第31話 ショッピングモールで買い物するぞ


 僕たちはまだ王都にいた。

 あのあと、王様を脅迫し終わったあと、僕たちはすぐに家に帰ろうと思っていた。

 しかし、チェリーがついでにお金を回収したいと言ったので、チェリーの家に向かった。

 チェリーは自宅で両親に無罪放免になったことを話したが、両親とはギクシャクしていた。

 まぁ、チェリーを政略結婚の道具に使ったのだから、ある意味仕方ない。

 てゆーかチェリーの家、大きいなおい。

 僕の家の10倍ぐらいあるんだけど?

 さすがのメイドも感嘆していた。勇者の家系って金持ちなんだなぁ。って、そりゃそうか。国から報奨金とかいっぱい出てるだろうし。


「行きましょ」


 チェリーは最後まで両親とは微妙な感じだったけれど、あまり気にしていない様子だった。


「せっかく大金があるので」メイドが言う。「チェリーの服を買いましょう。あとレナードの服も」


「いいわね! お買い物しましょ! 大きなショッピングモールがあるのよ!」


 ノリノリのチェリーに案内され、僕たちは現在ショッピングモールにいる。

 僕は女性用の下着売り場の前でウロウロしていた。

 チェリーとメイドが店内で「可愛い」だとか「これどう?」だとか、楽しそうに下着を見ている。

 最初は僕も一緒に入ったのだけど、実際にチェリーの下着姿を想像してしまい、ドキドキが押し寄せてきた。

 そして1人、店外に出てショッピングモールの通路をウロウロしているのだ。


 僕は特に欲しい物があるわけでもないし、チェリーとメイドを見失いたくもない。だから下着店の前にずっといるのだ。

 普通に不審者っぽいけど、誰も僕を通報していないようだ。警備員が来ていないから間違いない。

 しばらく待っていると、チェリーと紙袋を持ったメイドが出てきた。

 どうやら、購入したようである。どんな下着を購入したのかやや気になるけれど、見せてと言う勇気はなかった。


「じゃあ次はこっち!」


 チェリーが僕の手首を掴み、そのまま引っ張っていく。

 今の僕は犬に引っ張られる飼い主の気持ちだ。普通に手を繋いでくれたらいいのに、なぜ手首を掴んで引っ張るんだチェリー。


「キッチン用品よ!」


 チェリーは嬉しそうに言ったのだけど、目の前の店舗はキッチン用品専門店というわけではなさそうだった。

 他にも色々な物が置いてある。いわゆる複合販売店。


「ほう。これはなかなか」メイドが興味を示した。「私のためにあるような店ですね」


 そしてメイドはスルスルと店内へ。僕とチェリーも続く。

 その複合販売店には色々な物が置いてあったので、僕もそれなりに楽しめた。

 釣り用品のコーナーで、新しい釣り竿を買おうかどうしようか少し迷った。

 でも、僕にはまだ釣りの楽しさが分からない。だから買わないことにした。チェリーも釣りは苦手なようだし、新しい竿は必要ない。

 複合販売店は楽しめたけれど、やはり必要な物は特になかった。

 僕はシンプルな暮らしが好きなので、余程の物でなければ買わないのだ。

 そして、メイドがスルスルと店の外へ。


「何も買わなくていいの?」と僕。


「特に欲しい物はありませんでした」メイドが言う。「我が家には必要な全てが揃っています。買うなら服ぐらいでしょうかねぇ」


「じゃあ服、見に行きましょ! レナードの服装って暑苦しいのよね! もっと軽い感じの服とか買ってあげるわ!」


 チェリーが再び僕の手首を掴んだ。

 僕はまた飼い犬に振り回されて少し困った様子の飼い主の気持ちを味わった。

 でも。

 それより何より、僕の服装って暑苦しいかな? 割と気に入っているのだけど。

 白色のシャツはいつもメイドが綺麗に洗濯してくれるので、とっても清潔だ。洗い替えも2着ある。

 胸元のループタイは、ヒモの部分はブラウンの落ち着いた組み紐で、留め具は古いコインを加工した物。

 シャツの上には黒いベスト。その上から黒のロングコートを羽織っている。

 ズボンとブーツも同じく黒色で揃えている。高価ではないけれど、安価でもない。割とお気に入りの服装だ。


「到着! あたしが選んであげるわね!」


 ルンルン気分のチェリーが、次から次に服を持って来て、僕は次から次に試着した。

 まるで着せ替え人形だ。しかも意外と疲れる。


「この白のカットソーにしましょ」


