第15話 サキのチカラ

 九尾の狐は容赦なく慎一への攻撃を続けている。


 容れ物である元紀の身体も既にズタボロである。


 サキは念を送ってきたコマに近づいた。


「さあ、コレを受け取るんじゃ!」

 コマはそう言うと、結界の中から腕を伸ばし、サキの口の中に一つ、赤く光る一寸ほどの玉を押し込んだ。


 刹那、コマの腕は結界によって弾き飛ばされた。


「うぐぅ!」

 呻きながらコマは。


「闘神じゃ。あやつを助けてやってくれ」

 とサキに伝え、この場に倒れこんだ。


「ネコちゃん!」

 サキは九尾の狐の方に振り向くと、


「もう許さない。絶対にあんたなんかに負けないんだから!」

 というと、サキの指先から、眩い光が発せられ、慎一の入った元紀の身体に当てられた。


「馬鹿め! 同士討ちか? 未熟者めがっ! ァハハハハハ!」

 九尾の狐は小馬鹿にして笑った。


「馬鹿はどちらかしら?」

 サキは不敵な笑みを浮かべて言い返した。


「馬鹿はお前だ!」

 慎一は途中で止まった軍荼利明王への変化を終えていたのだ。


「そんな! 何故そんな!」

 九尾の狐は狼狽し、逃げようとした。


「甘いわよ、こんなもので済むと思って?」

 サキは追撃の手を緩めない。


 今度はコマを閉じ込めた結界に向かって光を当てた。


 すると結界は、いとも簡単に破れた。


 コマは忽たちまち化け猫に変化した。


 そして九尾の狐の尻尾から発せられる光の玉を素早くかわして、鋭い、四寸程ある爪を九尾の狐の腹に突き立てた。


「ブギャァァア!」

 腹から大量のどす黒い体液を撒き散らす九尾の狐の断末魔が聞こえる。勝負は決したようだった。


「サキ、なんだ、そのワザは?」


「分かんないけど、ネコちゃんになんか飲まされた」


「ワシが闘神を分けたんじゃよ。これでサキも戦える」


「でも戦ってないよ、シン兄とネコちゃんを助けただけじゃない?」


「おお、そうじゃ、サキの出した光は瑠璃光るりこうに違いない。薬師瑠璃光如来様の出す治癒の光なんじゃ」

 慎一は感心したように言った。


「結界まで破るとはね」


「病や怪我は負の気の流れから起こるんじゃ。瑠璃光はその負の流れを正に変える。結界も、張った者の気の流れが負であれば同様。瑠璃光によって破れる、そんなところじゃろうて」

 慎一が、


「なるほど、」

 と言いかけると、


「馬鹿はお前たちよ!」

 と言って、断末魔を上げていた九尾の狐が尻尾をサキに一つ投げつけた。


「これで瑠璃光は出ない! アハハハハハ!」

 九尾の狐の投げつけた尻尾は鋭く尖った鋼と変わり、サキを襲った。


 サキの身体を貫き、壁に磔にした!


 その姿に軍荼利明王となった慎一と化け猫と化したコマは戦慄し言葉を失った。


「私を甘く見たわね」

 九尾の狐は二人を横目で見やりながら不敵にほくそ笑んだ。


 歪んだ口元からは鋭く尖った犬歯のような歯が見える。


「サキっ!」

 慎一は磔となったサキに近寄り、鋼の尻尾を抜こうとした。


「お前も喰らうが良い!」

 九尾の狐はもう一本、尻尾を抜いて投げつけた。


「キーン!」

 金属音がして鋼の尻尾は床に落ちた。


 コマが爪で叩き落としたのだ。


「くたばり損ないの化け猫か。良い度胸ね」


「口の減らぬ女狐め。お前は既に九尾の狐ではないな。七尾の狐か。ハハハ!」


「つまらぬ事を抜かすな。閻魔様に背いて生き延びたものなど無いのだぞ。お前はこの玉藻前様が料理してくれるわ」

 慎一はなんとかサキから鋼の尻尾を抜き取り、サキの身体を抱きかかえた。


「サキ、お前だけこんな酷い目ばかりに…」

 サキは目が霞み、意識も混濁としている。


「し、シン兄…わたしだけ弱くてごめんね」


「もう喋るな。俺がなんとか助けてやる」


「ありがとう…シンに…」

 振り返るとコマも鋼の尻尾で磔にされている。


「もうお前だけだ。神妙にせよ」

 と尻尾が六本に減った元九尾の狐は、さらにもう一本抜き、慎一に目掛けて投げつけた。


 慎一は、


「オン キラキラ バザラ ウン ハッタ!(金剛よ、清め給え、祓いたまえ)」

 と金剛軍荼利真言を唱え、鋼の尻尾もろとも狐を吹き飛ばした。


「ぐぐぅう」

 肩で息をする狐。


 すぐさま慎一はコマに刺さった鋼の尻尾を取り除く。


「ふぅ、痛かったわい。礼を言うぞ」


「礼なんかいいからアイツにトドメを刺すぞ!」


「分かったわい!」


「喰らうがよい! 性悪女狐め!」

 コマが鉄の爪を突き立てると、狐は火に包まれ、あっという間に煙となって消えた。


 その後には、変化前の玉藻前が着ていた着物の上に狐の骸が遺された。


「オン アミリティ ウン ハッタ!!」

 慎一が甘露軍荼利真言を唱えると骸も着物も霧散した。


「サキ! 大丈夫か?」

 慎一は軍荼利明王から元紀の姿に戻りサキに駆け寄った。


 コマも化け猫の姿を解き、猫に戻った。


「し、シン兄、あそこにある鏡を取ってきてくれる? はぁ、はぁ、はぁ」

 息が荒く、表情が虚ろなサキは絞り出すような声を出して慎一に壁にかかった鏡を取りに行くよう願い出た。


「私が瑠璃光を出すから、それを鏡で私に当てて」

 瑠璃光は自分には当てる事が出来ないらしい。


 慎一は言われた通りに瑠璃光を鏡で反射させ、サキの体に当てた。


 サキはみるみるうちに復活し、コマの身体にも瑠璃光を当てて体に開いた穴を塞いだ。


 コマとサキが磔になった穴も瑠璃光で塞ぐ事が出来た。


(君の名を聞いていなかったな)

 慎一は意識の下に閉じ込めていた元紀に問いかけた。


 元紀は、


(川上元紀です)

 と短く答えた。


慎一は再び元紀の体から出てコマに口伝えをお願いした。


「怖かったかい?」

 猫が話しているのを奇妙に思いながら元紀は、


「風戸さんの意識の下にいたので痛みは感じなかったし、風戸さんが負けるような気がしませんでしたから怖くなかったです」

 と答えた。


「なあ、元紀君。さっきの頼みなんだが」


「僕に乗り移る話ですよね?」


「ああ、なんとか協力してくれないか?」


「それしか見守る方法はないと?」


「そうみたいだね」


「じゃあ、やってみましょう」

 コマは二人のやりとりを見ながら、


「お前達二人はどうやら相性が良いようじゃな。ワシの心配は杞憂じゃったな」

 と言った。


 コマは、慎一が元紀に受け入れてもらえず憑依がうまくいかない事を心配していたのだった。


「シン兄、良かったね」


「ああ。助かるぜ」

 やがて山崎が入ってきて、


「モトキ。時間だ。休めたか?」


「はい、隊長! ご心配をかけました!」

 元に戻った元紀を確認して、山崎は目を細めた。

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