第38話 道足の味方

「いやぁ、ジュネさん。お父様はお元気でしょうか?」

 ケレン味たっぷりに首都テレビの報道キャップの暮林はマリー=テレーズに挨拶をした。


(私この人嫌い)

言葉には出さなかったが、顔には出ていたかもしれない。


 マリー=テレーズの父ドミニクはフランスのグランゼコールの一つ、エコール・ポリテクニークを卒業し、海軍の特殊部隊に配属された少し謎めいた人物であるが、物理専攻の高等職業訓練校らしく物理の博士号を持っている。


 日本にやって来たのは、軍を抜けて転職したフランス企業の日本支社長を務めるためだ。妻のアリゼとはフランスで結婚し、マリー=テレーズは日本で生まれた。ジュネ一家はそのまま日本で暮らし、現在に至るというわけだ。


(パパはどうしてこんな人と知り合いなのかしら?)

 マリー=テレーズは怪訝な顔で暮林を見ている。


 慎一達が忽那を追って煉獄へ旅立った後、式神に自分の代わりをさせたために手持ち無沙汰となった道足は、改めてマリー=テレーズを通じて首都テレビの暮林とコンタクトを取り、自分たちの研究成果を公表する相談をしようとしていた。


「助教授の道足よ。初めまして、よね?」


「ええ、ご挨拶させていただくのは初めてですが、お噂はかねがね。首都テレビ報道局の暮林です。よろしく」

 と暮林は握手のための右手を差し出したが、道足は無視するように、


「早速なんだけど、あなたの局のバラエティー部門のプロデューサーに蒲池っていう方はいません?」

 と聞いた。


 少し面食らったが、暮林は尋ねられた理由に見当がつかないので、


「蒲池が何か?」

 と尋ねた。


「何かじゃないわよ。あの人、私をお茶の間の笑いものにしたのよ? 信じられる?」


「は、はぁ、それはとんだ失礼を。それで今日は具体的にはどのようなご相談で?」

 道足は、こう切り出した。


「小暮さんは、あの場所にいたのよね?」

 マリー=テレーズは名前を間違えた道足の脇腹を肘で小突いた。


「え、暮林です。『あの場所』とは、新宿の事でしょうか?」


「そうよ。あそこではこの道足恭代があの大きな結界を可視化させていたの。知っているわよ。あなた、第六機動隊の山下隊長とは懇意にしているらしいじゃない? どうやってあの場所に潜り込めたのかようやく分かったわ」

 道足はわが意を得たり、という面持ちだ。


「そうでしたか。あの時は遠目でしか助教授のお姿を拝見できなかったですし、ご挨拶もできませんでしたよね」

 道足は、前髪が目にかかっているのを振り払いながら、


「ええ。そうだったわね。それで、小暮、いえ暮林さんもあの多頭蛇だの、カラスの化け物だの、化け猫だの仏像が闘っているのを見たわよね?」


「え、ええ。しかし、あの時撮影に入る直前に助教授の装置がパワーダウンして結局撮ることが叶いませんでした」


「そうよ。今回お願いしたいのは素材をすべてあなたに託すので編集して『報道』して欲しいの。このマリー=テレーズがちゃんと録画していたのよ」

 暮林は初耳で驚いた。


「なんですって⁉ 本当ですか? あの世紀のシーンが映像として残っている、助教授はそうおっしゃっているのですね?」


「何よ、その口幅ったい言い方は」

 道足は少し微笑んだ。


「これだけじゃないの。これから話すことは、あのシーンを目撃したあなたにも俄かには信じられないでしょうが、いえ、私もまだ信じられていないの」


「じっくり、お聞かせ願います」

 暮林はそう言ってハリスツイードのジャケットの内ポケットから革手帳とクロス謹製の細身のボールペンを取り出した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「すみません助教授。正直助教授が何を仰っているのか理解が、いえ、仰っていることは言葉としては理解しているのですがそれがストン、と腑に堕ちなくて戸惑っています」


「無理もないわ。この私だってこの目で見たものが信じられないでいるのよ。でも、映像で残すことができるのならば世間も納得するでしょう?」

 暮林の率直な感想に対して道足もまた率直に自分の想いを吐露した。


「今、助教授の身代わりがあの世に行っているという訳ですね。うまくいけばあの世の映像が手に入ると。そういうわけですね? 私のような凡人には信じられない世界ですが」


「それで、もう一人紹介したい人がいるのよ」

 道足は、恭しく研究室の前室に控えてもらっていた元紀を呼んだ。


「こちら、救急救命士の川上さん」


「首都テレビの暮林です。どうも」


「杉並消防署管内高円寺出張所の川上元紀であります」

 暮林は困った顔をして、


「で、救急救命士の川上さんがどうしてここに?」


「私はちょうど一年前の今日、五日市街道で事故で亡くなったある男性にさっきまで憑依されていたのです」

 暮林は「憑依」という言葉に惹かれた。


「どういうことでしょうか?」


「暮林さんがご覧になったという仏像なんですけど、あれ、亡くなった風戸慎一さんなんですよ。バイクレーサーだった」


「え⁉ あのチャンピオンだった?」


「ええ。あの後、彼は僕に似ているということで僕に憑依することになったんです」

 道足が割り込んできた。


「暮林さんにお願いしたいことは、こうした世界があって、そのエビデンスが映像としてあって、死者の世界とこの世がつながっている、共生しているってことを世間に正しく伝えて欲しいってことなの」


「正しく、ですか」

 暮林は引っかかるような言い方をした。


「御社では難しいですか? 蒲池さんのように茶化した番組しか作れないとでも?」

 道足は厳しい口調で聞いた。


「どうしても民放ですから、視聴率ありきになってしまうんですよね。とはいえ、これを茶化すことなく、正しく報道するというスタンスについては賛同以外の考えはありませんよ」


「それじゃあ、お願いできるのかしら?」

 道足は念を押すように言った。


「上席には掛け合うことになるでしょうね。恐らくは難色を示されるでしょう。しかし、これは僕には放って置けない案件です。なんとか頑張ってみます」

 そういって、暮林はその場を辞した。


 マリー=テレーズは、毛嫌いしていた暮林の事を少し見直していた。


「パパは物事を正しくやる人より、正しいことをやる人が好きだったわね。」

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