第4話 「人生は一度で、しかも長くはない」

「お前がDDに最初に会ったのもその時じゃないか」

「そうだったかなあ」


 ノブルはひょい、と兄の言葉をかわす。

 基本的にこの双子の兄に嘘は通用しないことは知っているから、言葉的には曖昧にしておく。


「兄貴がコモドにスカウトされた年、やっぱり入ったのが、まだずいぶん若かったDDでよ。タイド兄は断ったけれど、コモドのそん時の上役はずいぶんいい人でよ、俺達にも何回か試合を見に行けるって回数券をくれたじゃないか」

「ああ、それは覚えてるよ」


 そしてその時に、ひどく楽しそうに練習場に走っていった青年の姿も。


「結局ノブル、お前俺の倍、通いやがってよ」

「お前がじゃんけんに弱いのが悪いだろ、兄貴」


 るせえ、とジャスティスはテーブルを叩いた。その弾みでコーヒーカップが倒れた。すいません~とノブルはウェイターを呼び、お代わりを頼んだ。


「それであれからずっとお前は彼のファンだったよな。だからあのチームにも入った」

「まあね」


 それは正しい。ノブル・ストンウェルにとって、プロに入るということは、そういうことだった。

 この双子の兄は、シニア・ハイの時に、自分と一緒にハイスクール・カップでいい線まで行ったのに、スカウトを断って、タイド兄と同じく、堅実な企業の方へと走った。

 だが自分は―――


「だが、彼が失踪した時に、即座に辞めるかと思ったらそうでもない」


 それも、そうだった。

 DDは、彼が一緒のチームでプレイするようになって、まもなくと言っていいくらいの時に、いきなり失踪した。

 少なくとも、当時のノブルにとっては、そう見えたのだ。誰が、遠征先で政治犯と間違われた、なんて考えるだろう?

 だから彼はしばらく、信じられなかった。失踪。

 でかでかと報じるマスコミに、思わず暴行を働いたこともある。いい加減にしろ、と顔に青筋を立てて。


「待ってたのか?」

「まあそれもあるけど。でも俺だってベースボールそのものが好きだったからさ。ねえ」



 嘘だ。


 と、その時ふとマーティは思った。



「その割には、コモドがあーなっちまった時には、さっさとお前、捨てたな」


 かつてナンバー1リーグにまで上がったチームは、ヒーローの消滅を機に、どんどん人気と成績が落ちて行った。

 やがてそれは、興行成績にも響き、経営不振―――身売りへとつながっていったのは、ベースボール好きには有名な話だった。


「ま、そもそもその頃にゃー、向こうも俺を切りたがってたからな。ビリシガージャ監督も交代させられたし。あのおっさんは俺結構好きだったけどよ、後がまがなー」

「そこだ」


 ぴ、とジャスティスは太い指を突き付けた。


「何でそのタイミングなんだ? お前」

「何でって」

「そんな時期に出たところで、何の得がお前にあった?」

「別に。得も損も。俺はただ、その時は何かもう居るのは何だしなあ、と思っただけだよ」


 さらり、とノブルは答えた。


「本当か?」

「本当だよ。嘘に感じるか?」


 ジャスティスはくわえた葉巻を噛みつぶす勢いでじっと弟を見た。


「嘘はついてないようだな」

「当然だろ」


 嘘ではない。確かに。


 ノブルは思う。

 内容はともかく、嘘をついているかとどうか、はこの兄には隠せないのだ。それは自分も同様だったが。兄は自分に嘘はつけない。隠せない。

 それまで長い期間居た所を辞めることを決意するのは、結構すこん、とした一瞬である。ある一瞬を越えてしまうと、考えはもう「続けるためにどうすればいいのか」ではなく「次はどうしよう」に向かうのだ。


