11.「とりあえずは話し合い」

「さて行こうか」


 二人は店の前に立った。

 黒い手袋をぴっ、と音がするくらいにきっちりとはめる。

 いつもルーズに後ろでくくっているだけの黒い長い髪はオールバックにして、きつく結ぶ。久しぶりの黒いサングラス、とどめが黒の上下。


「……は、はい……」


 シファは目を丸くする。さすがに彼女もこんな姿の朱明は初めてだった。だが似合いすぎている。何処をどう見ても、一癖も二癖もありそうな輩だ。

 当の本人も、決して好きでやっている訳ではない。これは、「役どころ」なのだ。


「だってこのメンツの中でお前が一番怖そうじゃん」


というのが、一見一番そう見えない奴の言だった。

 一番怖い奴のくせによ、と内心思いはしたが、そこで言わせないあたりが、結局「一番怖い奴」なのだ。

 シティ。花屋の閉ざされたウィンドウの前。彼等はここにまだ居るはずの博士の親族と「交渉」をするために居た。



「とりあえずは話し合いだよな」


 あの翌朝、朝食のテーブルで、ハルは切り出した。種類も高さも違う椅子が、適当にその大きくもないテーブルのまわりに集まった。


「話し合い?」


 とりあえず問い返したのは藍地だった。


「それでいけなかったら、実力行使」


 そんなことだろう、と藍地はため息をついた。事件が起こり、関わってしまう時の、いつものパターンだったのだ。

 そしてまず、話し合いで済んだことはない。そのいつものパターンを思い返して、なかなか気が重くなったが、念のため、気を取り直して、笑顔なぞ作ってみる。


「話し合いね。それで済めばいいねえ全く…… で、誰が、行くの? ハル」

「こいつ」


 彼は自分の相棒を指した。ほぉ、と藍地はやや意地悪い声を立てる。


「だけどハル、昨日の話じゃ、お前ら、顔知られてるんじゃないの?特に朱明は」

「だから、多少は変装させるさ」

「させるって」


 そして前記の結果となるのだ。 


 

 とは言え、朱明にしてみれば、ハルが自分を行かせる理由も判らなくはない。

 藍地がこういうことに向いているとはまず思えない。

 無論、あの地球であの地位を作るまで、なかなかと藍地がややこしい世界をくぐってきたということは知っているし、おそらくはある種の地道で陰険な作戦に関しては、自分より適しているとは思う。だがちょっとばかり、藍地にははったりが足りない。

 そういう部門なのである。

 そしてハルは。

 彼は彼ではったりはきくことは朱明も知っている。だが、こういう場では意外にハルは頭に血が上る。

 それを知っている以上、なかなか彼としては、行かせる訳にはいかないのである。下手に行動して、人間ではないことが判ってしまったら。


「言わなくてはならないことは判ってるな?」

「はい。研究の成果も何も要らない、遺体だけ欲しい、ですね」

「そう。他のことは知らぬ存ぜぬでいい。何とかするさ」


 そして彼はちら、とサングラスの脇から視線を飛ばす。居るはずだ。近くの建物の陰、雑居ビルの中……

 彼は扉に手をかけた。 

 重いガラスの扉を開けて、店の中に足を踏み入れると、何やら奇妙なにおいがした。

 それが香のにおいだ、と彼が気付くにはそう時間はかからなかった。そして朱明は濃い眉をややひそめる。それは記憶にある、葬式のにおいだった。

 博士は朱明やハルの生まれ育った文化圏と比較的近い地域の出身だった。文化圏が近ければ、葬式の種類も近い。

 朱明は葬式は好きではなかった。憂鬱になった。それは身内が死ぬから、とかそういう直接的な理由だけではない。死というものを理解する前から、彼はその体質のせいで、葬式が身近なものになっていた。

 「影」が見えるのだ。葬式が出る前に。

 無論、彼も何と言い表していいのか判らないので、そうとりあえず言っているに過ぎない。

 何かの拍子に、黒いものが、目の前をよぎっていくのだ。

 ただ、それが本当に「黒」なのかどうなのか、彼もはっきりと断言できる訳ではない。色がそのまま目に映る訳ではないのだ。「黒」だ、と彼には思える、それだけのことなのだ。

 何なんだろう、と思う。それは決まって、自分を幼い頃可愛がってくれた親戚の葬式が出る時だったから特に。


「何か用かね?」


 中からやや特殊な地方なまりの共通語が聞こえた。


「ここでは通夜も葬儀もせんよ。香典ならそこに置いていくがいい」


 声はすれども姿は見えない。店の奥の、濃いガラスで仕切られた向こう側にその声の主は居る様だった。こちら側にあるのは、花ばかりだった。唐突な主人の死にも関わらず、店頭の合成花達は相変わらず華麗な姿を見せている。

 ただ、これだけの花の姿があるのに、香の漂う中、花の香りはまるでしない。なるほど、と朱明は思う。そのあたりが合成花なのだ。


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