第44話 召喚魔法を体験しよう

 やって来たのは、グランレイヴから北西の小さな森だった。

 馬車で三十分ほどの場所で直ぐ近く横には街道も通っているが、魔族の目撃情報もない、比較的安全な場所だ。


「今だ、撃て!」


 指揮をとるゼノスの合図と同時に、アルカディア共和国の生徒たちは一斉に氷と風、土の魔法を放つ。

 魔法は弧を描きながら一直線に飛んでいき、ゴブリンの体を貫く。


「やった!」


 魔法を命中させた生徒が喜ぶ。


「浮かれるな! 来るぞっ」


 不快な鳴き声とともにバタバタと地面に倒れるが、攻撃を逃れたゴブリンたちが生徒たち目掛けてやって来た。

 刃こぼれした剣や棍棒を振りかざし、怒りの形相で近づいてくる。


 しかし、その動きはどれも遅い。

 所詮はレベル2の魔族である。

 これまで幾度となく実習を重ねてきた生徒たちにとって、ゴブリン程度の魔族など相手になるはずもない。

 アルカディア共和国の生徒たちは、落ち着いてゴブリンの攻撃に対処できている。


 ――ってか、見れば見るほど本物そっくりだな。


 ゼノスはそんなことを考えながら、近づいてきたゴブリンを一刀のもとに斬り倒していた。

 周囲を見渡すとアルカディア共和国だけでなく、イリスやレティシアたちのクラスも難なくゴブリンを倒していた。


 今、ゼノスたちの目の前にいるゴブリンは、アルヴィナ先生の召喚魔法によって出現したものだ。

 召喚魔法とは、術者の魔力を消費することで魔族を呼び出して使役する魔法で、今もアルヴィナ先生が黒く光る魔法陣から、次々と魔族を召喚している。

 現れるのはゴブリンだけではなく、スライムや大蛙トード蜥蜴リザードと様々だ。

 召喚された魔族は既に五十を超える。


 しかし、召喚された魔族に共通して言えるのはどれもレベルが低い、ということである。

 大蛙はレベル3、蜥蜴もレベル4だ。

 レベルの低い魔族であるほど、消費する魔力も少なくて済むらしい。

 しかも、召喚した魔族は術者の支配下にあるため、攻撃の威力もコントロールできるという。


 ということは、だ。

 今までよりも安全に実習が行えるということになる。

 何より移動時間が短くて済むのは助かる。

 実習をしようにも必ず魔族がいるとは限らないし、魔族が潜んでいそうな場所まで向かおうとすると、どうしても遠出をしなくてはならない。

 アルヴィナ先生の召喚魔法は、グランレイヴ魔術学院の生徒たちにとって非常に役立つはずだ。


 最終的には百体近くの魔族が召喚されたが、所詮はレベル4までの魔族しか召喚されていない。

 召喚の速さに驚いた生徒たちだったが、魔族は十分ほどですべて倒された。

 生徒たちは、オルフェウス学院長とアルヴィナ先生の前に整列する。


「ほっほっほ! どうじゃな、アルヴィナ先生の召喚魔法は。凄いじゃろう」


 白髭を撫でながらオルフェウス学院長は我が事のように笑みを浮かべていた。

 隣に立つアルヴィナ先生は一言も発することなく、無表情で立っている。

 レベルが低いとはいえ、百体近くの魔族を召喚しコントロールしていたのだ。

 魔力はそれなりに消費しているはずなのに、いっさい表情を変えず疲れた素振りすら見せていない。


 それだけ魔力量が多いってことか。

 魔術学院の生徒よりも、勇者協会の方が侮れねえ気がするな。


 魔術学院の生徒は才能はあるにはあるが、イリスやレティシアといった一部の生徒を除けば、ゼノスが脅威と思えるようなレベルではない。

 彼らに比べたら目の前にいるアルヴィナ先生の方がよっぽど警戒に値する。


 どのレベルの魔族まで召喚させて使役できるかは分からないが、基本的に魔法陣はどこでも作りだすことができる。

 すなわちグランレイヴ魔術学院内でも可能だ。


 勇者協会から派遣されたアルヴィナ先生が、そんなことをするとは思えないが、ウィリアム先生の件もある。

 

 先ほどの召喚魔法によって現れた魔族の攻撃を受ける生徒も一定数いた。

 だが、アルヴィナ先生がダメージをコントロールしてくれていたのか、それとも単に魔族のレベルが低かったからか、悲鳴を上げる生徒は一人もいなかった。


 これが例えばミノタウロスやヒュドラといった魔族だったら、攻撃を受けた生徒たちはどうなるのだろう。

 そもそもアルヴィナ先生がレベル13や15クラスの魔族を召喚できるのかといった疑問が浮かんだが、召喚の前提として今まで倒したことのある魔族であれば召喚可能とオルフェウス学院長が説明していた。

 なら可能性はゼロではないはずだ。


 可能性がある以上、警戒しておくべきだ。

 いつ、またカイナみたいな魔族が現れるかもしれないんだからな。


 ゼノスは左にちらりと視線を送る。

 視線の先にはイリスがいた。

 ゼノスの視線に気づいたのかイリスと目が合う。

 イリスは笑みを浮かべるが、すぐに顔を引き締めた。

 そして、周囲にバレないように下の方で小さく手を振って応える。

 その仕草が堪らなく可愛い。


 俺が守ってやらねえと。


 イリスの中に眠っている魔王ルキフェの魂。

 そのことを知っているのがカイナだけであるはずがない。

 きっと、他にもいるはずだ。


 大半の魔族はバエルに従っているが、一部の魔族は頑なにバエルに従うことを拒否している。

 それが魔王ルキフェの側近たちだ。

 

 今までは何で親父に従わないのか不思議だった。

 だが、今なら分かる。

 奴らは知っていたのだ。

 魔王ルキフェの魂が眠っていることを。

 そして、復活を目論んでいるのだと。


 ゼノスがニッと笑い返すと、イリスはぽっと頬を染める。

 頬だけではない、耳も少し赤らんでいるのが分かる。

 ゼノスは心の中で何度も「マジで可愛い」と繰り返した。


 イリスは俺が守る。

 改めてゼノスはそう決意すると、前に向き直った。


 オルフェウス学院長の話はまだ続いていた。

 アルヴィナ先生は変わらず無表情のままだ。

 いや、視線がある一点に集中していることに気づく。


 どこだ、どこを見てやがる。


 ゼノスが視線を辿ると、ジッとイリスを見つめていた。

 アルヴィナ先生の表情からは、何を考えているのか窺い知ることはできない。


 しかし、アルヴィナ先生の眼差しはどこか不気味で――そして、妖艶だった。

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