世界劇場〜短編集〜

辻 長洋(つじ おさひろ)

バーでの出会い

夜、都内のとあるバーに、ある1人の男が居た。


しかし、その店に入ってきた常連でない客は皆、その男を見ると距離を離したがるのだ。


人から距離を取りたくなる理由は人によって様々だろう、雰囲気が暗いからだとか、怖そうだからだとか。


だが、客達が彼から距離を取りたくなるのには、その見た目に理由があった。


その男は、黒い上着にフードを深く被り、決して手袋を外さず、更には、目の部分が青く光る黒い仮面を付けている。


時々店主と若々しい声で言葉を交わすその男は、周りから見ると非常に紳士的で、どこか寂しさが漂っているのだ。


その店の店主や常連はすっかりそんな奇妙な状況に慣れてしまっている。



今夜もそんな奇妙な空気に身を包みながら、その男は何事も無いかのように飲み物を飲んでいた。



カランカラン...



女性が1人、店に入ってきた。


杖のようなものを付きながら慎重に歩き、カウンターの、仮面の男の左どなりの席に着く。


「何かおすすめを下さい」


女性は落ち着いた声で言う。


店主は、「かしこまりました。」とその店1番人気の飲み物を作り、いれ始める。


女性は、飲み物をいれる音を聴いて待っている。


そんな中、仮面の男はその女性に興味を惹かれていた。


いつもは皆、自分の姿を見ると距離を取りたがる。


なのに、この女性は距離を取るどころか、自分の隣の席に座ってきたのだ。


仮面の男はその女性の事が気になり、声を掛けてみることにした。


「こんばんは」


その声を聞いた女性は、少し驚いた様な反応を見せ、音のする方へと首を向けた。


「あなたは不思議な人ですね。僕の姿を見てもまるで気味悪がらない。」


すると女性は言った。


「あなたはそんなに気味の悪い見た目をしているの?」


予想外の質問に、彼はますます興味を惹かれた。


「この姿を見られると、よく人から、変人だと言われます。僕自身見た目を見ればそうは思いますが...。」


「そう思うのなら、治せばいいじゃない。何か治せない事情でも?」


仮面の男は溜息を付きながら言った。


「体質、なんでしょうかね。生まれつきの病気みたいなものです。」


と言うと、女性が言った


「なんと言う病気なのか、聞いてもいいかしら?」


男は前を向き、どこか悲しげにこう言った。



「透明人間、ですよ。」



女性は驚く。



「透明人間ですって?」


仮面の男は女性の反応を予想していたように話を続ける。


「僕は生まれた時から姿が見えなくてね、両親も酷く怯えたそうです。」


「物心ついた頃から施設で育ちましてね、毎日毎日よく分からない実験を受けてたんです。」


女性は言った。


「それじゃあ、あなたは今姿が見えないのね?」


「ええ。隣に居る人間が透明人間だなんて、気味が悪いでしょうが...。」


すると仮面の男は、空気を断ち切るように女性に質問をした。


「次はあなたの事を教えてくれませんか?」


女性は、少し考え、口を開く。


「そうね。あなたは自分が病気だと言ったけれど、実は私も病気なの。」


仮面の男は少し驚く


「そうなんですか?」


女性は続ける。


「私の病気は...そうね。ある意味、あなたとは逆なのかもしれない。」


すると女性は一呼吸置いてこう言った。



「私、目が見えないの。」



仮面の男はそれを聞き、驚きと、自分に似た境遇の人間出会えた事の嬉しさが、心の中で入り交じっていた。



2人はその後も会話を続けた。



あっという間に時間が経ってしまった。


「私、そろそろ帰るわね。」


女性はマスターに声をかけ、財布を取り出す。


それを見た男は、少し慌てたように声をかける。


「いや、待って下さい。今日の勘定は僕が払いますよ。」


女性は言う。


「そんな、悪いわ」


男は女性に、色々な感情を伝える為に、楽しそうに口を開く。



「僕は今日、人生で最も楽しい夜を過ごした」


「誰にも姿を見られない人生を送ってきたが、今日初めて、ちゃんと見てもらえた気がするんです」


そう言うと男は、手際よく財布を取り出すと、マスター、とその女性の分の勘定を済ませる。


しばらくして、女性が口を開いた。


「そう...。私も、凄く楽しかったわ」


「あなたとは違うかもしれないけれど、皆私が目が見えないというだけで特別扱いするの」


「もちろん仕方が無い事なのは分かってる。だけど...」


女性は、少し間を置いて言った。



「今日だけは、普通の人になった様で、とても楽しかったわ」



女性が席を立つと、男が少し慌てたように女性の手を掴んだ。


女性は少し驚いていた。


男は言う。


「何か、お礼がしたい。会話のお礼なんておかしいですが...」


そして女性は言う。


「お礼なんて要らないわ」


「特殊な人として扱われてきた私と、普通の人のように話してくれた」


「それだけで十分よ」


女性はドアの方までゆっくりと歩いていく。


男は少し動きが止まっていたが、すぐにその女性に近寄り、どうぞ、と肩を貸した。


店の外まで送ると、女性はその男に言った。


「あなたは今まで誰にも見られず苦労してきて...」


「私は、誰の事も見えず苦労してきたのね」


女性は冗談っぽく言う。


男は少し笑い、女性に言う。



「誰にも見られなかった僕の事を初めて見てくれたのが目の見えない女性だとは、不思議なものですね。」



すると女性は笑い、こう言った。



「私の世界じゃ、皆透明人間なのよ。」


──────────────────


夜、都内のとあるバーに、ある1人の男が居た。


皆その男を見ると距離を取りたがる。


時々店主と若々しい声で言葉を交わすその男は、周りから見るととても紳士的で、どこか楽しげな空気が漂っていた。










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