12.「そこで取引をしたいんだがね」

「そんな用事じゃないぜ」


 彼はいつもにも増して低い声を出した。

 昔とったきねづか。ある都市で公安局を取り仕切っていた時の、あの口調だった。一つの都市の住人たちを放送一つで震え上がらせた、あの声音だった。

 伊達にそんなことをしてきた訳ではない。地球のある都市で、彼は十年の間、そんなことをしてきたのだ。今でこそ平和に暮らしているとは言え、その経験は、決して無駄ではない。都市を出て、相棒とあちこちに暮らすようになっても、たびたびそれは活躍した。

 用途によっては、相棒すらやや呆れた顔になるのだが。


「おたくのメカニクルが、話があると言っているんだがな」


 一歩後ろに控えたシファは、常にない彼の様子に、やや驚き、ふるえているようだった。

 戸が開く音がする。

 中から、やや小柄な、半分白髪の、針金のような髪を短く刈った男が出てくる。葬式の黒ではなく、濃い灰色の上下を身につけていた。

 開けた扉の向こう側には、ひとり、ふたり…… 全部で八人の男女が居る。同じような髪型をした中年女、中年男、それ以上も居る。どれを取っても、自分より若い者は居ないようだった。

 どんよりとした空気が、漂ってくるようで、彼はまた眉をひそめた。彼の嫌いな空気だった。

 灰色の、針金頭の男は、朱明の後ろに隠れるようにして立っているシファをねめつけるような目で見ると、やはり特殊ななまりの入った共通語で訊ねる。


「何の話だね? あんたがこれを持ち出したのか?」


 いや、と朱明は軽く答える。


「彼女は逃げてきたというから、俺達が助けただけのこと。話を聞いてみると、彼女の言い分にも一理ある」

「ふん、機械の言い分など」

「そこで取引をしたいんだがね」


 朱明の言葉に、男は腕を組む。


「どんな取引だって言うんだ? おいお前、逃げ出すなぞ、機械の風上にもおけないな」


 クーロンさん、と彼女は不安気に小さくつぶやく。ああそれがこいつの名前か、と朱明は気付く。


「彼女が逃げた時、あんたらは一体何処まで聞いた?」


 ふん、とクーロン氏は目を細める。


「それがあんたの取引の内容かね?」

「ちゃんと答えてほしいなあ? そこから話は続くんだ」


 やや小馬鹿にしたような口調で朱明は訊ねる。たいがいは、そこで相手は頭に来るのだ。

 圧迫感。それに侮辱。このクーロン氏は比較的に簡単に落ちる、と見た瞬間彼は踏んだ。そしてそれはそう間違っていないらしい。


「このロボットは、こともあろうに、クムの遺体をくれ、なんて言ったんだよ。冗談じゃない」

「冗談じゃないかねえ?」

「冗談じゃない。我々は先祖代々、一族の墓は、故郷の大地にと決まっておる。奴はロクな奴じゃなかったが、一族のきまりだ」

「と言うことは、あんた自身は、別にダールヨン氏がどうとか、というんじゃないよな」

「何を言いたい」


 ずい、と朱明は一歩前に進んだ。そしてサングラスを取る。濃い眉の下の、黒い強烈な目に、クーロン氏は一瞬ひるむ。


「……別にからっぽの墓でもいいんじゃないか?」

「いい訳ないだろう! 先祖代々の……」

「会ったこともないご先祖さんよりな、あんた等は、今の会社の方を心配した方がいいんじゃないか?」


 クーロン氏は、そしてその奥に居た人々は息を呑んだ。


「確か、あんたの会社は、今かなりヤバイんじゃないかな?」


 くくく、と朱明は目以外の部分で笑ってみせる。

 調べはついていたのだ。クム・ダールヨン氏の係累を、シファの記憶から洗って検索した。するとそこからは、地球の北米大陸にある中位の会社のデータがはじき出され、そしてその関連項目も……


「確かに、一族でこつこつとやってきた会社だからな、どんなに外れた奴でも、死んだ時には葬式の一つも出してやりてえというのは判るがな」


 クム・ダールヨン博士は、地球から失踪した時点で、一族から絶縁されていたはずなのだ。

 シファの話では、博士は何度か手紙を地球の一族に送っていたらしい。だがそれに返事が来たためしはない、と。


「だけどあいにく、今の分離政策下では、さすがにそれだけじゃきついんじゃないか? 目玉商品は欲しいとは思わないのかねえ?」

「……何が言いたい」


 クーロン氏は深く眉間にしわを寄せて朱明とシファを交互に見る。


「だから取引だと言ってるじゃないか。……あんた達は、ここの合成花が欲しくはないですかね」

「合成花……?」

「やっぱりそうなのかい!」


 中から女の声がした。クーロン氏は、ぴっと後ろを向くと、鋭く叫んだ。


「黙ってろユエ!」

「黙ってればいいのはあんたの方だよっ!」


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