 最終的にチェリーが選んだのは、アシンメトリーで丈の長いカットソー。かなりゆったりしているので、部屋着にいい。革製のベルトで腰の辺りを止めれば、作業もしやすい。

 割と実用的である。素材はウールなので、薄手だが普通に暖かい。

 僕は試着室に戻って、カットソーを脱ぐ。そしていつもの服に着替えて試着室を出た。

 同時に、チェリーにカットソーを渡す。

 そうすると、チェリーが清算してくれる。僕もお金は割と持っているけれど、チェリーが買ってくれるというので、好意に甘えることにした。


「はいどうぞ! あたしのことちゃんと養ってね!」

「養うの!? 仕事してね!?」


 僕は紙袋を受け取った。カットソーは店員がキチンと畳んで紙袋に入れてくれたのだ。


「お手伝いはするわよ? 薪割りなら任せといて! あと、猪も捕るわよ!」

「ありがたいけど、女の子の台詞じゃないね! 脳筋の台詞だよそれ!」


 あるいは僕が古臭いのかもしれない。どうしても、お嫁さんは料理とか洗濯とかって思ってしまう。

 うん、こういう思考は改善しよう。固定観念はよくない。チェリーが薪割り得意でも全然問題ないのだから。


「脱脳筋はしてもらいますが」メイドが言う。「脳筋系の仕事は別にそのまま続けてもいいでしょう。何も問題ありません」


「あたし! 脱脳筋して! お嫁さんになる!」チェリーがガッツポーズしながら言う。「実は小さい頃の夢がお嫁さんだったのよね! 間違っても勇者じゃなかったわ!」


「別に脳筋のままでもいいよ?」僕が言う。「チェリーはそのままで完璧に可愛いから」


 僕の言葉で、チェリーが頬を染める。


「店内でいちゃつくのは止めましょうね?」メイドが言う。「家に戻ってから好きなだけ、ちゅっちゅすればいいでしょう」


「その擬音何!?」と僕。


「ちゅっちゅですか? それはですね……」

「いや説明しなくていい! 意味が分からなくて言ったわけじゃないから!」

「そうですか。洗いざらい説明したかったのですが……」

「なんで!? なんでそんな説明したかったの!?」

「子供が完成するまで、つまり受精するまで細かく私が指導したいと思っていますので」


「それは止めて! 本当に止めてね!? 僕はそんな指導の下でちゅっちゅできないからね!? 割と僕、照れ屋さんだからね!?」


「レナード! 他のお客さんが……その」チェリーが僕の服の袖を抓む。「見てるから……」


「ご、ごめん。ウッカリいつもの調子で突っ込んでしまった……」


 僕たちはそそくさと紳士服売り場を出た。

 そしてショッピングモールのベンチに腰掛けて少し休憩。


「今日はとっても楽しかったわ」とチェリー。

「妾……また眠ってたよ的な……」


 僕の鞄から妖精女王が顔を出した。完全に存在を忘れていたので、僕は少しビックリした。チェリーとメイドも驚いていた。


「レナードがちゅっちゅ、ちゅっちゅ言うから、妾起きちゃった的な? ちゅっちゅ、ちゅっちゅ」


 僕とチェリーは2人とも頬を染めて床を見詰めた。


「そろそろ妖精界に帰りましょうね」メイドが言う。「静かだったので、てっきり帰ったのかと思っていました」


 妖精女王は転移魔法が使える。しかも割と大人数を転移させられる。妖精はアホだし自分勝手だけど、雑魚ってわけじゃない。

 正しく能力を使えば、それなりに戦闘だってこなせるはずなのだ。妙な道具を作るの得意だし。


「帰るつもりが寝ちゃってたよぉ」


 妖精女王が鞄から出て、僕の顔にキスをした。

 それから、チェリーにも同じことをした。メイドにはしなかった。


「魔王様、勇者様、このご恩は忘れません」

「その台詞、あたしが魔王軍から解放した時にも聞いたわよ?」

「恩は忘れていませんよ的な? でもそれとこれは別的な? 恩を仇で返すのも割と嫌いじゃないよ的な?」

「な、なんてこと言うのよ!?」

「ではではー!」


 妖精女王は転移魔法でパッと自分の世界に帰った。


「僕らも帰ろうか」


 僕が言うと、チェリーが僕の手をギュッと繋いだ。

 逆の手をメイドが握る。

 紙袋はメイド側の手の手首だ。


「では帰りましょう。私たちのささやかな日常へ」

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