七転八起、9デス10キル

名取

つまらない僕とおそろしい姪




 自分という男のつまらなさは、ちゃんと自覚している。


 多少勉強ができるだけで、あとは冗談もお世辞も言えない、ただの木偶の坊。それが僕。無個性、量産型人間。よくそんなあだ名をつけられる。面と向かって言われることすらある。向こうはきっといじってやっているつもりなのだろう。つまらない人間である僕を。

 でも僕はやはりつまらないから、いつも笑って流すことしかできない。


「おはよう、おじさん」


 ベッドで目を冷ましたら、見知らぬ少女が立っていた。ショートカットの髪にスイカのヘアピン。無表情ながらも、興味津々という風に少し目を輝かせてこちらを覗き込んでいる。20代前半の男というのは、少女にとっては物珍しい生き物なのかもしれない。

「君は……誰?」

「私、ユリハだよ」

「ユリハちゃんか。どうやってこの家に……というか、どうやって僕の部屋に?」

 ユリハと名乗る少女は、目線をドアの方に向ける。鍵をかけておいたはずのドアは綺麗に開いていた。そして近くには、ピッキングツールが置いてある。

 ああ、そうか、と僕は寝ぼけ眼をこすりながら思い出す。

 この子が、例の「」なのか。



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 2020年の夏休みの始まりは、例年よりも遅かった。



 世界的な感染症の流行で、大学の授業開始日が大きく後ろにずれた。そのため、必然的に8月のクソ暑い中にテストやらレポート提出やらがあり、別の意味で倒れそうになりながらも僕は前期の授業を無事終え、そして、お盆の墓参りをするために実家へと帰省した。

 毎年お盆には、親戚一同がうちに集まることになっている。


「秀平。あんたには今年、ユリハちゃんの子守を担当してもらうからね」


 昨日実家に到着した瞬間、仁王立ちの母にそう言われた。「お疲れ様」でも「心配してたのよ」でもなくだ。戸口に立つ母はひどく疲れ、苛立っていた。無理もない。連日テレビは不安を煽るニュースを流していたし、スーパーでもイかれた客のせいで色々な商品が売り切れになったり、外出も自粛しろと言われたり、それにただでさえ母は元々潔癖症のきらいがあったのだ。現在はパニックも収束したとはいえ、普通の人以上にストレスを感じていたであろう母の精神が、そう簡単に癒えるはずもない。

「ユリハちゃんって、陽平兄さんの娘だよね?」

「そうよ。あんた、幼稚園児時代を一度見た記憶しかないだろうけど、今は小学四年になってるらしいからね」

「へえ。でもなんで陽平兄さん、今年は帰ってくるの? いつもは来ないのに」

「さあ、知らないわよ」

 ぶっきらぼうに母は言う。

 母は昔から、明るくて頭のいい陽平兄さんが好きだった。多分僕よりもずっと。でも陽平兄さんは10年ほど前、母の反対を押し切って結婚して家を出てしまって、それ以来こんな感じだ。

 親戚は毎年4日ほどうちに泊まり、そして帰っていく。

 で、その間、僕は姪っ子の世話を頼まれたわけだ。


---


「で、ユリハちゃんは、どうやってうちまで来たの?」

「お父さんの車で。お母さんも一緒に」

「お父さんたちは今どこ?」

「おばあちゃんとお出かけに行った。山の方に涼みに行ったよ」

「そっか。それで、ピッキングして僕の部屋を開けた、と。その道具はどうしたの?」

「いつも持ち歩いてる」

「そっかぁ」

 それ以上聞くのは怖いのでやめておいた。

「ねえおじさん、私つまんない。ゲームしよ?」

「ゲームね。ちょっと待っててね」

 僕は自室のパソコンを立ち上げ、ソリティアの画面を出した。

「ちょっと着替えたりしてくるから、まずはこれで我慢してくれる?」

「わかった」

 物分かりの良い子に思えた。風変わりな子ではあるが、でもまあ、普通の部類だ。そう思い、僕は部屋を出た。

 だが身支度を終えて部屋に戻った時、なぜか少女は大きな独り言を言いながらFPSに熱中していた。


---


「ユリハちゃんはねぇ、バケモノなのよ」


 昨日の夕食の席で、母は独り言のようにそう言った。父は新聞を読みながら、だしをかけた冷やご飯を食べている。僕は尋ねた。

「バケモノって?」

「ほら、ゲーム脳っていうの? なんか、と思ってるらしくて。頭は良いらしいけど、ゲームが好きすぎて、度を超えてて不気味だって親戚の間じゃ専らの噂よ。きっと母親の遺伝ね。だって陽平はそんなこと全然なかったもの!」

