第2話 こじらせ騎士は告りたい!





 ベルタ・エラ・クンツェンドルフ嬢はヘタレより頭二つ分ぐらい小さい少女であった。

 ……ヘタレ、おぬし、実はロリであったか……?

 我輩はヘタレの頭の上に寝そべりながら、門前の騎士とやりとりをしている令嬢を観察する。

 顔立ちは素朴ながらも愛らしいもので、派手さや目を瞠るような美しさは無いものの、楚々とした風情があってなかなか良い。緑色の瞳は我輩によく似て美しく、黒髪も我輩自慢の黒毛ほどではないが美しい。肌はやや日焼けしており、顔にちょっぴりそばかすがあるが、逆にそれがチャーミングだと言って良いであろう。

 ほぉん? ヘタレはこういうタイプが好みであるか~。

 我輩も初めて見るベルタ嬢におおいに満足した。

 なにしろ巨乳なのである。

 小柄で華奢な体ながら立派な巨乳なのである。

 我輩、ヘタレの眼前にある茂みの上に降り立つと、そっと前脚を差し出した。


「(ヘ……アンゼルムよ。良き娘を見つけたであるな)」


 小声。


「…………!」


 ガシッと握手。以心伝心。我輩達の心は今一つである。

 見るが良い、あの素晴らしき気高き双丘を!

 あの高みに至る丘を前にして、雄たる我輩達は恭しく頭を垂れるしかないのである。ヘタレよ! ここにおぬしは我輩の同志となったである!

 ちなみによくよく見るとベルタ嬢はそれほどちんまい少女ではなかった。ヘタレの背が高すぎるから誤解したのである。門の騎士との身長差は、だいたい頭一つ分ぐらいであるかな?

 ヘタレ、おぬしヘタレのくせに背だけは一丁前に高いのであるな。

 ベルタ嬢は貴族の令嬢らしく、その傍らにはお付きの侍女らしき貴婦人が大きなバスケットを持って控えていた。しかし、喋っているのはもっぱら令嬢である。

 ……普通、侍女が取次ぎを頼むのではないかな?

 なお、ヘタレが今何をしているのかと言うと、全力で気配を消して門近くの茂みからベルタ嬢を眺めていた。不審者である。


「(アンゼルム。おぬし、せっかく恋しい娘が近くに来ているというのに、何故こんなところでまごついておる?)」


 一応、人の子の事情に配慮して小声でせっついた我輩に、ヘタレは我輩より小さな声でひそひそと叫んだ。


「(俺がいきなり出て行っても不自然だろう!?)」


 ……ヘタレェ……


「(不自然だろうが何だろうが行動せねば愛は得られまい?)」

「(こここここココロの準備がまだ……!)」


 ……ヘタレェエエ……


「(まったくもって愚かであるな!)」


 人間は我輩達悪魔と違って有限の時を生きる脆弱な生き物だというのに。

 仕方なく地面に飛び降り、ヘタレの無駄に引き締まった尻を前脚で押し上げる。


「(何をする猫ちゃん!?)」

「(さっさと出て行くである! 昨日我輩に向かって語っておった内容をぶちまければ良いだけである!)」

「(そんな恥ずかしい真似が出来るか!)」

「(夜中に我輩に向かって語りまくるのは恥ずかしくないと言うであるか!?)」

「(赤ちゃん猫なのに力が強いな!?)」

「(悪魔であると言っているのである!!)」


 いい加減我輩を猫として扱うのはやめるのである!


「(あまりに強情がすぎるようなら我輩が奥の手を使うであるぞ!?)」

「(奥の手だと!?)」

「(体を勝手に操作してやるである!)」

「(よし! 頼んだ!!)」

「(ヘタレェエエエエ!!)」


 おぬし本気でどうしようもないヘタレであるな!?

 こんなまどろっこしいヘタレは、こうである!


「(? 猫ちゃ……)おぶふぅ!?」


 魔法で空気の層を圧縮させて吹き飛ばしてやったら、ヘタレが見事な弧を描いて門の向こうまで吹っ飛んで行った。あ。威力間違えたである!


