月暦6 昔話と宗教と

「この国の宗教について、中学の最後で詳しく扱うと一年生の授業時に説明したはずです。覚えてますか、小川くん。」



後ろの席の女子が小川の椅子を蹴る。

小川の意識はここにはもうない。



「……んぁ?」


「寝てましたよね?」



先生の冷ややかな声。若々しく、綺麗な長い茶髪をポニーテールにしている教師。隣のクラスの先生だ。二十代後半ぐらいのように伺える。そんなわけで生徒に舐められた態度をとられるのも少なくない。



「はい、寝てました。」



開き直った小川の態度に教師だけでなく、クラスメイトも呆れている。

門海に哀れみの視線が向けられた。



「もういいです。では、門海さん。国内の宗教を3つ答えてくれる?」



門海、先ほど小川を起こした後ろの席の彼女だ。とても不服そうな顔をしている。

「最悪…。死ねハゲ」と小川にだけ聞こえる声で呟いた。



「…はい。兎月教、キリスト教、夜影教。」


「素晴らしい、きちんと割合が多い順番に答えてくれました。兎月教から入りたいと思います。じゃあ、黒園くん、兎月教の説明をしてください。」


「…兎月教は宗派が3つあるが、根本は同じ。月を重んじ、使者である兎を尊び、能力を地に捧げる。月による重力の変化が能力の起源だと言われている。」


「完璧ですね、今日扱うのは月の兎という物語とそれぞれの宗教、宗派についてです。」



電子黒板に映し出される文章。






【猿、狐、兎の3匹が、山の中で力尽きて倒れているみすぼらしい老人に出逢った。

3匹は老人を助けようと考えた。

猿は木の実を集め、狐は川から魚を捕り、それぞれ老人に食料として与えた。

しかし兎だけは、どんなに苦労しても何も採ってくることができなかった。

自分の非力さを嘆いた兎は、何とか老人を助けたいと考えた挙句、猿と狐に頼んで火を焚いてもらい、自らの身を食料として捧げるべく、火の中へ飛び込んだ。

その姿を見た老人は、帝釈天としての正体を現し、兎の捨て身の慈悲行を後世まで伝えるため、兎を月へと昇らせた。

月に見える兎の姿の周囲に煙状の影が見えるのは、兎が自らの身を焼いた際の煙だという。】






「この物語が三つの宗派に分かれるきっかけとなります。

能力は帝釈天が与えたとする天授派。

能力は兎が与えたとする兎授派。

能力は天地を創生した神が与えたとする神授派。

この3つです。」



この国は昔から、能力の起源とされる月と兎を神様と崇めてきた。

教師は話を続ける。



「そして能力が生命の根源だと考えない宗教、それがキリスト教です。」



この国でのキリスト教徒は非常識な者と扱われる。能力を持っていることに敬意を持たず、死に囚われていない。地獄に落ちろと侮辱する人間までいる。



「兎月教とは逆で、この物語が能力に関する物ではないと主張しているのが夜影教です。

夜影教の宗派は五つ。

国王陛下が創生し与えたとする王授派。

一人の能力者から血が分けられたとする分血派。

能力は生命と関係せず、本来長く生きられるはずの国民を能力者である国王が殺しているという反逆派。

この国家が全て幻想なのだと考える無能派。

その国が外の世界から飼い慣らされていると考える異端派。」



国家反逆罪に問われる宗派が反逆派、無能派、異端派のものだ。この三派が手を組み動き始めているというのは最近よくニュースで流れる。その三派は革命三首と名乗るが、国民からは魔道族と呼ばれる。



「革命三首および魔道族とは関わらないこと。絶対にそれだけは守ってください。未成年でも法を破ることになります。次の授業はこの続き、法律やりますから。内容深いし、予習しといてね。」



ちょうどチャイムが鳴り授業は終了した。



「すげぇ気に…

すげぇ気になったんだけどさ、国王は何教なんだろうな?」


「確かに。」



若倉が宮浜に質問しようと目を合わせるような仕草をしたが、世凪に質問してきた。



「若ちゃん、隣に私いるんだけど??ねぇ??目があったよね!!ねぇ!!」


「宗教に入ってないとかか?」


「いや、それはないんじゃない?」


「ねぇ!なんで無視するのおおおおお??」


「おう、いたのか。」


「こはく、いたなら返事してよ。」


「みなっちゃんまで!?

 ひーどーいー!!お〜と〜!!」


「わっ!こはくいたの!?」

※これは嘘じゃないです。


「…あ、一番傷ついた…」 


「えっ!?ごめんね!!」



悪気は一切なかった。

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