第30話 魔王と勇者のタッグは最強です


「バカを言うな。なぜ妖精のような下等生物に味方する?」


 王様は心の底から意味が分からない、という風に首を傾げた。


「勇者たる者、率先して妖精を倒すべきであろう? 余が、人類が、妖精を商品にすると決めたのだからな」


 王様は自分が間違っているとは露程も思っていない。

 そういえば、と僕は思い出した。

 そもそも、僕たち魔物と人間が戦争を始めた理由。あまりにも長く戦ったせいで、その理由は失われかけているけれど。

 僕は聞いていた。祖父から、そして父からも。

 人間たちが、魔物の領域を侵し、魔物を捕まえて見世物にし、身勝手に振る舞ったから、我慢ならなくて僕のご先祖様が魔物を統率して戦ったのだ。

 そしていつの間にか、お互いに憎しみを募らせ、円環構造になった。どっちが先か分からないぐらいの、綺麗な円環。

 僕はその円環を断ち切った。今でも、僕は間違ってないと信じている。人間の王がこれほど愚かで、これほど身勝手だったとしても。


「妾たち、そんなに商品として価値がある的な?」


 妖精女王がお気楽な様子で言った。


「ふん。余も妖精は嫌いではない。美しいその姿は、芸を仕込めば誰もが楽しめる。男女問わず、性欲を満たす芸も仕込めるだろう。お前たちには価値がある。経済が回ることは間違いない」


 うん。やっぱり殴ろうこいつ。言葉のアヤじゃなくて、リアルに殴ろう。

 僕はギュッと拳を握ったのだけれど、妖精女王が僕の前をふわふわ飛んで、僕の行動を阻害した。


「妾は妖精女王。妾たちの自由を、妾たちの人生を、貴様に左右されたくないぞ的な?」

「弱い者は、強い者に従うのが世界じゃろう?」


「え? そうなの?」とチェリー。


「当然じゃ」王様が深く頷く。「妖精など、皆殺しは容易い。しかし、商品として生きる道を提示してやるのだ。妖精女王よ、今すぐ降伏せよ。余計な血を流す必要もあるまい」


「あっれー?」


 チェリーが酷く頭を悩ませているようだ。気持ちは分かる。僕も同じだからだ。


「分かるだろう? 魔王軍なき今、我ら人間こそが数多の世界の覇者。何でも好きにして良いのじゃ。強者であることは、即ち弱者の生殺与奪を得るということ。絶滅したくなければ、我らの商品として生きよ。さっそくじゃが、我は妖精女王であんなことやこんなことをしたいと思っておる」


「えっと、王様は、本当にそれでいいの?」 


 チェリーはおっかなビックリ質問した。


「それでいいもクソもあるものか」フンッと王様が鼻で笑う。「世界とは、そういうものじゃ」


「それよりもぉ、妾であんなことや、こんなことが、何か気になって眠れない的な? 妾の睡眠を阻害するレベルで気になる的な?」


 メイドが妖精女王を鷲掴みにして、2歩ほど僕たちから離れる。そしてヒソヒソとメイドが妖精女王に何か言った。

 あんなことや、こんなことを説明したのだろう。童貞の僕でも、妖精女王が何をされるのかは、なんとなく察しがつく。


「それはぁ、実際にやってみないとぉ、妾も分からないぞ! だからまずレナードとあんな……ぎゃふ!」


 メイドが空いている方の手で妖精女王にデコピンをした。


「勇者よ。お主はそういえば、息子を殴って手配されていたはずだ」王様がチェリーを睨んだ。「その件、不問にしてやってもよいぞ?」


「はぁ……」


 チェリーが曖昧な返事をした。すでに王子が不問にしている頃だが、言う必要はない。


「ただし、そこの妖精を捕え、メイドと……あぁ、賢者か?」

「僕のことなら、賢者で正解」

「ふむ。ではメイドと賢者は殺せ。それで、全ての罪を不問とし、再び我が陣営に戻れるようにしてやろう」


 王様の言葉に、チェリーがニコッと笑う。

 そして予備動作なしで王様の顔を殴った。


「な、何をする勇者……」


 王様の鼻血がポトポトと落ちた。


「あれ? 強い者が何してもいいんでしょ?」


 チェリーがまた王様を殴った。

 これぞ脳筋。腕力で解決を目指す! ってゆーか解決を目指しているのかどうかも疑問だけども!