「きゃあ!?」

「何だ!?」

「副団長ッ!?」


 吹っ飛んで顔面からスライディングしていったヘタレに、ベルタ嬢と門番だろう騎士二名が飛び上がる。ついでに停まっていた馬車の馬も前脚を振り上げる。おーっと、下手をするとヘタレが死ぬであるなー?


「どぅ! どぅ!」

「副団長! ご無事ですか!?」


 残念! 騎士が馬を御してしまったである!

 ああ、我輩、また血肉を喰い損ねたである。……いや、殺意は無いである。本当である。

 しかし、これでやっとヘタレがベルタ嬢の前に行ったである。流石にこれで腹をくくることであろう。我輩、いい仕事したである!

 特等席に座るため、瞬時に駆け寄り、ヘタレが起き上がるより早くヘタレの頭に飛び乗ると、ヘタレを「副団長!」と呼んでいた騎士が「なんだこの猫!?」と叫びおった。我輩、悪魔である!

 おっと。ヘタレが起きたであるぞ!


「大丈夫ですか!? 副団……長?」


 顔を覗き込んだ騎士が目を丸くして一言。


「え。誰」


 おお、ヘタレよ。顔を忘れられるとは情けないである。

 ちなみにヘタレはアンゼルム・ジーケルトという名前である。周りにはフクダンチョーと呼ばれておったが。

 ヘタレは軽く服を叩いて土埃を払うと、姿勢を正してベルタ嬢と向き合った。

 よし! 行くである!!


「…………」

「…………」

「「…………」」

「…………」

「…………」

「「…………」」


 喋れ!!!!


「あの……お久しぶりでございます、アンゼルム・ジーケルト様。ベルタ・エラ・クンツェンドルフでございます」


 焦れたのか他の理由があるのか、先に動いたのは令嬢の方であった。

 綺麗なカーツィを披露する令嬢に、ヘタレ、コックリ。

 騎士二名が「えっ!?」とか叫んでいるのが謎である。


「あ、あの、この度、一週間後の王都の舞踏会に招かれまして、その、あの時お世話になった騎士様方にお礼をと思い、こちらに寄らせていただきました。――これを」


 令嬢の合図に、侍女が大きなバスケットを差し出した。

 ははぁん? 匂いから察するにサンドイッチであるなー?


「皆様で食べていただければ幸いです」


 ふんわりとした微笑みを浮かべる令嬢に、騎士二名がほんわかした顔になっている。

 肝心のヘタレはといえば、感激しすぎて息が止まっていた。

 ……もはや哀れである……

 我輩、あまりの姿にそっと涙を拭った。

 昨日一人語りを聞いていた時にも思ったであるが、この男、女子おなごに免疫が無いにもほどがある。おそらく手が触れただけで心臓が破裂するに違いない。ここまでくるともはや病気である。恋は不治の病と言うが、この男の場合致命傷であるな。すぐ死ぬである。

 なんとかしてやりたいが、我輩、悪魔であるからな~。

 人の魂を喰らったり血肉を喰らったりするのは得意であるが、心を強くさせる方法なぞ知らぬである。強く生きるであるぞ! ヘタレよ!

 今まさに死にそうになっているであるが!


「あの……ジーケルト様?」


 反応を返さないヘタレに、ベルタ嬢がそっと手を伸ばす。

 あっあっやめるである! 下手に触ると心臓が麻痺して死ぬである!

 ヘタレ! 生きろ!

 ぺちぺち尻尾で後頭部を叩いてやるが、残念ながら復活しなかった。ベルタ嬢の手がヘタレの腕に触れる。南無。

 そしてヘタレはグシャッと潰れた人形のようにその場にぶっ倒れた。


 ヘタレ――――――ッ!!







 場所は移って騎士団の救護室。

 あの後、報告を受けてすっ飛んできたらしい熊のような大男がヘタレの背中をどついて蘇生させ、ベルタ嬢を宥めて帰し、ヘタレを肩に担ぎあげて救護室に運んだ。

 周りに「団長」と呼ばれていた熊男は、今は難しい顔で寝たままのヘタレを見下ろしている。

 ヘタレ。未だに気絶したままであるのだ。まぁ、息はしているから死にそうにはないであるが。

 それにしても、よかったである。下手をしたらヘタレのファーストキスが熊男になっていたである。我輩も男同士のキスを見ずにすんだである。よかったであるな! ヘタレ!