 その日はそこから陽平兄さんの思い出話が30分ほど続いた。父はその間ずっと、冷やご飯をかきこんでいた。


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「一応、聞くけども。ユリハちゃん、今何して遊んでる?」

「ソリティア」

「そっかぁ」

 僕の知っているソリティアは、スナイパーライフルを使わない遊びだった気がするけどな。

「そういうゲーム、よくやるの?」

「ゲームなら何でも。FPSソリティアが今マイブームなの」

「そっか……」

 壁かけ時計を見ると、何やかんやでもう12時になりそうな時間だった。長期休みになるといつも昼まで寝てしまう。

「ユリハちゃん、お腹は空いてない? そうめんとか茹でようか」

「私は大丈夫」

 気づけば、姪はどこからか取り出した大豆バーを食べている。

「それで足りるの?」

「うん。朝と夜は家族で食べる決まりだけど、それ以外の時間は出来るだけゲームに回したいから」

「そっか」

 椅子を回して振り返ると、彼女は突然言った。

「おじさん、つまらないでしょ」

 その言葉に、言われ慣れているとはいえ、少しもぐさっと来なかったかといえば嘘になる。

「……まあ、僕は昔から、つまらない人間だってよく言われるよ」

 僕が苦笑すると、姪は少し面食らった顔になる。

「あ、いや……おじさんがつまらない人ってことじゃなくて。おじさんが今つまらないでしょって意味だよ。私ばっか遊んでるから」

「あ、ああ……そっちか」

「いつもはあんまり二人用のゲームはしないけど」

 そう言うと、姪っ子はバッグから二台のゲーム機を取り出した。自機そういうのがあるなら、最初からそれで遊べばいいのに。そう思いつつも一応「ありがとう」と1台受け取る。スロットには小学校卒業以降やらなくなって久しい、赤い帽子のキャラクターが主役のアクションゲームが入っていた。


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「やっりー! またオレの勝ち!」


 リザルト画面で誇らしげにトロフィーを掲げるのは、いつも陽平兄さんのアバターだった。そのすぐそばで、自分が操作していたかわいいキャラクターがしょげているのを見て、僕は申し訳なさに襲われる。でも僕如きが、頭脳でも器用さの面でも、兄にそう簡単に勝てるわけがない。

「おまえ、なんで悔しそうにしないの?」

 言われて、僕はぼんやりと兄を仰ぎ見る。兄は勝ったというのになぜか不満げだった。一方こちらは、悔しいとか怒りだとか、そんな土俵にはもはや上がれていなかった。だってこれは決定事項に過ぎないのだから。能力のある者が、能力のない者を下す。ゲームするまでもない。わかりきったことだ。

 やがて兄は、ふん、と冷たく鼻を鳴らす。

「つまんねー奴。お前とは、もう遊ばない」


---


 『You Lose』。


 ゲーム画面に浮かぶ2つの単語。そっと姪の様子を窺うと、やはり無表情。当たり前だ。元々ゲーム上手ではない僕が久々に対戦などしてしまったものだから、ボロクソだ。全く歯が立たなかった。

「……」

 ごめん。おじさん弱くて。

 沈黙に耐えきれず、いつものように笑って誤魔化そうと、そんな言い訳を口にしようとしたときだった。姪っ子は僕より早く、これまでにないほど目をキラキラ輝かせてこう言った。

「おじさん、!」

 え、と僕は思わず後ずさる。

 姪は興奮気味に笑っている。笑うと全然雰囲気が違うが、いやでもやはり、不気味だ。

「こんなに我がない人、はじめて。CPUでももう少し個性的だよ」

「えっ……。それ、褒めてる……?」

「うん、あのね、ゲームのプレイスタイルって、少なからずその人の本性が出るんだよね。でもおじさんは、無」

「無」

 なんというパワーワード。

「なーんにもない。我欲も卑屈さもない。それってすごいことだよ」

「え、どこが?」

「だって最初から無な人なら、どんなプレイスタイルも修得できるから。人にはふつう向き不向きがあって、やれることも縛られるけど、初めから何にもないなら完全に自由だよ。伸びしろも無限大。逸材だよ」

「うーん……。そう考えることも、できるかもしれないけど。でもやっぱり、元から何にも持ってない人には、結局何もできないんじゃないかなぁ」

「でもまあ、一応あるとは思うよ。無おじさんにも、ベースは」

 無おじさん。モブおじさんよりひどいネーミングに、がくっと肩が落ちる。

「う、うん……ベースって?」

「ほらおじさん、すごく優しいでしょ。私が勝手に部屋に入ったときも怒らなかったし、私がつまらなそうにしてないか、ずっと気にしてた。相手への思いやりは、ゲームをする上で、何よりも一番大切なものだもん」

「……そう言ってくれるのは、ありがたいけど」

 僕はまた、ハハと笑ってみせた。

「それでもさ、僕にはゲームの才能なんてないし。努力できるのは、君みたいに、初めから才能に恵まれてる、特別な人だけなんじゃないかな?」

「私、別にゲーム強いわけじゃないよ」

「そうなの?」

「うん。何回負けても、そのぶんやり返せばいいと思ってるだけ。9回デスっても、10回キルすればいい。そうやって自分ルール決めてやるの。勝てないうちはね。でもその方が、経験値積めるし、おもしろいでしょ?」

 おもしろい、か。

 自分にはついぞ縁遠いと思っていたその言葉が、不思議と胸に響く。そのとき玄関から、ガラガラと戸の開く音が聞こえてきた。どうやら帰ってきたらしい。二人で出迎えに行くと、汗だくの母と兄夫婦が戸口でへばっていた。

「おかえり」

「ただいまぁ。あー、暑かった! シャワー浴びなくちゃ。秀平、ちゃんと子守してくれた?」

「まあ、ぼちぼち」

「そぉ。なんかゲームして遊んだの?」

 姪に後ろから意味ありげに小突かれて、僕は曖昧に笑ってみせた。


 まあちょっと、ソリティアをね。

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