塗り固める……お題『嘘』

 私とカノンは、いつであったのかよく覚えてない。

 カノンっていうその子は、出会った直後からとってもきれいな子だった。

「よろしくね!」

 快活に笑うその表情は、私の癒し。そして、いつしか恋の種へと変わっていった。

 

 カノンは、とても裕福な家に生まれた、私と大違い。

 家には所狭しと芸術品が並び、父は建設事業のナンバーツー。母は、世界的な画家だった。

 対して私は、生まれたときから父親がいない。母親も、五歳のときに倒れた。


 カノンは、孤児院で過ごす私によく遊びに来てくれた。

 美しいその金髪をなびかせて、私の名前を何度も呼んでいた。


 どこであったんだっけ……。なぜかそこだけ思い出せない。

 私たちは、なぜか同じ学校で過ごした。カノンの家ならもっと高級なところに行ってもいいはずだった。本人から聞くと、どうも教育の方針というらしい。小さい私にはわからなかった。


 カノンは、毎日私に話しかけてきた。最初の頃は、私なんかが金持ちの子供と分かり合えるはずもない、と思って適当にあしらっていた。

 でも、それにもかかわらず熱心に私のことを聞きまわるカノンに、次第に心が傾いていく。


 いつからか、私たちは立場の違う大の親友になっていた。もっとも、今は友達で止まっているのか分からないけど。

 それからずっと一緒。

 私たちはいつも言葉を交わす。

 私たちは混じりけのない清らかな言葉を。


 話す。

 汚濁のない言葉を。


 いま私は二十二。

 カノンもそうだ。そろそろ来るかと思っていた。カノンは、結婚することになったらしい。

 家の方針もあるだろう。カノンは、いつも通りの清らかな笑みで私に語り掛けたんだ。


 でも、少し気が休まらなかった。

 どうしよう。


 私のこの気持ち、本人は困るだろうけど伝えたほうがいいに決まっている。

 わたしはどくどく流れる血を感じながら、意を決してカノンの家に向かった。

 心臓が痛い。

 内臓が苦しい。


 私は、カノンと鉢合わせた。

「あれ? こんな時間にどうしたの?」

「いや、その。用事があって」

「用事って?」

「えっと、貴方に伝えなきゃならないこと」

「伝えなきゃならないことって?」

「その、大事なこと」

「大事なことって?」

「貴方が……好き……です」


 言ってしまったけど、後悔はしてなかった。

 私は玉砕する。

 そう思っていた。


「そう、私も」


 体が浮いた。

 そんな感じがした。

 私も……?

 カノンは結婚するんじゃ?


「嘘……じゃないよね?」

「ええ、貴方を好きなのは本当。でも結婚するのは嘘」

「へ?」

「父の事業は8年前に潰れてるし、母親は5年前に病で死んだの。だから、今の私はすっからかんってわけ」

「え、ええ……」


 じゃあ、ここ数年の家の自慢話は全部嘘だったってこと?


「でも、貴方が来てくれて嬉しい! お金持ちを演じるのは大変だったけど、貧乏人とお金持ちの恋愛譚って、なんかロマンチックでしょう?」

「そうなの、かな?」

「だから、貴方を手に入れるために、大枚をはたいた!」

 目を見開いたカノンが告げる。なにかおかしい。

「でもね。もうお金がないの」

「本当に?」

「ええ、嘘じゃない。今度こそ本当。お金がないからなんでもしなきゃね」

「え、でも」

「大丈夫! だって、『私を大好きなあなたなら、一緒に再起を図ってくれるでしょ?』」

「え、えと。それは」

 なにかまずい。そんな予感がした。逃げなきゃ。そんな予感がした。

「大丈夫! ちょっと汚い商売をして、物を盗んで、体を売ればお金なんてすぐに手に入る! でも、私だけじゃ無理なの! 私には貴方が必要なの!」

「まってよ! そんなのあなたの父親が許すはず」

「ああ、殺した」

 まって、今なんて。無表情に彼女は言った。

「お父様、事業がつぶれたくせして結婚しろ結婚しろってうるさいの。貴方との付き合いを切り出したら怒っちゃったから、殺したわ」

「ひぇ」

 喉の奥から恐怖で息がこぼれた。だめだ。


 狂ってる。


「さあ、一緒にどん底から這い上がりましょ! 私とあなたならどこだって行ける!」

 私は体を後ろに倒して、一目散に逃げだす。

「ちょっとまってよ! 私のことが好きなんでしょ!? 私もあなたが大好き!」

「ちがう、ちがうの!」

「え、嘘ついたの!? 私に嘘ついたの!? 好きだってのは嘘だったの!?」


 だめだ。足が……もた……ない。


 ドス。背中に鈍い痛みが走る。

 すぐにそれは激痛へと変わった。立ち上がれない。


「うううううううう、……私に、嘘ついたの……ねぇ」

 背中から冷たくなっていくのが分かる。手が真っ赤に染まる。

 とんでもない。嘘をつかれたのは私だ。



 こんなに狂った人間だなんて、騙された。

 このカノンは、私を手に入れるためだけに小さいころから嘘をついてたんだ。

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