ミルククラウン

枝垂

ミルククラウン

ミルククラウン



登場人物



【1】

白、黒背中合わせで座っている。

雫の音。

それぞれ立ち上がり、反対方向の椅子に座る。



白 正義ってなんだろうね。

黒 悪の対義語。

白 いや、そういうのじゃなくて。

黒 あ、説明しろってこと?

白 そう。

黒 うーん……いや、悪ではないもの、じゃない?

白 まあそうだけど。

黒 正義って、そんな一言二言で言い表せるもの?

白 別に自分の定義を語れ、なんて言ってないよ。一般的な定義。

黒 …そうだな、理にかなった上での公正、とか。

白 じゃあ、それを定義としよう。それじゃ、一般的でない、つまりマイノリティな正義って何?

黒 なんだそれ。

白 一般があるなら、それ以外…例外もあるんじゃないの?

黒 じゃあ逆に、悪の定義は?それがわかれば、悪に該当しないものかつ、正義に当てはまるものが全て正義になるんじゃない?

白 なるほど。悪…正義の対義語じゃない?

黒 それ、さっきと同じじゃん。

白 ああ、確かに。じゃあ…あ、法に反すること。どう?

黒 なるほど。つまり…

白 理にかなった上で公正であり、法に反さない。これが正義。

黒 じゃあさ、両方の場合は?

白 両方、っていうのは?

黒 例えば…正義の途中に悪事をはたらいた場合。これ、正義?

白 結果的に正義なら、いいんじゃない?法に触れていなければいいんだし。

黒 そういうもの?でも、悪を悪と決めるのは、法律だけ?

白 なに、今更定義変えるの。

黒 ていうか、定義ってそれだけ?

白 どういうこと。

黒 定義って、そんな狭い範囲のものかな。それだけじゃ判断しずらいっていうか。さっきの例で言うと正義=悪にならない?

白 ならないよ、イコールには。ただ、限りなく近いものになるだけ。

黒 てことは、悪に限りなく近い正義ってこと?

白 そう。

黒 でもそれって、正義なの?

白 正義だよ。多くの人がそう言えば、そうなるんだよ。



【2】

2人立ち上がる。

雫の音。

すれ違うように歩き、黒は黒板、白は反対側の椅子へ。

黒板には「獣道」と書く。



黒 これは?

白 獣道。

黒 意味は?

白 獣が何度も通って出来た、細い道。

黒 つまり、何度も反復して出来るものだ。

白 本来人間には必要のない道。

黒 でも、あっても困るものではない。何度も反復するうちに、それは習慣となり、いずれか当たり前になる。

白 で、何が言いたいの。

黒 人間に必要のない道…つまりそれは悪、なんじゃないかな。

白 確かに。

黒 でも、人は獣道を通って歩くことだって出来る。必要なくても、利用することは出来る。

白 悪すら正義の糧にする。

黒 混合しても、結局正義なのか。

白 そう。より良い方が優勢になるのは当然でしょ?


黒、黒板に触れる。


黒 黒板とノート、チョークと鉛筆。僕らは、この3,6m×1,2mの範囲でしか等しくなれない。この上ではどちらが優勢か、なんて無い。

白 この上だけではね。

黒 別段優劣があるわけでは無いけど、一般的には白が正義とみなされ、黒は悪だ、とみなされる。

白 いや、優劣はある。悪が悪と定義されたその時から、悪は正義に劣るものだと、正義が悪より優れていると決まっている。

黒 それでも、悪に等しい正義より、正義に等しい悪が劣るとは思わない。

白 正義は正義。そうやって定義されたときから。

黒 定義って、そんなに必要?

白 定義が無かったら何もが不確定になる。不確定な状況で、人は生きていけない。だから、当たり前…普遍を求める。どちらも、なくてはならないもの。

黒 多くの人が正義と言うものは、他の誰かからしたら悪かもしれない。

白 そんなの、どっちでも同じでしょ。


【3】

雫の音。

白、立ち上がる。

すれ違うように歩き、お互い自分のいた椅子の前に立つ。



白 人類が生まれ二極化されたもの。それが私達。人間は、神という存在を生み出し、天国を信じる一方で地獄まで生み出した。

黒 白は天使の羽の色。黒は悪魔の羽の色。この時から、僕が悪であると、黒が悪であると決めつけられた。

白 人間は地獄を恐れ、死後天国に行くことを望んだ。それが最善であるから。

黒 天と地がぶつかることなどない。けど…

白 けど、何?

