不自由な男

とある田舎の山道を、一台の護送車が走っていた。


護送車の後ろに乗っているのは、刑務官が一人と、囚人が二人。


この二人の囚人は共に、共謀して反政府活動を実行、大勢の重傷者を出し、車に乗って逃走するもすぐに包囲され、そのまま拘束されてしまった。


取り調べや弁護士との面会時にも、二人揃って最後まで黙秘を貫いた。


裁判所でも黙り通した二人に下された判決は有罪。


刑罰は「あらゆる権利を剥奪される刑」であった。


何時間程山道に揺られていたか、ようやく護送車がどこかに停車した。


二人の囚人は刑務官に降りるよう促されると、抵抗もせず、すんなりと降車した。


車を降りた二人の目の前に現れたのは、まるで映画で見る洋館のような、大きな建物であった。


困惑を隠せない二人に早く行けと刑務官が急かす。


状況を飲み込めないまま二人は扉の前まで歩く。


二人が扉の前まで行くと、刑務官が一言、止まれ、と言った。


刑務官が二人の元へ歩を進める。


すると、


カチャン.....カチャン.....。


と、二人の手錠を外してしまった。


刑務官が口を開く。


「ここから先は一人づつだ。一人が入り、ドアが閉まったのを確認したら残りのもう一人も入れ。」


二人は、何がなにやら、と言った様子でお互い目を見合った。


そして、一拍おくと片方の囚人が手を挙げ、「私が先に入ります」と言った。


刑務官はそれを確認しドアノブに手をかける。


ゴクリ、と唾を飲み込む刑務官に、囚人の二人は何か不吉なものを感じた。


ガチャ.......


ドアが開く。


二人は中を覗き込むが、電気が止まっており窓に木が打ち付けられている為か、真っ暗で何も見えなかった。


刑務官は一言「入れ」と言った。


初めに手を挙げた囚人は気味の悪さを振り払い、館の中へと歩を進めた。

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刑務官は初めに手を挙げた男が中に入ったのを確認すると、ゆっくりと扉を閉めた。


そしてまた、ガチャ...と扉を開け、残る囚人に入るよう促した。


残された囚人は、この奇妙な刑罰に、冷や汗を垂らしていた。


重い足を運び、その囚人も扉の中へと入った。


二人の囚人の後ろから、ガチャリ...と扉の閉まる音が聞こえた。

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先に入った囚人は、辺りの眩しさに驚いていた。


外から見た時は一寸先も見えぬ闇であったにもかかわらず、中に入った途端、まるで王宮のようなきらびやかな装飾に照らされた。


後に入った囚人は、外観との余りの差に驚いていた。


外から見た時は、まるでホラー映画にでも出てくるような気味の悪い洋館だったのが、一歩中へ入ると、まさに刑務所そのもののような場所が広がっていた。

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先に入った囚人の元に宙を浮くロボットが現れ、その囚人に向けた音声を流し始めた。


「ようこそ、ご主人様。ここでは、お好きなお名前をお名乗り下さい。貴方は、ありとあらゆる才能と技術に溢れ、巨万の富を築きあげた男に意識を転送されました。ここでは、何を成そうとも、何を求めても、全てに手が届きます。説明は以上です。それでは、ご自由に。」

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後に入った囚人の元に宙を浮くロボットが現れ、その囚人に向けた音声を流し始めた。


「午後一時、囚人の到着を確認。お前は今日から、囚人番号九番だ。お前は、自分一人だけしかいない刑務所で暮らす囚人に意識を転送された。何を成そうとしても、何を求めても、その全てに手は届かない。説明は以上だ。ついてこい。」


そうして二人の囚人の、永く続く懲役生活が始まった。

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先に入った囚人は、本当に何にでも手が届くのかと思い、近くに居たロボットに食事の手配を頼んだ。


頼んだものは好物ばかり。高級料理や非常に調理の難しいものまでメニューを細かく指定した。


ロボットは「かしこまりました。それでは、お好きな席でお待ち下さい。」と言うと、どこかへと去っていった。


男は適当に食事の出来そうな部屋を探すと、一番大きな椅子に腰掛けた。


すると、間もなくしてその部屋の扉が開き、数体のロボットが入ってくると、男の席の机に、次々と料理を置いた。


囚人はとても驚いた。


そこに置かれたのは、男の要求と寸分違わぬ品々だった。


彼はすぐさまナイフとフォークを掴むと、あっという間にその食事を平らげてしまった。


ロボットを呼び出し、食後のコーヒーを頼むと、囚人はふと、疑問が浮かんだ。


(あの刑務官が扉を開けた時の様子は一体何だったのだ...。これが刑罰だと言うのか...?)

