそっち頼んでもいいですか?」

「あ、はい。お気遣いありがとうございます」

「いえいえ。腰痛めちゃお互い仕事になりませんからね」

 一応強化外骨格パワードスーツを着てはいるので大丈夫だとは思うのだが、親切で言ってくれているのでお言葉に甘えることにする。

 ふたりで積み荷を降ろしていると、椎名さんから連絡が入る。

「桐須くんそっちどーお?こっちは準備終わったよ」

「あ、お疲れ様です。こっちはもう少し掛かりそうです」

「りょーかい。じゃあ援軍送るね。鈴木さーーーん!ちょっと玄関行って手伝って……え、今日は腰が痛い?この前油差して良くなったってめっちゃ張り切ってたじゃん!めんどくさいだけでしょ!?……うん。ありがと!たすかるわー。よっ男前!あっ、ということで鈴木さんがそっち行くからよろしくねー」

 ……なんか今結構強引な交渉術が展開されていた気がするのだが。

 程なくして、鈴木さんという、ごつい、元建設作業員の機械生命体アンドロイドが玄関に来る。

「鈴木さんごめんね。こっちのスチールのおやつ、食堂まで運んでもらっていい?」

「……おう」

 鈴木さんは不愛想にそう言うと、重さ数十キロになるであろうコンテナを、三つほど重ねると軽々と持ち上げて歩いていく。

「……いやー。パワフルですな」

「……ですね」

 俺と業者の方は、その様子を唖然としながら見送った。


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