冒険(仮題)

インコの王様

冒険(仮題)

みぃんみぃん。

鳴いたセミの声が青空に吸い込まれていく。

真夏の炎天下に、額の汗が伝う。

山道を越えて、虫網片手に少年はゆく。

青々と茂る草むらをかき分けていく。

トノサマバッタがぴょんと跳ねて、遠くまで飛んでいく。

そのカッコよさに胸を打たれ追いかける。けれど、トノサマは見つからない。

どこに行ったんだろう。きょろきょろと見渡しても、やっぱりどこにも見つからない。

少年はがっかりした気持ちになる。虫網を握る力も弱くなる。

すっと目の前を小さな走り屋が通り過ぎる。

黄色と黒のストライブ。翡翠の瞳のオニヤンマ。

少年はせっせと追いかける。

けれど地元最速は伊達じゃない。ぶんぶん網を振り回しても、背中に目でもついているよう。


やがて、少年は疲れてへたり込む。


かなかなかなかな、セミ達が終日を告げる。

夕暮れに似合うその歌は、心を少ししょんぼりさせる。さびしいけれど嫌いじゃない。


お母さんが待っている、もう帰らなくちゃ。


オレンジ色の山道降る。セミ達の声が降り注ぐ。

脇に流れるせせらぎがキラキラと煌めいた。


バシャッと水の跳ねる音がした。


少年は不意に横を向く。


川辺にいたのは真っ白な鹿。とっても大きくて、ぐるんと逆巻く角が最高にカッコいい。

それは軽やかなステップで山奥へと消えていく。


少年はどきどきしながら見送った。


早く家に帰って、このことを話さなきゃ。


頬を緩ませて、スキップ気味に走り出す。

その足跡は冒険の跡。

誰もが残し、あったことも忘れてしまう。少年時代の落とし物。

儚くて、大切な、奇跡の日常だった。

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