第50話 魔王の息子、ツッコむ

 ゼノスの剣がオーガの胸を突き刺す。

 その瞬間、オーガの体は炎に包まれる。

 断末魔の叫び声を上げる間もなく死体は炭となり、骨も残らない。

 

 魔力を止め、柄だけになった剣をポケットに収めながらゼノスが振り返ると、静まり返った草原に、割れんばかりの拍手と歓声が響いた。


「すっげええ! さすがゼノスだぜ!!」

「オーガを瞬殺だなんて強すぎるぅうう!!」

「かっこいい!」


 先ほどまでオーガに怯えていたはずの生徒たちは皆興奮しており、何を言っているのか聞き取れないほど叫んでいた。


「ゼノス! 大丈夫か!?」


 ユリウスは駆け寄ると、ゼノスを心配そうに見つめた。


「大丈夫って……何がだ? 俺はこの通り何ともないぞ」


 オーガごときに俺がやられるはずがねえだろ。


 首を傾げながらゼノスが聞き返すと、ユリウスは呆れたように肩を竦めた。


「ふっ、そのようだな」

「なんだ、俺がやられるとでも思ったのかよ?」


 ゼノスが強いことはユリウスも知っていた。

 ゴブリンロードにゴブリンキング、果てはヒュドラまで倒したと聞いていたユリウスだが、こうして実際にレベルの高い魔族を倒すところを見たのは初めてだ。


 ましてや相手はレベル12のオーガである。

 ユリウスが心配するのも当然のことだった。

 結局その心配は杞憂に終わったわけなのだが。


「当たり前だろう。オーガを単独で倒せる者など帝国でも片手で数えられる程度しかいないのだ。それを貴様という奴は……うん、そういえばレティシアは驚いていないのだな」

「当たり前です。ゼノスがあの程度の魔族に負けるはずがありませんから」


 ユリウスと違い、レティシアはゼノスがヒュドラを倒したところを見ている。

 ゼノスが勝つのは当然だと信じていた。


 もちろん、それは何度もゼノスの戦いぶりを間近で見ているイリスも同じだ。

 端からゼノスが負けるなどとは考えていない。


 ――はあ、かっこいい……。


 『ディバインフィールド』を張っている間、イリスはゼノスが戦う姿に見惚れていた。


 あのキリっとした表情、たまらないわ……。


 ゼノスに向ける眼差しは恋する乙女そのものである。

 いや、というより他の生徒に見られると少々まずい表情をしていた。

 

「んん、姫様」


 イリス付きの侍従――ロゼッタの言葉でイリスの思考は現実に引き戻される。

 

「大丈夫ですか、姫様?」

「え、ええ。ありがとう……助かったわ」


 イリスはいつもの表情を取り戻した。

 

 危ない危ない、こんな大勢の前で見惚れている場合じゃなかったわ。

 

 愛するゼノスのかっこいい姿を見ることができた。

 そのこと自体はイリスとしても嬉しいことなのだが、問題はそれが偶然ではなく意図して発生したものであるということだ。


「アルヴィナ先生! なんでオーガを召喚したんですかっ!」


 イリスはアルヴィナ先生に詰め寄って抗議した。

 しかし、口を開いたのはアルヴィナ先生ではなく、隣に立つ壮年の男だった。


「アルヴィナ先生は悪くない。私がオーガを召喚して欲しいと頼んだのだ」

「どうしてですか! オーガがどれほど危険な魔族か、知らないはずはないでしょう?」


 ユリウスやレティシアとは違い、イリスはイザーク先生がゼノスに興味を抱いていることを知らない。

 憤るのは当然のことだった。


「なに、私の教え子の中でも最も優秀なレティシアに勝ったというではないか。どれほどのものか、試してみたいと思うのは当然のことだろう」

「なっ!?」


 イリスは絶句した。


「そ、そんなどうでもいい理由でオーガを……」

「どうでもいいだと? 私にとっては重要なことだ」


 眉一つ動かすことなく大真面目な顔で言ってのけるイザーク先生に、イリスは開いた口が塞がらない。


「それに安心したまえ。召喚魔法は自分より強い魔族――つまり、制御できない魔族は召喚することはできない。さっきのオーガもちゃんとアルヴィナ先生の制御下にあったのだ。仮に危ないと判断したら、召喚魔法を解呪するだけでオーガは消える」

「それでも――」


 イリスが更に何か言おうとする前に、イザーク先生は頭を下げて謝った。


「だが、大勢の生徒を前に軽率な行動であったことも事実だ。そこは謝罪しよう。すまなかった」


 これには思わずイリスも面食らってしまう。

 休戦協定を結んでいるとはいえ、つい最近まで争っていた国の王族に頭を下げたのだ。


「……頭を上げてください。結果的に誰にも被害はおよばなかったのですから。ただ、次からは気を付けてくださいね」

「もちろんだ。今後は時と場所をわきまえるとしよう」

「いや、そういう意味で言ったんじゃないんですけど……」


 そんな2人のやりとりを眺めていたゼノスの頭には、イザーク先生の言葉が過っていた。


 自分より強い魔族は召喚できない――ということは、アルヴィナ先生は少なくとも1人でオーガを倒せる力を持っているってことだよな。


 オーガを召喚したのが何よりの証拠だ。

 しかも、アルヴィナ先生の魔力はそれほど減ったようには感じられない。

 相変わらず何を考えているのか分からない、涼しげな顔だ。


 気をつけねえとな。


 ゼノスはアルヴィナ先生の警戒レベルを一段階引き上げると、ユリウスに視線を向けた。


「なあ、イザーク先生はこれで大人しくなると思うか?」

「大丈夫だ、と言いたいところだが無理だろうな」

「やっぱりか……」

「先生のことだから、ゼノスの限界を知ろうとするはずだ」

「ってことは」


 ゼノスがげんなりした顔を見せる。

 イザーク先生の授業のたびに何か仕掛けられたら、身が持たないのだが。


「まあ、先生には俺からも言っておくから授業中は大丈夫、だと思う」

「授業以外のときは?」


 ユリウスはあからさまに目を逸らした。


「おい」

「なるべく1人にならないようにな」

「襲われる前提で言ってるじゃねーか!」


 この日から、ゼノス・ヴァルフレアはイザーク先生にたびたび仕掛けられることになるのだった。

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