第5話 こじらせ騎士を放置してみた!





 夜に夜食を食べたら侯爵殺害の容疑者になってしまった。あれは避けようのない罠であった。間違いない。

 そもそも悪魔たる我輩の前で、あんな怨念と憎悪のスパイスを纏った魂をしているのが悪いのである。食べてくれと言わんばかりだから食べたのである。食べられたくないのであれば我輩を撃退出来る力を持っておくべきなのである。世は弱肉強食。うむ。我輩、悪くない!

 しかし我輩の世界は平和であるが、人間の世界は不穏である。朝のさわやかな空気が台無しである。


「侯爵ってあれだろ? 人狩り侯爵」

「ああ。王都に来ても癖が抜けなかったみてぇだなぁ。甚振る相手を探しにわざわざ貧民街に足を運んだ挙句、殺されたってことか……」

「自分の領地でも相当やらかしてるらしいな」

「護衛に目の前で殺させるために、義民が起って反逆してくるのを待ってるっつーから相当だよな」

「そりゃあ、殺されもするだろうよ」

「今頃領地じゃ喝采あがってるんじゃねぇか?」


 なかなかに禍々しい話題である。そして、我輩、いい仕事したであるな!


「おいおい、おめぇら、団内で滅多なことを口にすんなよ? 一応、国のお貴族様だ。俺達にも不審者の捜索依頼が来てるぐれぇなんだぞ? 他に聞かれたらクソ面倒なことになるから、騒動が落ち着くまでは行儀よくしやがれ」


 ヘタレが切り分けてくれる肉を貪りながら耳を澄ませていると、熊男がざわつく団員達に説教しはじめた。まぁ、口調が皮肉気であるから、本気の説教ではなさそうだ。


「けど、団長。不審者って言っても、誰も姿を見てないって話しじゃないですか。どうやって探すんです?」

「知らん! どうせここ最近王都に来たばっかりの連中を締め上げて終わりじゃねぇか? 旅人にとっちゃ災難だが」

「えええ。そりゃ無茶苦茶じゃないっスか? ただでさえ舞踏会があるってんでわんさか新顔が増えてんのに。むしろあちこちから集まって来た新顔って貴族サマ達の側に多いじゃないっスか~」

「だーかーらー面倒なことになってんじゃねーか。おかげで王宮に詰めてる騎士連中が殺気だって大変なんだぜ? 政敵がどうやら派閥がどうやら、誰が何を雇ってるのかとか企んでるのかとか、疑心暗鬼でギスギスしてやがるし、下手人探しに目の色変えてやがるし。街の警備を担当してる連中もピリピリしててなぁ……下手なことを口にしたら、それだけで怪しいってしょっぴかれそうな有様だ。こんな時期に王都に入って来た旅人が可哀想でならねぇよ。――てことで、うちの団は出来るだけ街に散開して治安維持にあたることになった」


 ほぉん? 冤罪防止のためであるな~?


「なにがどうなったらそういうことになるんスか団長?」

「ぶっちゃけると、第一と第二騎士団がヤバイ。無駄に人死に出そうな感じでヤバイ。特に第一は侯爵の身内がいたからマジヤバイ。ガワばっかり格好つけたくそムカツクハリボテ野郎共だが権力もってるから質が悪い。下手に街に放つと暴走しそうなんで陛下から第四うちと第三の連中にお声がかかった。第一と第二の連中には王宮と貴族様方の護衛をしてもらって、俺等は街で治安維持だ。犯人捜索も依頼されてっけど、目撃者も無ェ暗殺者なんぞ探しようがねぇからなぁ。まぁ、お前らが要注意だと思った手練れだけ報告してくれ。なお、必ず三人一組で動くように。――以上!」


 ザクザクッと言い放った熊男に、あちこちで「了解」との声があがる。騎士団の命令系統がどうなっているのかよく分からぬが、なんというか、かなりザックリしておるような……


「団長は今回どう動くんスか?」

「この近隣を軽く回りながらおめぇらの報告待ちだな。定期的に上の連中に報告纏めてあげなきゃならねーし」

「大変っスね団長」

「まったくだぜ。代わって欲しいんだが誰かやってくれねぇかね?」

「絶対嫌ッス。足が棒になるまで駆けずり回ってる方がマシっス」


 ははぁん? さては全員、脳筋であるな~?

 我輩なら走り回るより報告を待つ方が楽で良いと思うのであるが。ここの連中は違う意見のようである。……まぁ、ヘタレを見ていたら分かりすぎるぐらい分かるが。


「どこから回るっスかね?」

「そうだな……アンゼルムがいるから、出来る限り荒くれ者のいる地区を担当すべきであろう」


 ほむ。先日近くの椅子で飯を食っておった面子で纏まるのであるな。


「ああ、それなんだが、アンゼルムは後で俺と一緒に陛下の所に行く予定があるからな。ちっとその間だけ俺のかわりに皆の報告受けておいてくれ」


 む? 何故ヘタレが指名にあがっておるのであるかな?