「いや待て、余が最高権力者……」


 王が右掌を見せる。もう殴らないで、という意味のジェスチャーだが、チェリーは気にせず王様を殴った。

 かなり手加減しているようだけど、そろそろ王様の顔の形が変わりそうだ。


「強い者が何してもいいなら、あたし世界征服するけどいい?」

「いえーい! 妾も! 妾も世界征服するぅ!」


 妖精女王が嬉しそうに飛び回った。いつの間にかメイドは妖精女王を解放していたようだ。


「そんで、人間みんな、あたしの奴隷ね? 文句ないでしょ? そっちがそう言ったんだから」


「レナード」メイドが僕の側に寄って、小声で言う。「世界の半分を貰いましょう」


「いや、チェリーは本気じゃないと思うけど……」

「国の名前も、チェリー連合王国に変えるわよ! そんで、あたしのでっかい金ぴかの像を建てるのよ! あと、あたしの宮殿は全部金じゃないとダメだからね!?」

「割と具体的!? そして金の宮殿欲しかったんだ!?」


「世界の半分を交渉しましょうレナード」メイドが嬉しそうに言う。「私も下僕が欲しいです。私が死ねって言ったら面白半分で死ぬような忠実な下僕が!」


「そんな下僕、本当に欲しいの!?」


 てゆーか、面白半分で死なせる以外の使い道はないの!? 下僕ってもっとマシな仕事してるよね普通!


「割と欲しいですね」


 メイドが真面目な表情で言った。

 まぁ、メイドって完全に魔物だからねぇ。思考がダークサイドでも仕方ない。


「でも王様」チェリーが王様を見詰める。「妖精を攻撃しないなら、あたしも世界征服は止めてあげるわよ? どうする?」


「ふ、ふざけるな! そのような脅迫に、余が屈するとで……ぼぉぉぉ!」


 今度は僕が王様の脛を蹴っ飛ばした。


「勇者は闇落ちしたんだよ」僕が低い声で言う。「僕が誰か分からない? よく見て」


 僕は右手で自分の前髪を上げる。


「顔だけを良く見て」


 そして、僕は魔王時代のようなムスッとした表情を作る。当時と今とでは、かなり顔つきが違う。心の負担は顔にも出るのだ。

 今の僕はのんびりした顔だけど、当時は本当にムスッとしていたのだと、メイドが時々懐かしそうに言っていた。

 まぁ僕自身も、鏡を見る度に穏やかな顔になったとは思っている。


「……魔王?」

「正解です」とメイドが両手の人差し指で王様を指した。

「ぎゃああああああ!」


 王様は玉座を乗り越えて逃げようとしたのだが、妖精女王が回り込んで王様の鼻にタックルした。

 王様は玉座から滑り落ちた。


「ああ、愚かな人間の王よ」僕は当時を思い出しながら喋る。「俺は勇者が嫁に来るというから、軍を解散し、平和を約束した。その約束には、妖精界も含まれている」


「待て、本当、待つのじゃ」


 王様が床に座り込んで言う。どうやら、腰が抜けたようだ。


「いいか? 愚図の王よ。魔王たる俺と、勇者たるチェリーが、この世界の平和を約束したのだ。分かるだろう? 今後、いかなる進軍も俺たちは認めない。それとも、勝てると思うか? 魔王と勇者のタッグに、お前たちは勝てるのか?」


 僕の言葉に、王様はブルブルと首を横に振った。


「戦争したくなったら思い出せ。魔王を、そして勇者を」


 僕は前髪を下ろした。


「きゃー! レナード、魔王バージョンもカッコイイわね!」


 チェリーはとっても嬉しそうに言った。


「では話をまとめます」メイドが言う。「妖精界への侵攻はなしでいいですね?」


 王様がコクコクと頷いた。


「それとですね、彼が魔王だということは、秘密にしてください」


 王様はまたコクコクと頷いた。


「よろしい。もし誰かに話したら、今度は私が地獄を見せてあげます。ふふっ、私は勇者や魔王のように優しくありませんよ?」

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