 ……ベルタ嬢にキス出来るようになるには時間がかかりそうであるが……

 ちなみにベルタ嬢にもらったバスケットの中身は、欠食児童のような騎士達に全部食い尽くされ、ヘタレには一切れもあたらなかった。……哀れである。

 む? また死霊が部屋にやって来たである。

 相変わらず、ヘタレは妙に死霊を呼び寄せるであるな? もちろん美味しくいただくである。

 ん~……まったりとした味わい……ブォーノ!


「うん? 猫を拾っていたとは聞いていたが……」


 熊男が我輩を見下ろして手を伸ばしてくる。我輩、ササッと動いてヘタレの首の後ろと枕の間に身を滑らせた。


「……ぅ……?」


 あ! ヘタレが起きたである!


「おう! やっと起きたか!」

「……? 団長……?」

「ははぁ、声もしっかりアンゼルムだな! 顔を見た時は誰かと思ったが!」

「?」


 笑う熊男にヘタレと我輩は首を傾げる。ヘタレの顔はヘッドスライディングした時にちょっぴり擦り傷が出来ているが、それ以外は戦場で見た時と変わっていない。無駄な美形である。しかし、あのスライディングで擦り傷がちょっとなあたり、ヘタレはわりと頑強である。

 まぁ、そうでなければ戦場で血塗れになりながら生還できぬか。


「おめぇ、誰かに吹っ飛ばされたんだって? 門の入口で立ち上がったのはいいが、そこで気絶しちまったらしい。覚えてるか?」

「ッ!」


 ヘタレがハッとなって周囲を鋭く見渡した。

 うむ。おぬしが気絶している間に、ベルタ嬢は帰ったであるぞ。

 ヘタレの動きを勘違いしたらしい熊男は、軽く手をあげてヘタレに動かぬよう指示する。


「頭を強打してる可能性があるから、あんまり動くな。不審者がいねぇか、団員が今調べてるところだ。おめぇを襲った何者かについては、連中が見つけるだろうよ」


 我輩目の前にいるであるぞ。


「……ベルタ・エラ・クンツェンドルフ嬢は」

「ああ、護衛をつけて帰ってもらった」

「…………」

「まぁ、貴族の令嬢が来ている時に襲撃にあったんなら、守ろうとして当然だが……おめぇほどの男を昏倒させるたぁ、賊はよっぽどの腕利きみてぇだな」


 むふん。もっと褒めてくれて良いであるぞ!


「あー、そう落ち込むな。ご令嬢に危害が及ばなかったのは、おめぇの手腕だ。血の跡は無かったが、他に襲撃者に襲われた奴がいねぇのも、おめぇがやり返したからだろう?」


 熊男はなにやら誤解しているようだが、ヘタレが落ち込んでいるのはベルタ嬢とまともに会話出来なかったせいである。あと、我輩、反撃なぞ受けておらぬである。我輩、これでも猛者である故な!


「あとは他の連中に任せて、おめぇは今日は休め。襲撃者が発見されたら報せてやるよ」


 熊男はそう言うと豪快な足取りで部屋を出て行った。

 救護室はヘタレ以外無人であるから、いきなり静かになったである。あの男、見た目も暑苦しいうえに声が大きかったであるな。


「……猫ちゃん」


 なんぞ?


「ベルタ嬢と会えたのは、幻では無かったのだな?」

「あれを会ったと言っていいかどうか微妙であるが、まぁ、現実であるぞ」

「そうか……」


 ヘタレの腹の上に飛び乗ると、落ち込んだ顔のヘタレが遠い目で言った。


「遠い地のベルタ嬢に会える機会などそうそう無いというのに、俺は……」

「一週間ほどは王都ここにいるのではないかな? 一週間後の王都の舞踏会に招かれたと言っておったであろう?」

「! そ、そうか……ならば、また機会はあるか……!」


 パァァッと顔を輝かせるヘタレ。根が単純であるな~?

 まぁ、人の世の難しいアレコレなぞ我輩には関係無い故、無邪気に喜ぶヘタレの気持ちに水を差したりはしないである。我輩、心優しい故な!


「まぁ、頑張るが良いであるぞ」

「ああ! ……いつか、この思いを告げたいものだ……」


 ……心臓を鍛える方が先ではないかな?





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