 あ、そう言えばヘタレ、脳筋だが副団長であったな。きっとそのせいであるな。……それ以外でこのお馬鹿なヘタレを連れて行く理由が思い浮かばぬである。


「副団長を?」


 他の連中も不思議そうにヘタレを見ているである。あ、不安そうな目であるな。やめるである。皆してそんな目で見るのはやめてやるである! いくら馬鹿でも可哀想である! ヘタレもきっとやれば出来る子であるぞ!


「ああ。もしかしたらこいつを吹っ飛ばした手練れが関係してるかもしれねぇ、って意見が出てな」


 おぅふ。鋭い意見キターッ! しかし誰も我輩には注目しておらぬである。セーフ! セーフ!

 あっ。ヘタレよ、そこで我輩に注目するのはやめるである! 絶対に言ってはならぬである!


「こいつだって姿を見てれば似顔絵の一つでも描いて寄越すはずだから、手掛かりにはならねぇだろうって話したんだが、上の連中がクソ煩くてな。陛下がとりなしてくれたんで、まぁ、なんとかなったが……かわりに、陛下が直々にこいつに尋ねられるってことになっちまったんだ……」

「……なっちまったんですか……」


 ……なっちまったのであるか……

 誰もが微妙な顔をしているということは、ヘタレの口下手は団内共通認識なのであろう。……まともに受け答え出来るのであるかなー?


「ま、まぁ、こいつだってイエスとノーぐらいは言えるし、俺も通訳につくから、なんとかなる……いや、してみせる!」

「……団長……! 骨は拾えないっスよ!」

「そこは嘘でも拾うって言えや!」


 熊男にすら絶望視されているヘタレが可哀想である。ヘタレよ! 頑張るのである! しっかりするのである! しかししっかり受け答えして我輩をつるし上げられても困るである。ほどほどに頑張るであるぞ!?





 ※ ※ ※





 さて。やって来ました王城、渡り廊下。

 ヘタレを連れた熊男の背を見送って、我輩はスタコラサッサと石造りの廊下をすり抜け城郭の上へと駆け上がる。

 先程まで体を透明化してヘタレの頭上に座っていた我輩だったのだが、考えれば我輩ほどの悪魔がヘタレに付き添うのはオカシイというもの。我輩のようなエライ悪魔は朗報を待ってふんぞり返っているのが似合いなのである。うむ。決してつるし上げられる未来に怯えて逃げたのではない。断じて。断じて。


 そんな偉大な悪魔である我輩は、城の最も高い尖塔に駆けあがり、そこから見る光景に感嘆の息を吐いた。

 うむ。実にドス黒い怨念と嫉妬に塗りつぶされた素晴らしい光景である。我輩、あの戦場の次ぐらいに歓喜した。

 どうやら城の周辺には結界が張ってあるらしく、昨夜の探索ではこれほどの絶景もとい良き狩場を感知することが出来なかった。おそらく、外から中に悪いものが入らないように結界が張られているのであろう。我輩ほど嗅覚に優れた悪魔が知覚出来なかったのもそのあたりに理由がありそうである。

 ちなみに悪魔たる我輩が軽々侵入出来るのは、きっと我輩が人間の想像もつかないレベルの高次生命体だからである。ふすんふすん。

 しかしいくら外から悪いものが入らないよう結界を張っていても、その内側でド汚い欲望その他が発生しては意味が無い。どうやら結界に阻まれて外に漏れ出ることも出来なかったらしく、内側で溜まりに溜まったこれらが深鍋で煮詰められたスープのように濃縮されて現在にいたるようだ。うむ。人間もたまには良いものを作るものである。

 早速、我輩、いただいた。


 おお! おお!! オッティモ!!


 素晴らしいである! ああ! 素晴らしいである!!

 なんという馥郁ふくいくとした味わいか!

 ヘタレと出会った戦場が驚くほど新鮮で歯ごたえのある新鋭料理人の料理の味だとすれば、これは長い時をかけて旨味を凝縮させた熟練名料理長の味である。

 一吸いで我輩の舌に心地よい怨念の甘みが広がり、口の中で数百の怨嗟が絶妙なハーモニーを生み出している。鼻腔を抜ける香しい絶望はそれだけで天上の美味の如き調べを生み出し、我輩の全身にこれまでにない感動と力を与えてくれる。我輩、ヘタレについて来てよかったである!

 この味と出会えただけでヘタレの命の十や二十救ってやっても良いと思うほどである。任せるである。我輩、義理堅い故、三百年ぐらい付き合ってやっても良いであるぞ!


