第31話 拮抗
「今度こそ、忽那を倒してわが娘、玉依姫の苦難を取り除いてやる。忽那よ覚悟だ!」
八咫烏は右脚で忽那の顔面を捉え、左脚で右肩を掴んだ。
しかし、それと同時に、忽那は掴まれた顔面が潰れぬうちに右の腕かいなで八咫烏の右脚を引き剥がし ―― それには両のほほに深く八咫烏の爪によって抉られた深い傷を残すことになったが ―― そのまま掴んだ。
同じく、左の腕で右肩に食い込んだ左脚をも引き剥がして掴んだ。
八咫烏の爪が腕の皮膚を引き裂き、そこから血が迸る。忽那は激痛に耐え、一言も発さず八咫烏の攻撃を止めてみせたどころか、完全に形勢逆転、ちょうどプロレス技のジャイアントスウィングのような体勢になった。
しかし八咫烏も二手先三手先までは読んでいたのか、慌てふためきもせず、
「甘いわ!」
と、八咫烏は残った真中の脚を両の腕が塞がっていて防御が不可能な顔面めがけて伸ばそうとした。
「甘いのは貴様だ!」
忽那は八咫烏の両脚を力任せに弧を描くように振り回し、顔への真中の脚の急襲を防いだ。
しかし八咫烏は諦めない。
今度は嘴くちばしを忽那の右、左の腕に交互に突き刺した。
何度も何度も、積年の恨みを晴らすかのように忽那の筋肉を引き裂くべく嘴を突き刺す。
堪らず忽那は八咫烏の両脚を手放した。
電光石火のように続いた攻防戦から一転し、今度は両者はお互いに少し距離を置いて対峙している。
(奴め、何を考えてやがる…まったく考えが読めなねぇ)
忽那は八咫烏を少々甘く見ていたようだ。連続して繰り出される八咫烏の攻撃に、己の身体が少しずつ傷つき、失った体液のおかげで少し意識が定かではない。
(くそっ、奴の姿が二重に見えやがる)
一方、攻撃に手応えを感じた八咫烏は、
(まだまだ地獄はこれからだ。)
と口元を少しだけ緩ませた。
その時だ。あろう事か、忽那は背中を向けて脱兎の如く逃げ出したのだ。
呆気に取られる八咫烏。
すぐ気を取り直して、
「き、貴様! 逃げるのか⁉」
と叫んだ。
そしてすぐさま飛び立ち、空から忽那を追いかける。
忽那は、慎一達が一旦撤退して行った方向へ矜持も何もなく、兎に角走る。
停まっているバスを完全に踏みつぶし ――もちろん違う次元レイヤーでの出来事だが―― 街路樹を薙ぎ倒して走った。
(目が見えねえんだよ! 一旦撤退してやる。闘神が戻って来ればこの目も見えるようになるだろう。その時がお前の命日になる。少しだけお前を生かしておいてやるんだ。少しは感謝しろ。)
走りながら忽那は心の中でそう呟いていた。
走ってゆくと環状7号線の野方のアンダーパスに差し掛かった。アンダーパスの上は、西武新宿線の野方駅である。
アンダーパスに入った忽那は、急に止まり、そして神経を集中させた。
身体中に、先程放った闘神が戻り、だんだん力が戻ってきた。
八咫烏は、野方のアンダーパスで忽那を見失った。
(あの野郎、隠れやがったな⁉)
直ぐに方向を変え、南に向かって低空飛行に移った。
刹那、八咫烏には、高速で迫り来る高エネルギーの熱源、闘騰気が見えた。そして北東の方向に弾き飛ばされた。
(なんと迂闊だった事か…)
まともに闘騰気を食らった八咫烏は、吹き飛ばされるままそう呟いて気を失った。
そして豊玉陸橋の脇にある私学 ―― 東京科学工科大学 ――の講堂に打ちつけられて漸く止まった。
「おいおい、八咫烏よ、お主大丈夫か?」
声をかけたのはコマだった。
「よくここが分かったな?」
なんとか立ち上がった八咫烏は、身体についた埃を払う。
「ああ。俺は貴様らの居場所など、いつでも把握している」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「マリー=テレーズ、庶務課に非常用電源の使用許可もらったわ。それで電力は足りて?」
内線電話では、全く埒が開かなかったので、道足は走って庶務課に行って許可を取り付け、その足で戻ってきた。
息は上がっているが、眼は輝いていた。道足は明らかに興奮している。
「先生、それに関しては問題ありません。ただ、新宿の一件とは違って、電源車はないので、どうやって給電するのかが問題です」
マリー=テレーズは率直に答えた。
道足の答えは意外なものだった。
「それもちゃんと確保したわよ。私を甘くみたわね?」
非常用電源は、学内のコジェネレーターを稼働させる。
燃料はすでに充填されていて、直ぐにでも稼働させれば電力供給が可能だった。そして給電の方法については、学内の主要スポットには給電グリッドがすでに組まれており、「E.G.o.I.S.T」を学内どこで照射してもほぼ死角はない。
「先生、確保したと仰いましたが、正しくは『既にあった』ですわね?」
マリー=テレーズは道足に突っ込む。
「あら、結果オーライという言葉があるのよ。日本には」
「泥縄式、という言葉もございますわ、先生」
マリー=テレーズの減らず口も大したものである。
「マリー=テレーズ、それで『この世ならざるもの』は何処に居るのよ」
「それについては、この私めにお任せ下さい。何しろ私は結界師なので」
道足は、「結界師」という言葉を聞いて、やれやれ、という顔をしたが、事実はどうあれマリー=テレーズが「この世ならざるもの」を感知できる事は否定できない。
「はいはい、結界師さん、何処なの」
「そこです」
マリー=テレーズは大講堂を指さした。
道足は半信半疑ながらマリー=テレーズ向かって指示を出す。
「E.G.o.I.S.Tの準備は良くって?」
「はい先生。グリッドに接続しましたわ」
「はいはい、どんどん」
「先生、わんこそばをついでるみたいに言わないでください」
「何でバレたのよ」
適当に言ってるのがバレて頭を掻いた。
マリー=テレーズがトリガーを引くと、E.G.o.I.S.Tからまた大きな雷鳴のような音が鳴り響き、講堂の前に、軍荼利明王、化け猫、八咫烏、そして小さな女の子が現れた。
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