第6話「カップ焼きそばと人類の戦いは続く」

 四時限目終了のチャイムが鳴ると教室は待ってましたとばかりに騒がしくなる。

 昼食を買いに行くもの、弁当箱を広げるもの、机をくっつけて仲良しグループがそこらで島を作る。

 僕は購買で惣菜パンを買うために席を立った。

 二年生の教室は三階にある。

 購買部は一階。

 一年生たちよりどうしても出遅れてしまう。

 しかし焦らない。

 ぼくの「いつもの」はそんなに人気はない。

 ゆっくりというわけではないが急いではいない。

 賑やかな廊下を抜け、中央階段を下りていく。階段は上る人、降りる人が程よく行き来している。その流れに乗って一階の購買部まで行くと、すでに人だかりができている。

 最後尾につけ人の声を聴くとなく聞いていた。

 買う側も売る側ももう慣れたもので、あれだけ人が並んでいたのに、もう僕の番になっている。捌く時間が速いから見た目よりも並ばない。

 「揚げハムチーズとココア」を買って人ごみをささっと抜ける。

 「さて」僕はいつもみんながいる体育館と本校舎をつなぐ外廊下に向かった。ここからはすぐだ。

 一階の西側の端には体育と校舎をつなぐ渡り廊下がある。僕らは晴れた日はそこの端に集まって昼飯を食う。

 「おす」と既に太田と富岡がいた。

 太田は黒いプラスチックの二段式弁当箱を開けて既に食べ始めている。

 富岡はカップ焼きそばだ。相変わらず。

 こいつの昼飯はいつもこれである。

 「富岡、またカップ焼きそばか?飽きてこない?」と僕が聞くと。

 「これでも色々と試しているんだぞ」と反論。

 「いや、違うの食べてるのはわかるけどさ。カップ麺ばっかってのはあまりよくないだろ」

 「川井に言われたくないよなーそっちこそいつも揚げパンじゃないか」

 「う。それを言われると。しかしよく考えるんだ。ここの購買で買える惣菜パンは高校生の今この時しか買うことができないのだ。そう考えるともったいないだろ。その点カップ焼きそばはいつでも食える」

 「ははーん。残念でしたぁーカップ麺は入れ替わりが激しいからな早いと一週間で店頭から消えるんですぅ」

 「すごい低レベルな争いだな」と普段ボケ役の太田が冷静なツッコミ。

 「太田は親が弁当作ってくれるの?」

 「ん、昨日の残りを弁当箱に入れてるだけ。ご飯だけ朝に炊けるように設定して」

 「なるほど」

 「うちは両親とも忙しいから、弁当は作ってる時間ないなー」

 「なるほどなー。この中で料理できる人いる?」沈黙。

 「卵かけご飯は料理に入りますか?」と富岡。

 「いや、入らんよ」

 「お茶漬けは」と太田。

 「お茶漬けの元使うのはなしね」

 「料理むずいな」

 「なー」

 「でも今の時代。男も料理できないとモテないぞ」

 「そういう川井は答えてないよな」

 「そうだそうだ」

 「僕はパンにチーズとハムを載せたハムチーズトーストを作れるから君らとは違うんだ」

 「「同じだ!」」

 「ま、スタートラインは同じなわけだからさ。これから勉強していこうじゃないか」と僕は両手を広げていった。

 「モテるためか?」

 「愚問だな」

 「でも具体的に何するんだ?」

 「スーパーで野菜とか肉買って・・・なんか作る」

 「料理本とかかった方がいいじゃないか」

 「今の時代ネットだろ」

 「まぁ、なんでもいいんだけどさ。レシピ見て使うもの揃えたほうがいいんでない?」

 「だな・・・あ」と富岡。

 「どうした」

 「いや、焼きそば湯切りしなきゃ」と排水溝にじゃばーと湯切りし始めた。

 「太田は晩飯はどうしてるんだ?」

 「晩飯は親が作ってくれるよ。朝忙しいんだよ」

 「ふーん」とその時。「あああああ」と声。なんだと思って顔を上げると富岡が呆然としていた。見ると。

 カップ焼きそばが排水溝にぶちまけられていた。湯切り失敗。

 「・・・く。くそおお」と富岡。

 「・・・なぁ、こういう時どういう顔すればいいんだろうな」と太田。

 「笑えばいいと思うよ」と僕。

 「笑えよ!笑うがいいさ!この愚かな俺を嘲笑えよぉおおお」

 「いや、そこまで俺たちも鬼ではない」

 「くそ。カップ焼きそばと人類の戦いはいつも奴らの勝ち逃げで終わる」

 「壮大だなぁ」と僕。

 「自炊できれば問題解決だな」太田の的確な助言だが実現性は低い。

 「・・・そうだな太田。そうだよ。な。川井。自炊できれば、こんな悲劇は起きない。悲しみの川があふれることもない。俺自炊できるようになるよ。料理で世界獲るよ」

 「壮大だなぁ」

 その後、富岡は総菜パンを買いに校舎内に消えていった。

 「・・・」

 「・・・」

 「おにぎりから始めるか」

 「そうだね」と僕らはうなずいた。


●了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る