 本当であればこれほどの美味、じっくりと時間をかけて味わいたいところであるが、そうすると我輩、確実に食事にかかりきりになってヘタレを数十年単位で放置してしまうであろう。マズイである。イカンである。この味わいの礼に、我輩にはヘタレの可哀想なハツコイを成就させるという責任が今まさに爆誕してしまったのである。これを成さねば我輩の沽券こけんに係わるである。


 ――しかし、我輩、悪魔である。


 脳筋族の恋愛指南なぞどうやればいいかサッパリである!

 我輩のように高度な頭脳プレーを愛する悪魔は、人間の肉肉しい発情の成就になぞ手を貸すことが無いのである。我輩の友や、愛しの我が貴婦人マイ・デイムのように人間で遊ぶことが大好きな悪魔であれば、色々と様々な方法を知っているかもしれぬが……我輩にとって人間は九割ご飯であったからなぁ……

 我輩がヘタレを助けるにあたって一番の問題は、『何をどうやればレディがヘタレに惚れるようになるのかが分からない』ことであろう。

 そもそも、我輩の素晴らしいバディを見た人間のレディは、九割九分一目で我輩に夢中になるのである。今まで人間のレディを努力して魅了したことが無いのである。いっそ我輩の魅力をヘタレにあげればよいのであるが、どうやれば我輩の魅力をヘタレに与えることが出来るのかも分からぬである。

 ――全身に毛でも生えさせるであるかな?

 それとも我輩の自慢である髭をヘタレにも生やすべきか。いや、耳か。いやいや、尻尾も必要かもしれぬ。しかしヘタレにはどれも似合いそうに無いである。詰んだ。


 いや、いやまだだ。まだ諦めぬである!


 ヘタレにもヘタレなりに良いところがある。ヘタレを我輩側に引きずり込むよりも、ヘタレのもつ魅力をレディに伝わるよう努力すべきである。

 そう、脳みそまで筋肉に浸食されているせいで決して小賢しい策を用いることが出来ない一途さとか、知能というべき部分が小動物なみに縮小しているせいで嘘をつくことのない真正直さとか、思考や勉学に費やすべき時間すらも肉体の鍛錬に費やしてしまったせいで出来上がった人間にしては強い筋肉とか、人生の九割を同性ばかりの中で過ごしてしまったせいでレディに対する免疫の無い純粋さとか、武骨で荒々しい人生を歩んできてしまったせいで出来上がった不愛想さとか、うむ、レディが好みそうな要素が無いである。無理。

 困った。腹いっぱいになれば名案が浮かぶかもしれぬ。惜しいであるが一息で終わらせるである。


 すぅー……ぺすんっ


「…………?」


 なにか今、薄皮のような膜のようなものが我輩の口に飛び込んできたような……?

 プリンとした薄いゼリーのような食感と甘みで、なかなか悪くないのど越しであった。おかわりが欲しいところであるが、どうやらあれ一枚だけのようだ。残念!

 腹もくちくなったことだし、ヘタレの元に戻るとしよう。ヘタレが無事に国王との対面を切り抜けられたのか心配でもあるからな!


 一嗅ぎでヘタレの位置を把握し、トットコ走って行くと意外と早く解放されたらしい熊男とヘタレが廊下を歩いていた。

 ヘタレは我輩がたったあれっぽっちの間放置していただけで、素晴らしいほどの嫉妬と呪詛まみれになっていた。

 いただきます!

 ん~新鮮な嫉妬はなかなかスパイシーであるな!

 ちなみにヘタレが早々と謁見を終わらせられたことは団内でも驚きだったらしく、いつもヘタレの近くをちょろちょろしているヒョロ男なぞ目を丸くしていた。


「よく無事だったッスね!? 下手をすれば牢屋にぶちこまれるんじゃないかと思ってたッスよ!」

「不吉なコト言うんじゃねェこの馬鹿たれ! 俺も途中でちょっとはそう思ったよ!」


 ……ヘタレ。おぬし、何をやったのであるか……?


「まぁ、二人とも、無事で何よりだ。団長も、お疲れ様です」

「おう。……まぁ、上手いことやって抜け出せた、っつーより、陛下や周りが俺等に構ってられなくなったから解放されたんだけどなー」


 頭をガシガシ掻きながら言う熊男に、出迎えていたヘタレの仲間が顔を見合わせる。


「まさかまた、誰か死んだんッスか?」

「滅多な事口にしてんじゃねーよ。……あー……なんつーか、教会やら魔法院のお偉いが駆け込んできてなぁ、緊急会議をするからって俺等はほっぽり出されたんだよ。なんか結界がどーとか言ってたぜ」


 ほぉーん?


「なんスかそれ。天変地異の前触れッスか?」

「知らん。まぁ、俺等にゃ関係ねぇこった。おう、アンゼルム、おめぇも連中と一緒に見回りに行ってこい」


 熊男の声に、ヘタレは頷いて仲間二人と一緒に見回りに出た。

 我輩もこっそりヘタレに便乗する。見回りとやらでついでにオヤツが見つかると良いであるなー。




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