ある日の帰り道

ある日の昼下がり。


少女は下駄箱から靴を取り出し、上履きを履き替えて校門へ向かった。


校門前には、近所に住んでいる九つ年上の青年が立っている。


少女には、帰り道が同じな友達が居なかった。


それに加え、普段は近頃の物騒を不安に思った母が、毎日迎えに来ていた。


しかしその日は、どうしても外せない用事があるといい、近所で良く少女と遊んでくれるその青年に迎えを頼んだのだ。


「あっ、お兄ちゃん、もう来てたんだ。」


「ああ。ちょうど13分前に着いたところだ。」


「何が丁度なのかよく分からないけど...。」


二人は、家へ向かって歩き始めた。

────────────────────

歩き始めて、しばらくの無言。


先に沈黙を破ったのは、少女だった。


「ねえねえお兄ちゃん。」


青年は、いつも通りの仏頂面で前を向いたまま答えた。


「どうした。」


「戦争ってなんで起こるの?」


「そうだな。」


「お前、クラスにいじめっ子って居るか?」


「え、うん。居るよ。」


「そいつに食い物とか取られた事あるか?」


「うん。」


「そういう事だ。」


「.........。」


「え?どういう事?」


「行動原理はそのいじめっ子と同じだ。誰かが他の誰かの物を欲する。それを無理やり奪おうとするから、奪われそうになった奴は抵抗する。そこで争いが起こる。」


「あぁ〜...」


「え、でも、戦争って人がいっぱい死んじゃうんでしょ?人の物を取って豊かになっても、その国に住む人達が幸せになれなかったら意味無くない?」


「ああ、至極その通りだ。」


「...じゃあなんで戦争するの?バカみたいじゃん。」


「バカだからな。」


「...国ってそんなにバカばっかりなの?」


「ああ。何せどいつもこいつも先祖が猿だぞ。」


「それは...あんまり関係ない気がするけど...。」

────────────────────

「ねえねえ、あのさ。」


「なんだ。」


「人ってさ、なんで死ぬの?」


「生物だからな。」


「じゃあ、生物はなんで死ぬの?」


「命があるからな。」


「どういうこと?命があるから死ぬの?」


「小銭みたいなもんだ。表があると自動的に裏も存在するだろ。」


「そっか、命がなければ死なないもんね。」


「そういう事だ。」


「じゃあゾンビが死なないのもそういう事?」


「そうだな。」


「...あ!でも、映画のゾンビは頭を撃ったら生き返らなくなるよね。あれはなんでだろ?」


「あれは本当は生きてるが、話の都合上死んだフリをしてくれているだけだ。」


「そっか...。ゾンビも色々大変なんだねー...。」

────────────────────

「あ、そういえばさ、昨日テレビで大人の人達が集まって喋っててさ、なんかメガネの男の人がね、世の中綺麗事じゃ生きていけないんですよ!って言ってたんだけど、あれどういう意味?綺麗事だけじゃ生きていけないってどういう事?」


「自分の中の綺麗事を突き通す力が足りなかったやつが、それを社会のせいにする時に使う言葉だ。」


「んー...?」


「お前は食い物を盗まなきゃ飯が食えない状況にあったとき、盗みを働くか?」


「うーん...どうだろ...。実際そうなったら分からないけど...多分...しないと思う...。」


「まあ実際どうするかはどっちでもいいんだ。」


「ただ、そこで盗みを働くやつには、盗むのをなんとも思わないサイコ野郎を除いて二種類のタイプがいる。」


「はぁ。」


「プライドも何もかも棄てて、罪悪感を背負ってでも生きることを選んだやつと、」


「うん。」


「世の中は綺麗事じゃ生きていけないとか言って、自分が盗みを働く事を心の中で正当化しようとするやつだ。」


「さっき言ってた、社会のせいにしてるってやつ?」


「ああ。罪を背負う事を嫌がり、信念を通して死ぬ事も嫌がり、結果罪悪感を有耶無耶にする為社会に責任をなすりつけてるわけだな。」


「...なんか凄い言うけど、昔何かあったの...?」


「そんなわけないだろう。思い付いた事を喋っただけだ。」


「ああそう...。そのわりにはやたら実感こもってる感じしたけど...。」


「じゃあ、お兄ちゃんの意見からするに、綺麗事じゃ生きていけないって言う人は、いわゆる...自分をすぐ正当化する人って事?」


「まあ、偏って言えばそういう事だ。だが、全ての人がそうなわけでは無いぞ。生きていけないではなく、生きづらい、なら正しいからな。実際綺麗事を通そうとすると波が立つ。」


「だから綺麗事じゃ生きていけないと言ってる人間に出会っても、決して小物だの思慮が浅いだの人生の経験不足が過ぎるだの思っちゃいかんぞ。」


「別にそこまで言ってないけど...。」


「...........。」


「...........。」


「...やっぱり、昔なんかあった...?」


「...断じて無い。」


「ああそう...。まあ.....うん...。」

────────────────────

家が見えてくる。


「あ、もう着いちゃった。まだ色々話したかったのにー...。」


「また今度な。」


「また迎えに来てくれる?」


「暇だったらな。」


「お兄ちゃんいつも暇そうじゃん。」


「寄り道しないで帰るんだぞ。」


「いやなんで無視す...てか家まで10メートルぐらいしかないけど...。」


「じゃあな。」


「あ、うん!送ってくれてありがとね。ばいばい。」


青年が帰ろうと踏み出そうとした時、ピタリと立ち止まり言った。


「ああ、あと...」


「...今日言った話、7割ぐらい適当に喋ったから他で言うなよ。」



「...........。」



「...別れ際に凄いどんでん返しするね...。」




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