「それでお前、その後どうしてたんだよ」

「何も。適当に仕事見つけて、食える程度にはやってたさ」

「本当か?」

「だからこーやって生きてるんだろ。お前程じゃあないが、兄貴、俺だって食ってくためになら、着たくもねえ服だって着たし、肉体労働もしたし、営業で飛び回ったりもしたさ」

「ふん」


 ふっ、と勢い良くジャスティスは煙を吐き出した。



「営業ですか…… 似合いませんねえ」

「何なに、ストンウェルさん、営業やってたことあるんですか?」


 ミュリエルのつぶやきに、ダイスが聞きつけて飛びつく。


「みたいだね」

「あーでも、あのひとなら結構イケるかもなあ」


 テディベァルは相変わらず手放しでちゅ、とジュースを吸いながら天井を向く。


「俺は無理だなあ」

「マーティさんが無理? そんなことないでしょ」

「や、マーティは駄目ですね」

「何だよ、先生、その根拠は?」

「いや、勘ですよ」


 ははは、とミュリエルは静かに笑った。


 勘ねえ。


 マーティはその大きな肩をすくめた。確かに自分にはできそうにない、と思う。それはそれでいい。結局野球馬鹿だった訳で。それだからこそ、こうやってグラウンドに戻ってこれた訳で。


「そう、結局あのひとの場合、その期間が謎なんだよなあ……」


 テディベァルは指を鳴らす。


「その期間?」

「だからよダイス、あん人がコモド辞めて、その後にウチに来るまでって、ちょっとあるじゃんかよ。その間営業とかやってた、って言ったってさあ」

「まあストンウェルがひと所そういう職で長続きするとは…… 私も思えないですねえ」

「俺もそれには同感だよ」


 マーティはうなづく。


「ヒノデ夫人に聞けばまあ、それなりに判るかもしれないですがね」


 ひらひら、とマーティは手を振る。


「やめとけ。あのひとのことだから、そういうのは仲良くなってご自分でお聞きなさい、とやんわり言われてしまうがオチだぜ」


 それもそうだ、と皆でうなづく。

 そもそも、自分を呼び寄せた経路にしたところで、結構謎はまだ残っているのだ。

 アルクでのクーデターの成功で、協力者として彼はマーティ・ラビイとして籍を再取得した。

 その後、彼はしばらく、協力していた反政府組織の一つ「赤」の代表の元で「仕事」をしていた。

 相棒がその「赤」の代表ウトホフトの表に持っている店のウェイターをしていた、という関係もあったが、彼自身の仕事は相変わらず「裏」であったことには間違いない。

 ヒノデ夫人は、一体「表」と「裏」と、どちらの代表ウトホフト氏と話をつけて、自分を手に入れようとしたのだろう。

 まあ無論、どちらであっても、おかしくはないのだ。

 ヒノデ夫人率いる「サンライズ」はアルク指折りの大手食品産業である。「表」でも「裏」でもそれなりに「顔」であることは間違いないだろう。

 ただ「DD」はともかく、「マーティ・ラビイ」は「裏」でなければ探せなかったのではなかろうか。

 同じことがノブル・ストンウェルに関しても、全く言えなくはない。



「まあいい」


 ジャスティスはぐい、とまた葉巻を押しつける。


「ただ納得できねえことをするな」

「判ってるさ。人生は一度で、しかも長くはない」

「そうだ」


 にや、とジャスティスは笑った。


「しばらく、この惑星に居るのか? それともレーゲンボーゲンへ戻るのか?」

「や、今ロード中だから、明々後日ここを出発するんだ。明日でここのゲームは終わりだから」

「そうか」

「お前はどうなんだよ、兄貴」

「俺か? 俺は明日発つ。こっちの仕事は今日片づいた」

「へえ。首尾はどうだい」

「聞くか?」


 ノブルは黙って首を横に振った。


「成功、だろ?」

「間違いだ。大成功、だぜ」


 はははは、と二人は声を立てて笑った。


「俺今日先発だったから、明日は出る予定はねえんだ。何時だ? 宙港まで送ってくぜ」

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