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後に入った囚人は、ロボットに案内されるがまま、後をついて行った。


しばらく歩くと、牢のいくつも並んだ部屋に付き、看守らしきロボットがそのうちの一つの鍵を開け、囚人に中へ入るよう促した。


囚人が中へ入ると、看守は牢に鍵をかけて囚人に言った。


「囚人番号九番。ここが、お前の独房だ。刑務作業、自由時間等その他を除き、こちらから指示がない限りお前はここで暮らすことになる。」


「起床時間は午前五時、消灯時間は午後9時だ。食事は一日に二度、朝食と夕食がこの部屋まで配膳される。」


「刑務作業内容等に置いては、後で別の看守が来る。案内が終わったら、午後六時に夕食、午後九時に消灯とする。」


「説明は以上だ。問題を起こさぬように。」


看守がそう言い終えると、どこかへと去っていった。


囚人は房内の椅子に腰を掛け、一人考えを巡らせた。


(これが"あらゆる権利を剥奪される刑"だと...?看守がロボットだと言うこと以外、ただの刑務所のように思える...。これでは、懲役刑と何も変わらないではないか...。)

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富豪に意識を転送された男は、今まで、自身の恵まれない境遇のため出来なかった、様々な事を試してみた。


子供の頃、兄に教わっていたピアノや、過去に1度だけ興味を持った絵画の作成など。


すると驚いた事に、ピアノを弾けば、指が鍵盤に吸い付く様に動き、頭の中には鮮烈なメロディーが流れそれをそのまま形に出来た。


絵を描こうとすれば、これ以上ない程芸術的な風景が頭に浮かび、まるで写真の様に正確に描き表す事が出来た。


彼は大いに感動し、次々と新しい事に手をつけていった。

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囚人へと意識を転送された男は、ただひたすらに囚人としての責務を全うしていた。


刑務作業になれば手を動かし、自由行動になれば体を動かし、消灯時間になれば眠りについた。


しかし男はそんな生活を続けているうちに、"どうせ出所も何も無いのなら、ここで何をしてもいいのではないか"と思うようになった。


男は、様々な事を試してみた。


全ての指示を無視してみせたり、夜中に無断で鍵を盗んで房の外に出てみたりした。


しかし、ロボットの看守達は事務的な態度を一切崩すことなく、その全てに対処した。


指示を無視して刑務作業を始めなければ、作業を始めるように促す音声が延々と流れ、夜中に房の外で囚人を発見しても、腕を掴んで強引に房まで戻すとその後は一切お咎めなしと言った具合だった。


彼はとてもつまらなく思いながらも、"どうせ何をしても咎められぬのなら、思いつく限りの事をやってやろう"と思い、刑務所内で次々と新たな行動を起こしていった。

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富豪に意識を転送された男は、思いつく限り、善行から悪行、楽器、絵画、料理、勉学、スポーツと、ありとあらゆる事を実行に移した。


囚人に意識を転送された男もまた、思いつく限り、脱走、賄賂、暴行、罪を問われるものから、子供のいたずらの様な事まで、ありとあらゆる事を実行に移した。


流れる様に時が過ぎ、三ヶ月が経った頃だった。


囚人に意識を転送された男は、精神的にもう限界だった。


同じ機械音が毎日繰り返され、人との会話は一切無く、看守達は褒めもしなければ、刑罰を与えてくれさえしない。


正気を失うのも、もはや時間の問題だった。


富豪に意識を転送された男もまた、精神的に限界だった。


自らが望むだけで、好きな食事も手配され、世界有数のコレクションも手に入り、好みの女すら集まってくれる。


勉学、芸術、スポーツに励めば、その全てで歴史を塗り替える程の結果が出せる。


絡まったコードを直す事にすら、苦労出来ない日々が続いていた。

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そうする内に、半年が経った。


二人の囚人の目からは、すでに光が消えていた。


辛うじて物を考えられるものの、内心はもはや発狂状態であった。


そして更に、一年が過ぎた。


二人は、正気を失っていた。


何かを考える事すら出来なくなり、意識はすでに、遥か遠くに旅立っていた。


そして、どれほど過ぎた辺りの事か。


富豪に意識を移された男は日記に、


囚人に意識を移された男は房の壁に、


同じ言葉を、書きなぐった。




「私は、世界一不自由な存在だ」




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世界劇場〜短編集〜 辻 長洋(つじ おさひろ) @tsujifude-shihan

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