黒 君は、何色にでもなれる。他の色の要素を薄めて、青と混ざれば水色、赤と混ざればピンク。こんな具合で、君は好きな色になることが出来る。

白 ここでは、そんなことは出来ない。だってここには私と、貴方しかいないんだから。

黒 僕は、混ざり合うことは出来ない。どんな色も飲み込んでしまうから。でも、一つだけ混ざり合える色があるんだ。

白 ここでは無理だよ。中途半端な赤や青は必要ない。二極化された私達だけで十分。人間を分けるのには、それだけで十分なんだよ。

黒 十人十色、って言葉があるよね。

白 それは人間が作った言葉。それ以前から、私達は存在していた。人間が後付で作った言葉なんかに、大した力はない。

黒 …ねえ、分けることってそんなに大切なのかな。正義と悪、人間と僕ら、白と黒、善と悪。僕らはずっと、人間を白と黒、つまり正義と悪に二極化してきた。けど、それって大切なことなのかな。

白 私達は確かに人間を二極化してきた。でも、私達はスタートを指し示しているんじゃなくて、ゴールを示しているの。成長の過程では、好きに色付けばいい。赤でも青でも、何色でも。でもね、結局最期は白か黒に分けられるの。死の直前、自分の人生を振り返ってみると、それは二極化された答えしか返ってこない。恥の多い人生だった、立派な人生だった。これって、二極化されているってことでしょう。私達がいなくとも、人間は勝手に二極化を図る生き物だから。

黒 …人間は、君が思うほど単純な生き物ではないよ。


【4】

雫の音。

2人すれ違うように歩き、白は反対側の椅子の前に立ち、黒は座る。



黒 どうするの。

白 決まってるでしょ。

黒 君が?

白 そう。だから、最初から決まってるんだって。

黒 え?

白 多くの人は善悪でいったら善を求める。必要なのはどちらか明白でしょう。

黒 多くの人、だろ。

白 多数か少数なら、多数を取るのが普通でしょ。

黒 …どうして、少数の意見は無かったことにされてしまうんだろう。

白 多数に敵わなかった時点で、例えば300対120。120の票が集まっても敵わなかったらそれは0になる。300の方が善い、ということになるから。

黒 そもそも、善悪って何で決まるの。

白 人間が決めるんだよ。

黒 そんなの知ってる。何が善悪を決める基準なんだろうって。

白 人間にとって必要なのは私。普通の人間を生み出すなら、私だけで十分。

黒 正しいだけの人間は、普通じゃない。

白 人間は正しくあればいい。

黒 正しいだけの人間なんていない。脇道に逸れ、細い獣道を歩き、間違いを犯し、正しい道へと進む。

…人間は、君が思うほど単純な生き物ではない。正義を貫く者は、それが正しいとわかっていて、善い行いであると知っているから単純だ。間違いを犯す者は、それが正しいのかわからない、から思考を止めない。君が思うほど、単純ではないんだよ。

白 じゃあ何。貴方が導くっていうの?

黒 …それも違う。

白 もう、行っていい?

黒 待って。

白 待ってられない。人間は次々に生を受けているんだから。

黒 人間の運命を決めるのは僕らで、大抵は君の方に決定権があった。

白 そうだね。

黒 だけど…君じゃ駄目なんだ。

白 どういうこと。

黒 君じゃ…いや、君だけだから駄目なんだ。

白 何言ってるの。

黒 つまり、僕らは分けられる必要なんてないんじゃないかってこと。



黒、立ち上がる。

白、後ずさりする。



黒 正義を振りかざす者は、いつ自分が悪にひっくり返ったかなんてわからないんだ。だから過剰な差別を生み出し、偏見を持つ。



黒、白の手を掴む。

白、抵抗。その後倒れる。手を放す。



黒 片方だけじゃ駄目なんだよ。僕も、君も。



黒、再び白の手をとる。

雫の音。

暗転。


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