第35話 魔王の息子、共闘を持ち掛けられる


「お初にお目にかかります。オーヴェル様の近侍頭のリザ・クレヴァニールと申します」


 長いシルバーの髪を後ろでまとめ上げ、金色の目をした女性が頭を下げる。

 青い騎士団服を身にまとっており、ヒール付きのロングブーツを履いていた。

 気品のある美しさを感じさせる切れ長の瞳がイリスに向けられる。

 

「お久しぶりです、イリス様。うちのバカ王子がご迷惑をお掛けしました」

「いえ、ご苦労様です」


 イリスは目に見えてホッとした顔で頷いた。


「クレヴァニール?」


 ゼノスが反応する。

 どこかで聞いたことのある名だったからだ。

 そして、ロゼッタもクレヴァニールだったことを思い出す。

 

「ええ。ロゼッタとリザは姉妹なの」


 イリスがゼノスに説明する。

 

 並び立つ二人は、確かに顔立ちも似ていた。

 違いがあるとすれば、ロゼッタに比べてリザはスレンダー体型だというくらいか。


「久しぶりね、ロゼッタ。どう? 学院での生活は」

「姉さん、お久しぶりです。ええ、今のところは問題ないわ。いえ、一つ心配なことがあるといえばあるけれど……」

「安心なさい。そのために私と王子が来たのよ」

「そうでした」


 そう言って二人はゼノスを見た。

 

「ねえ、りっちゃん? そろそろ手を緩めてもらえると嬉しいなあ、なんて」


 リザはずっとオーヴェルの関節を極めたままだったのだ。

 あー、といった表情でリザはオーヴェルを見る。


「忘れていました」

「君、それ王子にする態度じゃないよね」


 リザから解放されたオーヴェルは「いてて、りっちゃんは手が早いんだから」、と言いながら手首をさすった。

 

「いやあ、ごめんよ。久しぶりに会ったから嬉しくてつい」


 頭を掻きながらはにかんだ笑みを浮かべるオーヴェルは、優男タイプの美形だった。

 十人が見れば十人全員が王子様、と答えるであろう絶世の美青年だ。

 リザと同じ色の騎士団服を身にまとい、肩からは濃い藍がかった青色のマントを羽織っている。

 

「お兄さまが相変わらずのようで、私も安心しました」

「そうかい! 照れるな」

「嫌味で言ったのですが……」


 イリスは既に疲れた顔を見せている。

 この様子だと、普段からオーヴェルはこの調子なのだろう。


「ロゼッタちゃんも久しぶりだね、元気にしてたかい」

「お気遣いありがとうございます。オーヴェル様もご壮健のようで何よりです」

「あはは、りっちゃんのおかげかな」

「そう思ってくださっているのでしたら、少しは自重していただきたいものですね」

「女の子が僕を待っているから難し――善処するから、抜刀はやめてくれるかな!?」


 かなりの女好きでもありそうだ。

 次期国王がそんなんでいいのか。

 何とかリザからの攻撃を逃れたオーヴェルがゼノスに目を向ける。


「――で。君がゼノス・ヴァルフレアくんだっけ?」

「ああ、そうだ」

「そうか」


 オーヴェルがにっこり笑うと、イリスへ視線を移す。

 イリスはゼノスの背後に隠れて、警戒の眼差しでオーヴェルを見た。

 ゼノスとイリスの距離感を見て、「なるほどね」と呟く。


「ロゼッタちゃんの心配は当たっていそうだねー。よく知らせてくれたよ、ありがとう」

「いえ、お役に立てたのであれば幸いです」


 ロゼッタがうやうやしく腰を折る。

 その言葉に、イリスはようやく合点がいったように目を見開いた。

 

 ――やっぱり貴女だったのね、ロゼッタっ!!

 でも、なんで……?


 王国への報告は全てロゼッタに任せていた。

 だが、二人が想いを確かめ合ったことまでは知られていないはずだ。

 それに少なくとも誰かが見ている前でイチャイチャした覚えはない、とイリスは思っている。

 

 もちろん、ロゼッタは二人が付き合っていることなど知らない。

 ただ、そこは長年イリスの侍従として仕えてきたロゼッタである。

 二人きりでダンジョンに潜って以降、何かしらの変化があったことには気づいていた。

 ゴブリンの件で、王国の生徒を救ってくれたことに対する感謝の気持ちはある。

 ゼノスが来てくれなければ、今こうしてこの場にいることさえできなかったのかもしれないのだから。

 しかし、感謝よりも、イリスの関心がゼノスに向けられていることに対する危機感の方が大きかった。


「ゼノスくん、君の実力を知りたいんだよね」


 ――ほらきたっ!


 イリスはギュッと手に力を入れた。

 オーヴェルの性格を考えれば、必ずゼノスにちょっかいをかけてくるであろうことは想像がつく。

 普段は女性のことで非常にだらしのない兄だが、イリスが関係すると目の色を変える。


 一見すると細身でたいした力も持っていないように見えるオーヴェルだが、王国の騎士団長を務めている。

 王国と帝国でオーヴェルを知らぬ者はいない。

 たった一人で百人以上の帝国の騎士団を全滅させた、都市を襲おうとしていた数十からなる魔族の群れを殲滅せんめつした――など、その武勇伝はもはや伝説となっている。


 オーヴェルの実力は妹であるイリスが一番よく知っているし、普通であれば十六歳の少年が勝てる相手ではない。

 しかし、ゼノスの実績も普通ではない。

 オーヴェルに実力が認められれば勇者に近づくのではないか、イリスはそう考えていた。


 ――頑張って、ゼノス!


 イリスは心の底から願っていた。

 

「実力を見せるっても、具体的にはどうすりゃいいんだ?」


 また模擬戦か、とゼノスは内心ため息を吐く。

 魔族であるゼノスはオーヴェルの武勇伝など知らない。

 だが、目の前の人物がレティシアよりも強いことは、彼が内包している魔力量で分かる。

 オーヴェルなら、ヒュドラも一人で倒せるかもしれない。

 

 それでも。

 例えヒュドラを倒せる実力をオーヴェルが持っていようとも、ゼノスに勝つことはできない。

 

 ――とはいっても、向こうがやる気だっていうなら受けるしかねえんだが。


 イリスの兄ということもあり、ゼノスはあまり乗り気ではなかった。


「模擬戦も考えたんだけどね。僕とゼノスくんの実力を考えたら、屋内だと建物が壊れてしまう可能性があるよね」

「まあ、そうだな」


 ゼノスは、オルフェウス学院長が頭を抱える姿を想像する。

 

「そうなったら修繕費は王国から出さなきゃならなくなっちゃうし、面倒だなって。どうしようかなーって考えてたんだけど、ここに来る途中でちょうどいいこと思いついちゃったんだよねー」


 オーヴェルはニヤリと笑みを浮かべた。

 ゼノスは直感的に嫌な予感がした。

 何かを企んでいるように感じたからだ。

 ゼノスの予感は当たることになる。


「魔族、倒しに行かない?」

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