第45話 代償
慎一は、
「そんな事、そんな事できる訳ねえだろうが!」
と蒼白になった顔でコマに返した。
コマは必死に言った。
「ワシらは、きっとまた生き返って会うのじゃろう? 案ずるな! 慎一よ。それにじゃ。お主の闘神はお主の身体ではもはや受け止められなくなっておる。このままだとお主は闘わずして死ぬぞ」
「出来ねえもんは出来ねえよ!」
そう叫んだ慎一の耳に、
(ボキっ)
と低い音でコマの背骨が粉砕された音が聞こえてきた。
「ガハッ」
口から血を吐くコマ。もはや話すことは容易ではなくなっていた。
しかし、忽那の身体を貫通させた腕に力を込めて抜けないようにしている。
「コマぁあああっ!!!」
慎一は玉依姫を放し、三叉戟をしっかりと握って忽那に走り寄り、心臓の下あたりを抉るように突き立てた。
慎一は三叉戟で忽那とコマを串刺しにし、
「oṃ ṣṭrīḥ kāla
と真言を唱えた。
忽那は、
「ぐふぅ」
と言って倒れ、コマもそれに連れて倒れた。
慎一は三叉戟をすぐに引き抜き、忽那から何とかコマを引き剥がした。そして、
「滅!」
印を結んだ四本の手の指をかざしてそう叫ぶと、忽那は完全に事切れた。
玉依姫は顔を背けてはいるが、涙を流しているように見えた。
慎一は、叫んだ。
「コマ! コマ! しっかりしろ!」
口蓋から黒い血を吹きながら、それでもなおコマは、
「お。お主、よ、ようやった」
と慎一を称えた。
「済まねえ。お前にこんな痛い思いをさせて」
慎一は自分がコマを痛めてしまったことを詫びたが、
「もうワシは持たない。約束……じゃぞ、ワシを、ワシを必ず見つけ出してくれ」
コマの声は小さくなってきた。
「もう、もう喋らなくていい。」
止めどなく流れる涙をそのままに、慎一はコマに言った。
すると、最期にコマは、
「ワシの相棒よ」
そう言うとそっと瞳を閉じて動かなくなった。
コマが息を引き取った刹那、十数体の餓鬼がどこからか現れて、コマと忽那の身体を担いで持って行ってしまった。
慎一は叫んでやめさせようとしたが、結界が張られていて近づくことすらできなかったのである。
コマも、忽那も地獄に送られたのだろう。
「あいつ、オレの事を『相棒』って二回も……オレにそんなことを言ってもらえる資格はあるのかな」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
慎一は元の姿に戻ると今度は有紀に近づき、自分の着ていた黒い革のライダージャケットを有紀に羽織らせた。
「有紀、怖かっただろう?」
有紀は無言で慎一に抱きついた。
慎一はそっと有紀を抱きしめた。
「オレは、死んだけどずっとお前をこうやって護るよ。」
有紀は慎一の腕の中で頷くだけだった。
「今までオレは、コマと、サキっていう女の子の霊と、玉依姫様のお父さんの八咫烏とずっと有紀を護って来たんだ。というか、護ろうとして成仏できなかったから、俺を地獄に送ろうとする忽那みたいな化け物と闘ってきただけなんだけど……」
そう慎一が話すと、ようやく有紀は顔を上げて、
「慎ちゃんはなんで地獄に堕ちなければならないの?」
と聞いた。有紀の違和感や疑問はここにあった。
「正直俺にも分からない。コマが言うにはオレがお袋にウソをついてレースを始めたことが閻魔には許せなかったらしい」
「そんな」
有紀は慎一が死んだあの日、慎一の母敬子から聞いた話を思い出していた。
「お義母様は知っていたのよ。慎ちゃんがオートバイに乗りたいと思っていたことを」
思わぬ有紀の話で、慎一は面食らった。
「その、コマさんはどうなるのかしら」
「あいつも自分の飼い主を殺めた殿様を化け猫になって気狂いにさせたんだって。あいつも地獄に今連れていかれたんだ」
それを聞いて有紀の身体は硬直した。
「でも、地獄で罪を償えばまた何かに生まれ変わることができるんだって、コマは言っていたよ」
そう慎一が有紀に説明していると玉依姫が近寄ってきた。
有紀は、玉依姫に近寄りそっと抱きしめた。
「私、なんて言ったらよいか……」
「有紀様、いいのですよ。忽那様には私は失望させられました。下界に戻ることができるのならば、私は次のお相手を探すのみですわ」
と少し陰のある笑顔を見せた。
有紀は、何も答えることは出来なかったがお互いが無事でいられたことに感謝した。
玉依姫は、慎一に
「貴方様はこれからどうされるのですか?」
と訊いた。
そこで慎一は気が付いたが、下界に帰る手段が分からないのだ。
「いや、その、」
慎一がまごついていると、轟音を立ててこの座敷牢が瓦解し始めた。
「ヤバい! 二人とも逃げるんだ」
慎一は両手で有紀と玉依姫の手を引いて崩れる壁や柱を巧みに避けながらなんとか無事に座敷牢の外まで逃げだすことができた。
「危なかったな、忽那のヤツ、最後の最後にこんな罠を仕掛けていたなんて」
「ええ、危なかったですね。有紀様は大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。」
三人が無事を確認しあっていると、辺りには強い風が吹き始めて黒い雲にいつの間にか覆われてしまった。
(今度は何が起こるんだ?)
慎一が警戒していると、太鼓や笛の不思議な音がして、独りの男が地から湧いて出てきたのだった。
「お、お地蔵様?」
慎一は警戒していたため少々取り越し苦労に思えた。
その姿は、慈悲深い顔をした、地蔵そのものであったからだ。
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